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百五十七幕 KIF/四人での会食⑤

 レッスン終わり、俺と唯菜、ルーチェ、幸香さんの四人で夕食を取るべく事務所の直ぐ近くにあるイタリアン系レストランへと訪れた。

 

 プライベートの場で四人が集まって食事をとるのは今回が初めてな気がした。


 幸香さんを除いたら逆にいつものメンバーの集まりだと言える。

 一週間に一回か二回のペースでこういったレストランや駅前のファミリーレストランに三人で訪れては他愛のない会話を楽しんだりしている。


 普段は唯菜から誘ってくることが多いが、今回は珍しくルーチェからであった。

 何やら俺達に相談したいことがある……なんて雰囲気で声を掛け、年長者で落ち着きのある幸香さんにも同席してもらっている。

 

 そして、もう一人。ポーチカの五人目、楢崎春はというと……不在。

 用事があるとかで今日も一足早く一人で帰ってしまわれた。

 そんな小春がいなくなった直後に俺達をルーチェはご飯に誘った。そのことからルーチェの相談したい内容と対象となる人物が目に浮かぶ。


「ねぇ、どう思う?」

「春ちゃんのこと?」

「そう……春、なんか最近様子変じゃない?」


 テーブルの上に運ばれてきたナポリタンをフォークでクルクル巻きながらルーチェは尋ねた。

 

「変って具体的には?」


 ルーチェとは反対の席、ヒカリの横に座った唯菜も自身が頼んだペペロンチーノを美味しそうに食べながら尋ね返す。


「なんか浮ついているというか……元気がないというか……」

「意外。ルーチェが人の心配するなんて」


 普段は絶対に見せない他人を気遣う一面に少々驚いた。

 ルーチェの隣に座る幸香さんも「確かに珍しいかもね」と微笑する。


「あんたね、私が人の心を持ってないとでも言いたいの?」

「道理を弁えているようで意図的に弁えない根は善良な女の子だとは思っている」

「馬鹿にしてるでしょそれ……」


 隣に幸香さんがいるからか、今日はやけに大人しい。

 自分を小馬鹿にされる態度をめっぽう嫌う彼女が感情を抑えて溜息一つで流す辺り……やはり幸香さんがルーチェを御すことの出来る唯一の存在だと改めて認識する。


「まぁ、それはさておいて……こは……じゃなかった、楢崎さんに関しては同じことをこっちも感じたかな。元気がないかどうかは分からないけど、どこか思い悩んでいる気はした」


 レッスン中に見た小春はどこか悩んでいる様子だった。

 元気がないのはその悩み事が原因として直結しているのだろうが、何を悩んでいるのかも外的な反応からでは全く分からない。


 少なくとも楢崎春として抱える問題よりも幸村小春が抱えている問題に思い悩んでいると感じた。

 恐らくだが、ポーチカとは何の関係もない。

 新曲のことやメンバー同士の人間関係で悩んでいるとは決して思えなかった。


 なんせ、小春のその表情がまるで中学時代の彼女とそっくりであったから。


 しかし、詳しいことはあまり口に出して断言は出来ない。

 こればかりは本人の口から聞くこと以外……知ることは不可能だろう。


「はぁ……せめて春が自分の事を話してくれればいいんだけど、我慢して話さないことの方が多いから聞くだけ無駄な気がするんだよね……」


 こうも親身になって心配するルーチェの優しさ溢れる一面に内心で微笑しつつも、先程の言葉には全面的に同意する。


「メンバー内でも一番仲が良いルーチェちゃんにも話してくれないなら私達じゃ尚更……ね」


 唯菜とお互いに見合って軽い溜息を吐く。

 小春から一線を画されていると距離感を抱いているのは唯菜もまた同じ。

 だが……

 

「幸香さんは何か聞いたりしてませんか?」


 ルーチェ以外にもメンバー内で比較的に話しているとしたら幸香さんであろう。

 ポーチカのお姉さん的なポジションに立つ幸香さんはよく唯菜や小春から何かと相談に乗ったりしてもらっているのは見かける。


 その相談内容は女子の私生活における美容や現役大学生で芸能界の先輩でもあることから進路に関して……人生の少し先輩として様々な相談を二人から受けているため信頼度は高い。

 もしかしたら、何か困ったことを小春が打ち明けているかもしれないと探りを入れてみるも……


「ごめんなさい。私もよくは知らないの」

「うーん。幸香さんが知らないなら春のことは誰も分からないわよね……」


 口ではそう言うものの、ルーチェは『本当に何か知らないの?』とヒカリにだけ目で訴える。

 恐らく俺と小春が過去に繋がっていたことを知った上で探っているのだろう。

 そして、この反応からルーチェもまた同じようなことを考えているのが分かる。


「まぁいいわ。追々、それとなく私の方から聞いてみるから」

「ごめんね。本当ならリーダーの私が聞くべきなのかもしれないけど……」

「いいわよ。多分だけど、ポーチカに関わるというよりも春自身……いえ、小春自身の悩みである気がするからこっちでなんとかする」

「小春ちゃん自身の悩み……まさか、あの恋の悩みだったりして……」

「恋?」


 唯菜の言葉に聞き返すとうっかり自分の口を滑らせたことを慌てて「ナンデモナイヨ~」と視線を逸らして下手に誤魔化す。

 こちらとしても小春のプライベートに関わる話なので容易には踏み込まずにさらりと聞き流す。


「とにかく、この件はルーチェちゃんに任せるよ!何か分かったら後で教えてもらう……でいいかな?」

「まぁ、春が共有していいなら」

「じゃあ、そうしよう。うん」


 ヒカリからの言及を逃れようと強引に小春に関する話を閉じようとするも、別に問い詰めるつもりが一切ないこちらからすれば何をそんなに焦っているのだろうと不思議に映る。

 

 だが、小春の悩みが自身の抱える恋の悩みからくるものだとすれば……あのような浮ついた感じも関連性があるのだと思えなくもない。現時点で、一体小春が誰に対して恋愛感情を抱いているのかは俺も詳しくは知らない。

 恐らくそれを知っているのは唯菜だけなのだろう。


 小春もまた唯菜にだけ自身が秘かに想いを寄せている相手を教えているのが幸香さんやルーチェからの反応で分かる。

 まぁ、その恋で悩んでいるのならそれはそれで構わない。

 

 アイドルという身分である以上、誰かに恋をする……ましてや異性に対して恋愛感情を向けることは決してタブーではないにしろ、その想いの丈を公言することはなるべく避けるべきである。


 ポーチカを応援するファンや小春を応援する個人のファンにとってその想い人はあまり良い印象には映らない。その上、幸村小春が自分達の物というよりも誰か特定の個人の物として見られれば最悪の場合……ネット界隈で炎上するケースも有り得る。


 そして、その飛び火が個人だけでなくグループ全体に降りかかることも……


 もし仮に恋で悩んでいるのだとしたら……今はまだその気持ちを抑えてもらうように進言するのが全体の利益としては良いのだろう。しかし、小春がその様な軽率な行動に出るとも中々考えられない。


 それに加え、俺は恋の悩みというよりも小春はもっと違う悩みを抱えているような気がしてならない。例えば、中学時代の事とか……


「お待たせ致しました。ご注文のマルゲリータです」


 窯のオーブンで焼いた本場なイタリアンピッザを前にぎゅるぎゅるとお腹が鳴る。

 料理が運ばれたタイミングで夕食に意識を切り替え、今し方テーブルに置かれた等分に切り分けられたマルゲリータピザを口に運ぶ。


 すると、濃厚なチーズと絶妙なトマトソースが口の中でいっぱいに広がり……


「……このマルゲリータ、美味(うま)!」


 と、感想を口にしていた。

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