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百五十四幕 KIF/顔合わせ②

 花婿?何を言っているんだ、詩音のやつ。


 意図の読めない唐突な挨拶に困惑した顔を浮かべていると詩音はクスリと笑む。 


「すみません、軽い冗談です。なんだか従兄妹の陽一君と雰囲気がそっくりでしたので少し花婿と表現したくなっただけです。どこからどう見てもあなたは女の子なのですから花嫁と表現するのが正しいですよね」

「いや、結婚する訳じゃないから。彼女を弊社に招き入れるという意味を飛躍して結婚に結びつけようとしないでくれ。彼女もどう反応したらいいか困っているじゃないか」

 

 マネージャーらしき眼鏡を掛けた方の言葉に同意する。

 恐らく詩音はヒカリが自分の事務所に移籍して、新しいユニットを結成することを分かり辛く遠回しに『結婚』という言葉を用いて表現しようとしたのだろう。

 

 相変わらず、何を考えているのか上手く掴めない女だ。


「そうだ。僕からも挨拶を……」


 ポケットから名刺を取り出し、詩音の隣に立って改まって挨拶を述べる。


「詩音のマネージャーを務めています。樋口俊介(ひぐちしゅんすけ)です」

「こちらこそ、初めまして。ポーチカの三ツ谷ヒカリです」


 こちらは名刺を用意していないが……一先ず、樋口さんという方から名刺を受け取る。


「この度は無茶なお願いを受けて頂きありがとうございます」

「私もまさか了承して下さるとは思ってもいませんでした」


 自分の口から了承した訳じゃ決してないけどな。

 独断専行で勝手に決められたという事実をどうやら二人は知らない。

 ジル社長はあくまでもヒカリ自ら了承したと伝えているようだ。

 

「私が言うのも何ですが、本当にいいのですか?」


 再度、確認をとる詩音に「既に決めたことなので」と肯定する。


「むしろ、赤羽さんは……」

「詩音です」

「詩音さんは……」

「し・お・ん!です」


 このやり取り、前にもやったな。

 そんなに苗字や『さん付け』で呼ばれるのが嫌なのか。

 フランクな呼び方を強要される。


「……詩音は本当にいいの?その……私なんかが賞品で」

「私から指名したので勿論構いません。むしろ、私達はあなたを迎い入れるのであれば願ったり叶ったりな所ではありますし」

「どういうこと?」


 事情を詳しく知っていそうなマネージャーに説明を求める。


「先日、SCARLETの三津谷香織さんとあなたが共演した際のステージを映像で拝見しまして、当社の一部ではあなたを是非とも我がプロダクションに招き入れたいという声が挙がっているということです。そこにいる詩音も含めて」

「なので、私個人としても会社としてもこの度の対決は是が非でも勝利を手にし、ヒカリさんを迎い入れたいと考えていますので、期待して勝敗の結果を待っていて下さいね」


 ヒカリを欲しているのは詩音だけではない……ということか。

 それにヒカリ自ら移籍を了承したという事実が先走って、あたかも彼女自身からその移籍を望んでいると勘違いしているようにも思えた。


「そういえば、ヒカリさんもKIFに参加するんですよね」

「同じ日に」

「じゃあ、早速ですが夜の部でデビューステージといきませんか?コラボ枠はまだ残っているみたいですし。ユニットを結成を祝したセレモニーとして新たな余興を……」

「こらこら。また勝手に話を進めない。彼女も困っているだろう……それに負けたらどうするんだ」

「そうですね。では、どちらかの勝者は彼女と一緒に歌う権利を有する。で、どうでしょうか?それなら公平ですし、負けても後がありますし、イベントとしても盛り上がると思います」


 

 詩音の具体的な提案に耳を傾けていたKIFを主催するプロデューサーらしき人も「ははっ、でも詩音ちゃんの案は面白いから是非とも採用の方向で行きたいな」と快活に納得していた。


「いいんですか、佐久さん?」

「双方の合意があれば問題ないよ。対決に際した専用のステージを二日目だけに用意する予定だからそこを使えば問題ない。まぁ、ライブ中継用のカメラを手配するのは難しいから来場者限定の視聴とはなるけどね」

「では、決まりですね」

「まだ、決まりではない。彼女やSCARLETの合意無しでは……」

「構いませんよ」


 凛とした声でそう了承したのは撮影用のステージ衣装に身を包んだ香織だった。

 佐久さんと呼ばれたプロデューサーや詩音のマネージャーと一旦、挨拶を交わしてから話に加わる。

 

「コラボの方は私達もポーチカのメンバーさんとは懇意にしている部分が多いので是非、お願いしたいと思っています」

「詰まる所、SCARLET×ポーチカのコラボを希望していると?そこに居る従兄妹同士ではなく……正直な話、僕個人はグループ同士よりも君たち二人のコラボの方を希望したい。勿論、グループの垣根を越えたコラボというコンセプトを置く限り、それを叶えるのは容易だ。なので、グループと個人……の両方でもいいかな?」

「ヒカリがいいのであれば」


 最終的な決定権を香織はヒカリへと委ねる。

 プロデューサーを交えて話していると言えども個人で勝手に話を進めていいのだろうか……そんな不安に駆られるも、その場での即決の雰囲気に流されヒカリもまた「やります」と乗らざるを得なかった。

 

「いいね。それじゃあ、正式に決定ということで」


 スマホ端末に触れながら当日のスケジュールを再確認し始める。


「あ、それとコラボ曲は歌う内容が決まり次第、後々申請の方をよろしく……じゃあ、自分はここで失礼するよ。それと俊介……」

「はい」

「ジル君を誘っていつもの飲み屋で」

「確約はしかねますが、声は掛けておきます」

「頼んだ」

 

 飲み屋で思い出したのだが……俊介さんと佐久さんは以前、唯菜と花火を観に行った際にジル社長が幹事で開いていた屋台舟の飲み会に参加していた。ルーチェと近くで話していたのをチラッと見たから何となく見覚えはあった。


 そう告げて立ち上がったプロデューサーの佐久さんは局のデスクへと缶コーヒーを手に戻っていく。それまで顔を合わせても一切睨み合いすらしなかった二人だが、いなくなった途端に睨み合う。

 

「随分と図ったタイミングでの登場でしたね。どこかで盗み聞きをされていたので?」

「飲み物を買いに来たらヒカリを交えて変な話をしているから気を利かせて隠れていただけ」

「いや、盗み聞きじゃん。それ」


 『黙って』と言わんばかりの顔を向けられる。


「ふふっ、お二方は仲が良いんですね。それに並んで立っているとまるで本当に双子の姉妹のようです」

「従姉妹だから。変な勘違いしないで」

「そうですね。香織さんには陽一君という素敵なお兄さんがいらっしゃいますし」

「素敵な、は余計よ」


 『お前もその一言が余計だ』と内心でツッコミを入れる。


「まぁ、何はともあれ。ヒカリさんは私がもらいます。あなた方に勝利して新ユニットの結成&戦勝祭ステージに立つのは私達ですので」


 詩音はわざわざヒカリの横に立ってアピールする。

 すると、今度は……


「好きなだけ言えば。私達が勝って、一緒にステージに立つのは私達だから」

 

 ヒカリの手を引いて無理矢理自身の横に並ばせて香織もアピールする。

 そんな終わらない二人の小競り合いを見兼ねた詩音のマネージャーさんが咳払いを入れる。


「すまないが二人共。今日の所はそこまでにしてもらえるかな」

「もう時間?」

「いや、そういう訳じゃないけど……見た感じヒカリさんは何も準備していないようだから、解放してあげないと可哀想だと思って」


 楽屋を後にしてからもう30分も経っていた。

 衣装の着替えや化粧を終え、いつでも本番を迎えられる香織と詩音に対して……ヒカリは普段着のまま。良識人の俊介さんはいつまでもこのいざこざに突き合わせる訳にはいかないと判断し、止めてくれた。


「そうね。多分、一向に戻って来ないから唯菜ちゃんが心配してそうだし。戻ったら?」

「お前な……」

「すみません、長々とお付き合いさせてしまい……でも、ここでお会い出来て良かったです。それともしよろしければなんですけど、撮影が終わったら色々とお話でも……」

「また長くなりそうだし。行くよ、ヒカリ」


 詩音のマネージャーさんにだけしっかりと頭を下げて礼儀正しい姿を見せると香織はヒカリの腕を取って強制退席させる。


「あ、ちょ……まだ飲み物が……」

「いいからくる!」


 半ば強引に連行された俺は香織と共に階段を登り、同じ階にある楽屋前まで戻る。

 そこでドアの前辺りにナイルさんと話している唯菜がいた。

 足音で気付くと「あっ」とこちらへと振り向く。


「良かった。香織ちゃんと一緒だったんだ……全然戻って来ないから迷子になっているのかと」

「ごめん。少し下で色々とあって……」

「色々?」


 どう説明したものか少し考えていると香織が先に述べる。


「コラボの企画を運営の方に持ち掛けたの。私達が詩音に勝ったらポーチカさんとコラボしてもらえるようにね」

「へー……って、え!?コラボ!?SCARLETとポーチカで?」

「はい」


 唯菜は半信半疑でこちらに顔を向け『うん』と肯定する。

 まだ、正式に決まった訳ではない。

 香織達が負けてしまえば当然無くなる話ではあるが……香織自身、詩音に負けることは一切想定していない。両者の過剰な自信が一体どこから湧いてくるのだと疑問にも思う。だが、こうして勝利を確信して臨む方が観る側としても気楽でいられる。

 

 だから、SCARLETとのコラボはほぼ確定したものだと思ってこちらも準備をしておくべきなのだろうが……唯菜はその現実を受け入れ難い様だった。


「私達がSCARLETとコラボ……」

「いやでしたか?」

「いやいや、そんな訳ないよ!すっごく嬉しいよ。でも……現実味がなくて……」


 唯菜自身、コラボが嫌な訳ではない。むしろ、心の中では嬉しさで舞い上がっているに違いない。

 だが、イマイチそれを受け入れられずにいるのは自分がまだSCARLETと同じステージに立てる実力でない……そう思っているからなのだろう。


 圧倒的な実力と知名度を誇る大人気アイドルグループと何もかも未だ未成熟で実力や知名度も圧倒的に足りていないポーチカ。

 天と地ほど離れたグループ同士が同じステージに立つことに臆している。

 観る者の目が自分達は邪魔に映るのではないか。

 以前起きた罵倒事件を引き摺ってしまい……素直に受け入れられずにいるのだろう。


 あの時の恐怖が今もまだ自分の影に潜んでいる。


「何も怖いことはないんじゃない?」

「……」

「このイベントはアイドル達がファンと一緒に楽しむ場なら……唯菜も思いっきり楽しめばいいじゃん。周りの目なんて気にしないで」


 そんな唯菜の気持ちを察した途端、自然と掛けるべき言葉を口にしていた。


「それにこんな機会はまとないチャンスなんだし……迷う必要ある?」


 顔を挙げた唯菜はいつも通りの明るい笑顔ではっきり答える。


「ない!」

「なら、やろうよ。せっかくなんだしさ」

「うん!」

「まぁ、その前にどっかの誰かさんには絶対に勝ってもらわないと困るから」

「馬鹿にしないで。私達は絶対に勝つ……だから勝った暁には私達と一緒に歌いましょう」

「勿論!」


 かくして、ここで再度勝利に向けた誓いが立てられた。

 負けられない戦いはSCARLETだけではなくポーチカにもある。

 俺達は香織達を応援することしか出来ないが……その先に待ち受けるステージに立つべく、こちらとしても彼女達を全力で応援する必要がここで生まれた。


 だが……この度のKIFでの対決は『SCARLET』VS『赤羽詩音』だけでは終わらない。

 新たな対決が後に決まる。


「あの……すいません、そこを通してもらってもいいですか?」


 後ろの方から声を掛けられ、自分達が通路の邪魔になっていることに気付いて一旦は壁際へとよける。通路を通り掛けていたのは三人の少女。

 彼女達も二日目に参加するアイドルグループであるのはガールズダンサーっぽい衣装から判断していると……先頭を歩く青髪の少女の後ろに居た茶髪の少女に目が往く。

 

(どこかで……見た顔……)


 横顔と後ろ姿からではよく分からなかったが、その少女に覚えがあった気がした。

 だが、女の子の顔を小学校から現在にかけて話したことのある人物以外まともに記憶していない俺にとって、それは単なる気のせいにしか過ぎない。


 ……訳でもなかった。

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