百四十七幕 修学旅行⑯
四脚椅子に俺と香織。壁際のソファー席に唯菜、春乃さん……そして、偶然にも居合わせた詩音が相席した五人でテーブルを囲うことになった。
ニコニコと笑顔を浮かべる詩音に、修羅場を楽しむ春乃さん、お店のメニューを食いつくように見ている唯菜……そして、対極に座る詩音が相席していることに不満を覚えている香織。
よく分からない場の雰囲気に俺はどうしてこうなったのかと聞きたい。
だが、先にその訳を香織が尋ねてくる。
「で、どうしてここに赤羽詩音がいるの?」
やけに刺刺しい物言い。
香織自身、詩音とが面識があるらしくどこか犬猿の仲を感じさせた。
「さっきも話しただろ。詩音とは学校が同じで知り合いなんだ」
「だから、なんでここにいるの?」
そんなの、俺も知りたい……と困り果てて回答権を詩音に委ねる。
「ボッチな私を陽一君が気遣って一緒にお昼ご飯を食べようと優しく声を掛けてくれたのです」
半分正解で半分間違いだ。
偶然にも店に並んでいた俺を目撃し、自分と同じく一人きりで自由行動を過ごしているのだと勘違いして話しかけてきたのが事の始まり。
「いや~こんな女の子ばかりのお店に陽一君が一人で並んでいるのでお仲間かと思い、私もご一緒させてもらおうかなとお声をかけた次第なのですが……どうやらデートに水をさしてしまったようで申し訳ないです」
「別にデートじゃないから。他に二人もいるし」
「ですが、妹さんは……」
「あ~香織の文句は聞き流して構わないから。それとここに呼んだのもただ食事に誘っただけだから他意がある言い方はしないでくれ」
「すいません。つい、あの方があちらにいらっしゃいますと揶揄いたくなると言いますか……」
「ねぇ、お兄ぃと赤羽詩音はどんな関係なの?」
「いや、ただの知り合……」
「友人です。陽一君と私は友人です」
まだ知り合って三日と経っていないがな。
まぁ、本人がそう表現したいなら否定するつもりはないが……約一名、その表現には不満があるようだ。
「お兄ぃ、友人はちゃんと選んだ方がいいと思う。唯菜ちゃんみたいな可愛くて明るくて良い子ならまだしも……腐った性根を笑顔と下手な敬語で礼儀正しそうな雰囲気を演出する女は止めておいた方がいいと思う」
それ、お前が言うのな。
似た者同士の様に思えるが、俺は詩音の性悪な部分を知らなければ香織程毛嫌いもしていない。
「てか、なんでお前達仲が悪いんだ?」
「別に仲が悪い訳じゃありません。妹さんが勝手に私を目の敵にされているだけです」
香織が誰かを嫌う態度を表で見せるのはかなり珍しい。外では他人を嫌うような素振りをあまり見せない穏健な性格だと思っていたのだが……真横で明らかな嫌悪感を振りまいている。
何かと事情が掴めない二人の関係性をよく知っていそうな第三者に解説を求める。
「ご覧の通り、二人は犬猿の仲なんだよ」
「それは見れば分かりますけど、なんで?」
「うーん。これは言っちゃっていいの?詩音」
「構いません。陽一君もいずれ知ると思いますし」
二人は普通の関係みたいだ。
好きでも嫌いでもない。ただの知り合い的な雰囲気。
そこの共通点から薄っすらと関係性が見えてくる。
「詩音は私達と同じアイドルなんだよ」
やはり、そうだったのか。
「あまり驚かないのですね。陽一君」
「詩音はアイドルしていてもおかしくないルックスだし……ここに三人もアイドルが居れば今更驚きはしない」
一人や二人、増えた所でアイドルがアイドルを呼ぶと認識すれば平然と受け入れられる。
「ちなみに、詩音はどこのグループなんだ?」
「いえ、私はソロで活動しています」
「え、ソロ?」
「そちらは意外でしたか?」
「まぁ……あんまりソロアイドルって会ったことなかったから」
夏休み期間に色んなアイドルグループと対バンライブをしてきたが……その中にソロアイドルとの関わりはなかった。少なくとも二人か、三人とユニットを結成して活動しているアイドル達との面識しかなかったからソロの存在は珍しく映った。
「その口振りだと、陽一君はアイドルにご興味あるので?」
「え……いや、そんなことは……」
「三津谷君。前にアイドルなんて興味ないって言ってなかったっけ?」
メニューから視線を外した唯菜がジト目で鋭い指摘を入れる。
不味い。つい、下手なことを口走ってしまった。
一度口にしてしまったことを取り消せず、困って香織に助け舟を出そうにもへそを曲げて知らんぷりしている。その上、春乃さんはどうくぐり抜けるのか黙って伺っている始末。
仕方ない。ここは、一つ恥をかくとしよう。
「実は……最近、アイドルに興味持ってきたんだ」
「ほぅ。それは初耳だよ。ちなみに、どのグループなのかな?」
と、聞かれましても他のアイドル事情はそこまで知らない。
対バンでも他のアイドルグループの存在を少し知っただけでメンバーの一人一人の名前とか特徴は正直、あまり覚えていない。下手なグループ名を出して本当は興味を持っていないとバレない為にも、ここは敢えて深く知っているグループ名を出すしかない。
「ポ、ポーチカ……とか」
「え?」
「……」
「……ほほう」
三人の目が集中して向けられる。
「それは興味があります。陽一君はポーチカの中でどなたが好きなのでしょうか?」
「いや、そもそも詩音はポーチカを知らないんじゃないのか?」
昨日、ヒカリ以外は知らないと言っていた。
「昨晩調べました。そこにいらっしゃるリーダーの白里さんを始めとした五人はちゃんと学習済みです。あと、プロデューサーにあのジルさんが付いているというのも」
それは一体どういう……
「で、三津谷君は誰が推しなの?」
食い気味で聞いてくる唯菜に俺はどう答えればこの場を静かに収められるか真剣に考える。
……いや、これ考える間もなく一択しかないな。
ポーチカの推しメンを選び答える。
「ヒカリ」
その回答に場の全員が静まり返る。
その反応が一体何を示しているのかは分からない。
陽一がヒカリを選んだという事実に四人が何を思ったのか詳しく聞きたい所ではあるが、これが我ながら無難な回答だと判断した。
すると、唯菜がフムフムと納得して指をグッと前に出す。
「良いセンスしているよ。例え、従姉妹であってもアイドルという一個人と見なして推しに値すると認める素直さ。私、見直したよ!」
「そりゃどーも」
「いやぁ~意外な返答だったね。私は唯菜ちゃんって言うのかと思ったよ」
春乃さん。頼むから余計な口を挟まないでくれ。
隣で黙っている香織も反応して口を挟みかねない……と思いきや、話しに割って入るどころか興味無さげにムスッとした顔で水を飲んでいた。
不機嫌なのが一目瞭然。
いくら嫌いな相手が目の前にいたとしてもこうまで感情が態度に現れるのは珍しい。
「てか、香織と詩音はなんでそんな仲が悪いんだ?」
「私と彼女は単に馬が合わなかっただけ」
「香織さんはマイペースな私が嫌いみたいで」
仮に嫌いな理由がそれだったとしてもここまで嫌うには至らないだろう。
性格や気が合わなかったにしろ、香織がこうも嫌悪感を出すにはもっと別の要因が絡んでいるとしか思えない。それこそ、詩音が香織に対して過度な嫌がらせを過去に行ったか……
二人をよく知る春乃さんに第三者の視点からその原因を聞く。
「多分だけど……私達がSCARLETとして成り立つ前、香織は詩音と二人でユニットを組む予定だったことが関わっているんじゃないのかな?」
「多分、そうだと思います」
SCARLETファンとして驚愕な新事実に唯菜は凄く驚きを露わにする。
一方で、春乃さんの憶測を聞いた香織は少し溜息を吐いてそっぽを向く。
「これ私、聞いてもいいのかな?」
「まぁ、唯菜ちゃんだけの秘密として聞いておいて欲しいかな」
唯菜は数度首を縦に振って合意する。
「元々、二人は今の事務所前からの知り合いだから、香織と詩音は私達よりも付き合いは長いよね?」
「そうですね。母の所属していた劇団に通っていた時から知り合いなので五年くらい経ちます」
母の所属していた劇団……という言葉に引っ掛かりを覚えるも話は進む。
「今の事務所に変わって香織がアイドルをするって話が出たタイミングで詩音を誘ったらしいんだけど、詩音はそれを断った。それで今でも根に持っている香織は詩音を嫌っているって訳」
「一部脚色されてるけど……だいたいそんな感じ」
思ってたより子供っぽい理由だな妹よ。
一度あったことをネチネチと根に持つ気質は兄妹揃って同じなのかもしれない。
同じ血が通っていることに少し安心を覚えるも、今の説明ではまだ状況理解には足りない。
それに話の途中で出た情報も少し気になる。
「赤羽さんのお母さんが所属していたってことはお母さんも芸能関係の仕事をしているの?」
「以前はしていましたが、今は違います」
「じゃあ、引退?」
「はい。女優業を引退後は今の事務所でマネージャー業務をしています」
「ちなみにだけど、唯菜ちゃん達、ポーチカの皆は詩音のお母さんに会ったことあるよ」
「え、そうなの!?」
俺達が詩音の母親に会ったことがある……という情報を提示されるも唯菜は分からない様子。
しかし、俺は何となく分かってしまった。
色々と辻褄が合う事実を辿っていくとそれらしき人物が一人だけ思い浮かぶ。
詩音の母親は恐らくジル社長やルーチェ、タムタムとも面識があって俺もヒカリの姿で何度か会っているあの人……
「詩音の母親は私達SCARLETのマネージャーである麗華さんなんだよ」
~~追記・予告~~
Twitterの方でも予告しましたが、どこかのタイミングで番外編を公開します。
主人公は三章で登場した三津谷明里。彼女がアイドルとしての始まりからデビューライブまでを構想したアナザーストーリーを一章分でお届けします。
本作とは前後半でそれぞれ重なる部分や違う内容があると思いますが、それを込みにして楽しんで頂けるよう書く所存です。勿論、主人公とヒロインは女同士でありますので……ラブコメ的な要素よりも百合な雰囲気が出てくるかもしれませんが、一章は明里と唯菜の友情を深めるストーリーに仕上げていくのでご了承ください。
それでは、またどこかの後書きにて。