百五十三幕 KIF/顔合わせ①
とあるテレビ局でのKIFの二日目に参加するアイドル達やイベントの紹介を兼ねた仕事が入った。
ポーチカから参加するのは唯菜、ヒカリ、春……高校二年生組の三人。
幸香さんは他の仕事とブッキングしたため事前に予定を入れていたそちらを優先し、ルーチェはテレビに出たくないという理由から欠席している。
幸香さんはともかく、ルーチェの我儘は流石に受け入れられないかと思いきや、今回は意外にもその要求があっさりと通った。
最終的な判断を下したジル社長曰く、カメラ前でムスッと不機嫌そうなルーチェを下手に出さない方がまだマシだとのこと。それに加え、番組の制作スタッフからはグループでも最高三人までの出演しか認めていないとのこと。
結果的に、この三人のキャストが一番無難であるとジル社長も納得して送り出してくれた。
ちなみに、マネージャーも兼任しているジル社長は今回、撮影には同行していない。
別の仕事があるらしく、代わりに時折ポーチカのマネージャーを務める部下のナイルさんが今回は同伴していた。
「それでは皆様、撮影の準備が完了次第お声をかけてますので暫くお待ちください」
撮影準備が整うまでの間、用意された楽屋でこちらも着替えやメイクの準備を行う。
少女達の着替えを見る訳にはいかないと判断したのか、外で待機していることを伝えたナイルさんは楽屋から出ていく。
「まさか、扉の横でずっと立って待っていたりはしないよな……」
普段の硬い印象を見せる漆黒のスーツではなく紺を基調としたお洒落なスーツに身を包み、あまり圧迫感のない爽やかな印象であるものの、普段通りの硬い言動は一切変わっていないからか、マネージャーというよりも引率者というイメージが強い。
ジル社長の護衛兼秘書という役職にも身を投じることの出来る優秀な人なのはよく知っているので不安はない。だが、一つでだけ不安があるとしたら業務に忠実で真面目過ぎるが故に俺達三人を護衛対象として見なしていないか心配である。
先程も廊下の方へと戻っては行ったが、どこで待機しているか具体的に口にしていなかった。
もしかすると扉を開いた直ぐ横で起立したままずっと待機しているような光景が見れなくもない気がしてきた。
テレビ局の人達に変な圧迫感を与えていないか少し心配になる一方で、あまり関わりのない唯菜や小春は少し絡み辛そうな印象を持っているようだった。
「ナイルさんってあんまり話したことないから分からないけど……実は結構、出来る人?」
「ルーちゃんが前に言ってたけど、確か元軍人の方とかで今はジルさんに雇われているとか……」
「それは初耳」
「同じく」
あの真面目さも軍出身なら納得がいく。
護衛としての実力もリアルで見たことはないにしろ……相当な実力者なのは立ち振る舞いから一目瞭然。さすれば、他の二人も彼と同じく元軍人。
平時で秘書を務めるナイルさんとは違って他の二人は事務所で経理や法務といった業務を一階の受付窓口内で業務の傍らとして行っている光景を目にしたことはある。あの人達のマルチタスク能力はかなり特化したものだと思っていたが……恐らくそういった面での事務処理も経験済みなのだろう。
「あの人が何で職員をあんまり雇わないのか何となくわかった気がする」
「うん……多分だけど人数が少ない分、三人で業務が完了するんだろうね」
「優秀……」
そんな話を進めながら二人は持参した着替えを机の上に置く。
撮影本番まであと一時間近くあると事前に通達を受けている。
着替えを済まして、準備完了……とはいかず、その後にはメイクが待っているんだよな~
「春ちゃんは自分でメイク出来るよね?」
「私は大丈夫。家で一通り済ませてきたから」
「私も同じく。で、ヒカリちゃんは……うん、何もしてないね」
胸を張って言えることではないが出来なくて当然。
そもそも、メイクの基本すら知らない俺にメイクなんて出来る訳がない。
「ヒカリちゃんは顔の素材が良いから、メイクなんてしなくても十分良いんだけど今日はカメラでの撮影がメインだからしようね。メイク」
「でも……」
「あ、メイク出来ないのは知っているから安心して。私がやるので大丈夫!」
メイク道具をバッチリ完備した唯菜がニヤリと笑む。
こればっかりは唯菜に頼む他ない。
唯菜も唯菜で既に見抜いた上で用意周到である。
「さ、先ずは着替えをしようか」
「先にトイレ行きたいから一旦、出てくる……」
「あ、ヒカリちゃん待って!」
図った様なタイミングがわざとらしく映ったのか、唯菜が手を伸ばして楽屋から退出しようする行く手を阻む。
「なにかな?」
「自販機があったら飲み物を買ってきてもらえるかな?お水はそこにあるんだけど冷えた緑茶が飲みたくて」
「分かった。楢崎さんは何かリクエストある?」
「私は大丈夫……。唯菜ちゃんの分だけで」
やはりまだヒカリと春の関係には壁の様なものがある。
ヒカリもヒカリとて『楢崎さん』呼びしている時点で壁を築いているに等しい。
その辺り、今日の撮影を通じて少しばかり改善していく必要があるな。
そう改めて自分に反省を促すとそのまま楽屋を後にする。
そして、真横を振り向くと案の定、狭い通路の壁際に立ったままナイルさんは待機していた。
「ヒカリ殿、いかがなされましたか?」
「唯菜達が着替えに入るので一旦退出をして飲み物でも買いに行こうかと」
「左様でございましたか。飲み物でしたら私のお申し付け下されば買ってきますが……」
「時間潰しにもなるので大丈夫です」
「分かりました。自販機は通路奥、エレベーター前の付近にございますが……一つの下の階にあるレストルーム前の自販機は種類が豊富にありますので時間潰しであれば是非そちらに行ってみられるのもよいかと存じます」
爽やか笑みから垣間見たナイルさんの親切な言葉に俺は硬いイメージが一瞬で払拭された気がした。無口で笑わない雰囲気かと思いきや、物凄く丁寧で穏やかな言葉遣い。
勿論、前々からそういう性格であることは知っていたのだが、今のやり取りを通じて凄く好印象を抱いた。それと同時に、こんな大人になりたいとも憧れを抱く。
「どうかなされましたか?」
「いえ。それじゃあ……行ってきます」
「はい。お気を付けて」
優秀で頼れる執事に送りされたお嬢様気分で彼の前を通った。
ナイルさんに勧められた通り、一つ下の階へと降りる。
入り組んだ社内の狭い廊下を歩き進めていると突然、開けた場所に出る。
ラウンジの様な場所でそこには数台の自販機やテーブル席、ソファなどが置かれている。
ここが先程言っていたレストルームなのだと雰囲気から判断する。
すると、テーブル席の方に三人の先客が座って何かを話しているようだった。
手前に男性と女性、その反対に髭面のベテランADっぽい男性が一人。
何やら仕事の話をしているらしいので邪魔しないように彼らの後ろを通っていると……
「あれ、君は確かポーチカの三ツ谷ちゃん、じゃないか?」
横顔でその正体に気付いたのか、見知らぬ中年男性に話しかけられたこと驚きつつも、一度立ち止まって「はい。そうです」と返事をする。
「ははっ、丁度今し方、君の話をしていたところなんだ」
「私……ですか?」
要領が掴めず困惑していると前に座っていた一人がこちらへと振り向く。
その直前、俺は背を向けて座る赤色が特徴的な髪を持つ女性の存在を改めて認識する。
見覚えのあるその後ろ姿からある人物を彷彿とさせた直後、それは確信へと変わった。
妖艶な笑みを浮かべてこちらを見詰める彼女は椅子を引いて立ち上がると挨拶を告げる。
「既に本人の了承済みということなのでご存知だと思いますが、SCARLETに勝利した暁にはあなたを迎い入れることになりました花嫁の赤羽詩音と申します。以後お見知りおきを、花婿の三ツ谷ヒカリさん」




