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百四十九幕 修学旅行⑰

 ある程度、詩音の口から母親との関係を聞いた。

 

 離婚を機に別れた母親とは仕事の場以外では一切連絡や顔会ってすらいない。

 その上に母親である麗華さんとは他人行儀な接し方で今は話している。

 

 複雑な家庭の事情にあれこれ口を出す気はない。

 ましてや同情も共感も出来ない。

 それに当事者である詩音自身があまり気にかけていない様子。


 母との関係を明かす際にもまるで母を他人の様に見なしている。

 麗華さんはSCARLETのマネージャー……それ以上でもそれ以下でもないといった具合。

 改めてそれを知った香織は閉ざしていた口を開き、詩音の方へと向き直る。


「……あなたって相変わらず冷たいのね」

「勿論、認めています。私は母に対して少なからず恨みに似た感情を抱いているのは事実です。それが母を前にすると湧き上がってしまい素っ気ない態度を敢えて示していることも」


 俯瞰的に自分の行動と感情を見つめ直した上で淡々と香織の言葉を肯定する。

 その詩音の態度が香織を余計に苛立たせた。

 

「じゃあ、直しなよ。それと、私にその八つ当たりをぶつけないで」


 積りに積もった不満をぶちまける香織に詩音以外の全員が少し驚く。

 他人が見ている前でこうも自身の感情を示す香織を初めて目の当たりにしたのは俺だけではない。

 ましてや、唯菜の様な大事なファンが見ている目の前で。


「いいのですか?そんな風に怒って」

「別に構わない。こんな私を見ても唯菜さんが幻滅しないのは分かっているから」


 詩音の軽い煽りを香織は断言して跳ね除ける。

 むしろ、敢えて詩音の煽りに乗って本当の自分を晒すことで唯菜からの好感度を逆に上昇させる意図が絡んでいることを俺と春乃さんは見抜く。

 

(流石、香織。これを狙って珍しく本性を出したな)

(詩音とのやり取りを通じて唯菜ちゃんを一人のファンとしてではなく特別なファンとしての格上げを行う踏み絵を実行するとは……末恐ろしいアイドルだな~)


 無論、本性で言っているのも事実。

 溜まり溜まった不満をぶちまける絶好の機会だと踏んだに違いない。


「はてさて、八つ当たりとは何の事でしょうか?」

 

 彼女も彼女とて引かない。

 あからさまな惚け口調で怒りを煽る。


「……とは言いません。現に私はいくつか香織さんのお仕事を奪っていますので……怒るのも無理ないかと」


 詩音も同様に本性と思えるような腹黒さを見せる。

 三人の前で『性悪』と言われたことを証明するかのように事実を口にする。


「……っ、馬鹿にしてるつもり?」

「はい。悔しかったら奪い返してください」


 声を荒げて叫ぶ香織に詩音はニコリと笑みを浮かべて答える。

 

 香織の指摘を真っ向から受け止め、下手に否定するどころか認めた上で煽り続ける詩音。

 喧嘩を吹っ掛けてきているのはどちらか一目瞭然。

 この場を収めるべく、止めるべき相手は詩音の方なのだろう。

 

 だが、もう遅い。

 今更止めようとも既に詩音の目的は達成したに等しく『止めろ』と一声掛ければあっさりと退くだろう。

  

 周囲にどう思われようとも問題ない。

 ただ、目の前にいる香織の怒り感情を引き出せればそれで構わない。

 例え、自分が香織の言う性悪女だと俺達から思われようとも……別に気にしない。 


 なるほど、香織が嫌悪するのも分からなくはない。

 面倒で意地っ張りで変に曲がった性根を持つよく分からない奴……確かに詩音は香織が最も嫌いとするタイプであり、性格的に決して相容れない仲だと表現したのも頷ける。


 そして……そろそろ香織も我慢の限界を迎える頃だと見抜く。

 

「そこまでにしとけよ。二人共」

「……」

「……」


 膠着した睨み合いは表面上では続くもこれ以上の口論は防ぐ。

 机の下で見えないように俺のズボンの裾を掴んできた香織の要望に応え止めた。

 

「すみません。私もつい喧嘩腰になってしまいました。ですが、退く訳にはいきません。私は香織さんのライバルとしてこれからも邪魔してまいります」


 真剣な表情で詩音は宣戦布告を行う。

 それに対して香織もズボンから手を離して『受けて立つ』と闘志を燃やす。

 喧嘩する程、仲が良いという言葉の裏には似た者同士という意味合いが隠れているように思えたが……今はこの喧嘩がこれ以上ヒートアップしない事を祈るのみ。


 ところが……


「では、宣戦布告を兼ねまして次のKIFでどちらがより多くのファンを集められるか勝負しませんか?勝てば今後、私が香織さんに対して執拗に絡まないことをお約束します。それで足りなければ今後、私は香織さんの物として扱って頂いても構いませんよ」

「要らない。その前の一つでいいわ」

「ふふっ、では受けてもらえると?」

「勿論」

「え、ちょっと香織!?」


 冷静とは思えないリーダーの発言に春乃さんは困惑を浮かべた。


「それで、あなたからの要求は?」

「そうですね……」

 

 その返しを考えてはいなかったのか。

 少し要求案に思索を練ると……両手で軽く手を叩いて要求を返す。


「私に三ツ谷ヒカリさんを下さい」


 突拍子もない要求に一同凍りつく。


「……は?」

「……お~」

「……え?えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 一息置いた後、店内に唯菜の素っ頓狂な叫び声が響く。


「ど、どういう事?」

「私、三ツ谷ヒカリさんが欲しいんです。まだ会ったことはないんですが、香織さんの従姉妹と聞き及び現在進行形で興味があるんです」

「あの~詩音?それってつまり、詩音が勝ったらポーチカからヒカリちゃんを引く抜くってこと?」

「そうなりますね」

「いやいや、ダメに決まっているよ!そんなの絶対に私が認めません!」

「それ以上に賭けとして成立するかどうか怪しいよ。ヒカリちゃんはSCARLETのメンバーじゃなくてポーチカのメンバーなんだから」


 両手を頭の上で交差して『ノー』と大きくアピールする唯菜。

 当たり前の正論を述べる春乃さんに俺はうんうんと頷く。


 本人を抜きにして何を勝手に賭け事に使おうとしているんだ!と代理人として注意したくなるも、今はその気持ちを抑えてこの行く末を香織に委ねる。


 大丈夫だ。

 いくら香織が冷静じゃないと言えども、こんな不合理な要求を認める訳がない。

 『バカなの?』と一蹴して終わり……だと結果を見据えた瞬間、香織は立ち上って答える。


「いいよ。それで構わない」

「は?お前、何を言って……」

「私が負けなければいいだけの話」

「いや、もしも……」

「負けない。私は……いや、私達は絶対に負けない」


 もしも、なんてない。

 勝つことしか見据えていない香織にとってもはや要求なんざどうだっていい。

 仮にそれは何だろうと受けてやる。

 

 そんなスタンスでいるのは頼もしい限り……なのだが、この勝負に関係のないヒカリ(俺)を巻き込まないで欲しいと心で訴えるも本人には決して届かない。


「私達は三人。対してそっちはソロ……それくらいは呑まないとフェアじゃない」

「いいですね。では、そうしましょう。運営側にはちょっとした余興として二日目のステージでお互いに時間帯が被ってライブ出来るためにタイムスケジュールを調整してももらえるよう話はつけておきます」


 色々とツッコミを残したまま話はドンドン進んでいく。

 どうやら、この勝負はもう確定事項の様だ。

 白熱した二人の勝負心を止めるのは不可能に思えた。

 

「それでは、私はこれにて失礼します」


 今すぐ準備に取り掛かろうと運営側と交渉するべく立ち上った詩音はお店を後にしてどこかに行ってしまった。嵐が去って落ち着きを取り戻した香織は再び席に着き、唯菜の方に向き直って謝罪する。


「ごめんね。勝手に決めちゃって」


 オイ。真っ先に謝るべき相手が違うんじゃないのか?


「ううん。かなりビックリしたけど……香織ちゃんが決めたことなら私はファンとして見守るよ」

「いや~理解ある優しいファンを持てて良かったねー。ま、自分の知らぬ所で賭け事のダシに使われたヒカリちゃんが一番可哀想だけどね」


 ごもっとも。

 春乃さん、もっと言って欲しい。


「でも、かなり面白いから私はアリだね」


 訂正。

 二人共、マジで許さん。


「それにしても、赤羽さんがあんなにもムキになるなんて少し意外だったよ。私、去年同じクラスだったけど普段から大人しくて控え目な印象しかなかったから……」

「騙されないでね、唯菜ちゃん。あれが赤羽詩音の本性だから」

「どの口が言っているんだか……」

「なに?」

「なんでもない」


 ちょっとした仕返しに流石の香織も怒りはしなかった。


「とにかく、来月のKIFで私達は赤羽詩音にステージイベントで勝つ。いい、春乃?」

「私は構わないよ。多分、柚野もね」

「私も香織ちゃん達が負けないように応援します!」


 意気込む三人とは傍らでこの勝負に大きな不満しか抱けない状況下に陥った俺は『もうどうとでもなれ』と投げやりに彼女達の結果を見守るとした。

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[一言] 可愛い女の子達が陽一くんを取り合ってる……
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