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百五十九幕 KIF/尾行⑦

 レッスン終わり、スタジオでゆっくりとストレッチを行うルーチェ達よりも先に更衣室で着替えを済ませ、再度スタジオに顔を出した小春は「お疲れ様です」と一声かける。

 見るからに何か急いでいる。

 そんな小春をここ数日見かけるようになったルーチェは断られると分かっていながらも敢えて尋ねる。


「春。このあと、ご飯でも食べに行かない?」

「ごめんね……実は今日も用事があって……」


 小春は顔の前で手を合わせながらルーチェに断りを述べ、そそくさとスタジオから出て行った。そんな最近の見慣れつつある小春の行動に対してルーチェ、ヒカリ、唯菜はお互いに顔を見合う。


「行ったね」

「行った」

「本当にするの?」


 弱気な声で唯菜が尋ねるとルーチェは強気に「当たり前でしょ!」と答える。

 あまり気乗りしない様子で唯菜もまた「分かったよ……」と了承する。

 そこで……


「一体、何をする気なんだい?」


 レッスン終わりを見計らってジルがスタジオに現れた。

 自分の知らない所でルーチェが何か計画を立てていることに勘付いた彼は妹の行為を止めに来たのだと陽一は推察する。


「別にやましいことは考えていないわよ。単に春の後を付けるだけ」

「春ちゃんを?なぜだい?」

「最近、春の様子がおかしいからよ。やけに帰り支度も早いし、ゲームの参加率も極端に悪い。時折、心ここにあらずって顔で少しレッスンにも影響が出てるから調査するだけよ」

「……そうなのかい?」


 ルーチェの言葉に半信半疑なジルは善男と幸香に確認をとる。

 

「概ねルーチェちゃんの言う通りね」

「小春ちゃん、なんだか悩み事を抱えているらしくて……このままだとKIFでの本番でもあまり良くない心理状態で挑んでしまわれるかもしれないとルーチェちゃんが凄く気にしているの」

「……まぁ、詳しいことは後で幸香から聞くとして、いいのかい?このままだと春ちゃんの足取りを追えなくなるよ」

「兄貴の所為で時間取られているんでしょうが!ほら、行くわよ、二人共!」

「う、うん」


 珍しく現実の行動でやる気に満ち溢れたルーチェはパーカーを羽織って帽子を被り、出来るだけ目立たない恰好に早着替えを済ます。ヒカリや唯菜も同様になるべく自分達の正体がバレない恰好へと軽く変装してから三人はスタジオを後にした。


「それならそうと相談の一声でも入れて欲しかったよ。ルーチェが何か企んでいる時はたいていロクでもないことだから……まさか他人を気遣ってのことだとは思いもしなかったよ」


 レッスン前に顔を出した際、ルーチェがヒカリと唯菜に対してコソコソと何か提案を投げてレッスン終わりに何かしようと企んでいる光景をジルは目にして、不審感を募らせた。


 その場で何を企んでいるのか尋ねて注意しようとも考えたが、そうした所で妹が止まらないのは大方予想がついた。だから、ルーチェが行動に移す寸前で止めに入る方が効果的だと考え、レッスン終わりを見計らって自身の仕事の手を止めて、わざわざスタジオへと降りてきたものの……それは単なる杞憂でしかなかった。


「ルーチェちゃん、優しいですから」

「身内に対してはともかく……春ちゃんのこととなるとああも一生懸命になるのは少し意外に思えたわ」

「ここ最近、ずっと気掛かりみたいでいつもレッスン中に春ちゃんのことずっと追ってましたから」

「まぁ、ルーチェにとって春ちゃんは初めて出来た友人でもあり……今では仲の良い親友でもあるから放ってはおけないんだろうね。それより、彼女は何を悩んでいるんだい?」

「それが分からないから三人は探りに行ったのよ。尾行という形でね」

「尾行……ね」


 子供じみたスマートではない探り方に果たしてそう上手くいくのだろうか。

 そう疑念を抱いた一方で、感情に流されやすいルーチェが春の妙な現場を目撃して騒ぎを起こさないことをジルは切に願った。

 

 事務所の一階へと降り、守衛の一人に春が駅の方に向かったことを聞き、夜の大通りへと駆けだす。


「駅の方に向かったなら早めに行かないと……」

「そうね。このまま電車に乗られたら追いようがないわ。急いで駅の辺りで見つけないと」


 事務所から駅まで歩いて五分弱。走れば三分以内で着く。

 そのたった二分で小春の足取りを掴めるかどうかは賭けに等しい。

 恐らく俺達が事務所を出た時点で小春はもう駅の前に着いていてもおかしくない。

 

 それに加え、この人通りの多さや暗い中で小春を見つけるのは容易ではない。

 ここまでくるともはや運頼みしか……って、あれ?


「……ちょっと、何で立ち止まっているの?」

「どうかしたの、ヒカリちゃん」


 二人の声に目も暮れず、俺は交差点に差し掛かった車道を挟んだ向かい側の通りへと目を凝らす。

 すると、スタジオを出る際に見た私服着の少女がスマホを耳に近付けながら建物を背にして誰かと連絡を取っているのが見えた。


「……いた」

「「え?」」


 指し示す方向に二人も同じく目を凝らして確認する。


「本当だ」

「あれは小春ね!ナイスよ」


 近くの横断歩道の信号がちょうど赤から青に変わったタイミングでルーチェは不用意にも渡ろうとするが、足を進める寸前に腕を掴んで制する。


「下手に近づくとバレるから、一旦この距離で様子を伺う」

「そ、そうね」

「うん……」


 大通りは車の騒音や街に響く雑踏に満ちている。

 ここで多少なりとも騒いだ所で車道を挟んだ奥にいる小春に聞かれることはない。

 しかし、何か大きな動きが視界に入るとふと視線をあげて見つかる可能性も否めない。


 なので、ここは暫く小春の動向を少し遠くから伺うことにした。


「それにしても春ちゃん、誰か待っているのかな?」

「電話しているあたり……誰かと落ち合うんじゃないの?」

「わざわざ、こんな場所でっていうのがかなり疑問に残るけど」


 女子高校生が八時過ぎに渋谷と原宿の間に位置するこの明治通りで一体誰と会うのか……この点があまりにも疑問に映ってしまう。

 

「あ、誰か来たみたい」


 電話しながら小春は顔を挙げて誰かを探していた。

 その彼女が向く方向に俺達も目を配りながら観察していると一人の少女が交差点を渡りながら小春の元へ手を振りながら現れた。


 遠くからだとあまりよく顔が確認出来ないが亜麻色の髪をした少女なのは分かる。

 そして、それが小春の友人であるのだと。


「友達……みたいだね」

「そう、らしいわね……てか、誰よ。あの女」


 ルーチェも知らない人物なのだろう。

 横目で表情を伺ってくるも俺もイマイチ誰であるか分からないと反応する。


「もう少し近付いてみないと顔がよく見えない」

「ここからだと歩いている人達と被って判断し辛いものね」


 次の信号が青に変わったタイミングで距離を詰めようと提案するルーチェに俺も従う意志を示す。一方で、出会った少女と普通に親しな顔で話す小春を目の当たりにした唯菜は……


「普通に友達みたいだし、これ以上邪魔するのは気が引けるかな……」


 他人のプライベートにあまり探りを入れたくないと消極的な姿勢を見せる。

 しかし、俺とルーチェは断固として積極的に続行する姿勢を示す。


「ダメ。あの女とどういう関係か分かるまで尾行を続けるわ」


 浮気している夫を尾行している嫁みたいな言葉だな。

 だが、俺も概ね同意見。

 あの少女が小春の抱える悩みと直結するのかどうか……見極めるまでは続けるつもりだ。

 

 それにもしかしたら彼女は……


「あ、小春達が歩き出したわ。後を追うわよ」

「おけ」


 小春は若干元来た道を戻る形で今度は渋谷駅の方に向かって歩き出す。

 電車に乗って一緒に帰るというよりも二人はお互いに話しながら歩いている。

 遠目で見る小春は普段通りどこかぎこちない笑顔を浮かべて相槌をうったりして会話している。


 一見すると唯菜の言う通り、二人は旧来からの友人で普通の友達同士とも思える。

 久し振りに顔を会わせて何か楽しそうに話し込んでいる。

 そんな雰囲気にも見て取れなくはない。


 しかし……


「ねぇ、あれどう思う?なんか無理して笑ってない?」


 微細な変化に気付いて尋ねてくるも容易には回答は出来かねる。

 日頃から親しく話しているルーチェとは違って小春と笑顔で会話する場面が少ない俺達にとってあのぎこちない笑顔以外に他の違和感はない。


「うーん。いつも通りの人見知りな春ちゃんを発揮しているようにしか見えないな~」

「それは春との親密度が低いからよ。少なくとも私の前じゃあんな顔は見せない」


 さりげなく仲の良さでマウントを取る。

 

「まぁ、ルーチェがそういうならそうなのかもね。唯菜と私じゃ……仲の良さに関しては点で話にならないし」


 さりげなくルーチェの言葉にフォローを入れて唯菜に納得させるよう促す。

 

「一先ず、このまま後を追うわよ」

「うん……」


 二人が渋谷方面への大通りを歩くこと約10分。

 目的地となる場所に着いたのか、二人はショッピングセンターの中へと入って行く。エスカレーターで上まで昇り、屋上の大きな広場へと出る。


「ここって……」

「宮下公園だね」


 レジャー施設や商業施設、ホテル並びに公園までも一体化させた若者向けの低層複合施設。

 商業施設でありながらもポルタリングやスケート場といったレジャー要素を開放的な屋外公園内に設け、併設されたカフェテリアが利用できることから若い男女のデートスポットとしての人気も高い……前にニュースでそんな特集を見た記憶があった。


 実際に来てみるとやはり男女ペアになって過ごしている者の数は多い。

 直ぐ近くを走る電車や交通量の多い道路の喧騒に満ちた空間ではあるものの、そこで話している彼らにとってはちっとも気せずに二人だけの時間を堪能している。


 そんな彼らを横目に若干の羨ましさを抱きつつも少し前を歩く二人の後に続く形で、三角コーナーの枠に囲まれた芝生広場付近の鉄網製のベンチに並んで腰掛ける所まで確認すると……電車が見える方のガラス窓の椅子に掛け、少し遠目で二人を伺う。


 すると、唯菜は先程通ったカフェに行こうと直ぐに立ち上がる

 

「私、何か飲み物を買ってこようかな……二人は何か欲しいものある?」

「私は要らない」

「コーヒーをお願い。ブラックで」

「おっけー。じゃあ、買ってくるね」


 唯菜が一人、カフェで飲み物を買いに行ったのを見計らって素の自分に戻る。


「で、どうなんだ?」

「やっぱりおかしい。あの女が絡んでいるのは間違いないわ」

「何を根拠にして言っているんだ?」

「勘」


 はっきりとそう断言するルーチェに憶測で物を語るなとは言わない。

 小春に対してここ最近、かなり神経を尖らせて心配しているルーチェだからこそ分かる何かがあるのかもしれない。そう思った俺は落ち着いたこのタイミングで小春と話している少女の方に目を凝らす。


 そして、やはり特徴的に映ったのは彼女の亜麻色髪。

 つい最近……恐らく先週辺りあの髪色をどこかで見た覚えがある。

 

「あれ、小春ちゃんの横にいる子って【FEBRUARY(フェブラリー)】のノーちゃんじゃない?」


 紙カップを両手に戻ってきた唯菜は小春の横にいた少女の正体を見抜く。


「……誰?」

「もう忘れちゃったの?先週、KIFの撮影で一緒になったグループの一人の子だよ」

「あの撮影、結構なグループ出てたからあんまり個人名までは覚えてないかな」


 唯菜が教えてくれた【FEBRUARY(フェブラリー)】というグループ名から俺は少女の既視感の正体に気付く。


 そうだ。思い出した……廊下ですれ違った際にチラッと顔を見た際に少し覚えがあった子だ。


「あの子、ノーちゃんって言うんだ」

「ノーちゃんはファンから愛称で名前はアルファベットで『NONO』……だった気がする。多分、読み方的には『ノー』じゃなくて『ノノ』だと思うけどね」

「……ノノ?」


 その名前を聞いた途端、俺はノノと呼ばれた亜麻色髪の少女の顔に視線を凝らす。

 

 ……っ!


 前と違って派手な髪色に変わり、高校生になって少しばかり大人びた雰囲気を纏っているから名前を聞くまでは気付かなかった。


 だが、間違いない。

 小春の横にいる少女は間違いなく高校生になった彼女だ。


「望月野乃……」


 俺はルーチェにだけ聞こえる声で呟く。

 そしてその名前の人物が小春に対して行った所業を二日程前、俺から聞いていたルーチェは「あれが、小春をイジメた女……」と虫唾が走るような不快感を抱くと同時に彼女……望月野乃を目の敵とした。

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