百四十六幕 修学旅行/自由行動⑮
修学旅行最終日。
那覇市内を中心とした範囲内での自由行動が高校生達には与えられた。
飛行機搭乗の一時間前までに那覇空港へ到着するための移動時間を込みにして、約半日近くの自由時間が設けられた。
教員達の監視は殆どなく、法律に触れないことを絶対条件とした自由な観光時間を多くの生徒達は仲の良い者達と班を組んで行動を共にする。一方で、その目を盗んで彼氏彼女の二人で時間を過ごす者やクラスの垣根を超えて、仲が良い者同士寄り集まって観光する……なんてケースも多々ある。
実際に、俺達の班も班員四人が分離している上に他校の知り合いを交えて新たな四人班を結成しているという学校の垣根を越えた班行動を行っていた。
「はぁ……」
「ねぇ、その溜息は何?私達と一緒なのが嫌なの?」
隣を歩く香織がムッとした顔で不満があるのかと尋ねる。
「嫌というか何というか……目立つんだよ。三人共」
国際通りで行き交う人達が三人の方に視線や顔を向けて通りがかりに美貌を伺っている。
三人共、顔面偏差値はかなり高い。容姿端麗で身体のラインも細くしなやか。
通りに三人のモデルが並んで歩いている状況と対して変わらない。
その上、私服もそれぞれ自身の魅力を引き出す可愛くて清楚感のある格好だ。
同性も異性も等しく三人の姿に何かしらの惹きつけられるものを感じているのが分かる。
「逆にお兄ぃが目立つんじゃない?」
「浮いているって言いたいんだろ。認めているからハッキリと言ったらどうだ?」
「分かり易く怒らないでよ。冗談だって」
「分かってるよ」
香織の軽口に敢えて乗り、ムカッとした気分を少し吐き出す。
「そんなに気になるなら変わっちゃえば?(ヒカリに)」
「馬鹿言うな。無理に決まっているだろ」
「でも、昨日。変身したんでしょ」
「……なぜ、知っている?」
仲良さげに春乃さんと二人で前を歩きながら話す唯菜に聞こえない声に抑える。
「昨日、唯菜ちゃんにヒカリちゃんがホテル内に居たとか言われたの。その時は私と春乃でなんとか誤魔化した」
「……悪い助かる」
「で、何で変身したの?」
「……言えない」
「何で?もしかして、春乃が関係しているの?」
「それも言えない」
「……あっそ。ま、これ以上ヘマしてうっかり正体をバレないように気を付けてね」
香織は執拗には聞いてこなかった。
何か納得がいかないことがあると事情を詳しく聞いて自分が納得するまで尋ねてくる……のではなく、今回は意外にもあっさりと引き下がった。
そのことに少しホッとしていると……
「その代わりに何かスイーツを奢ってね。お兄ちゃん」
あざと可愛い笑みを浮かべてこの妹は突然にもふざけたことを抜かしやがった。
「何でだよ。奢る理由なんてないだろ」
「ありますー。お兄ぃの尻拭いしたんだからそれくらいの権利は妹にある!」
「頼んでない。それにお前の方が金は持っているんだから自分で買えよ」
「うわぁ!信じられない発言。男として嫌われるよ?それとちなみにだけど、お兄ぃってば結構お金持っているよね?お母さん達が知らない、お・か・ね」
こ、この野郎……なんでそれを知っていやがる。
なんて心の声が顔に表れると香織は図ったかのように口元を緩めた。
「この間、あの部屋に行った時に通帳を見つけちゃったんだ。ヒカリのね」
「……」
「不用心だよ。机の上に置いたままにするなんて」
以前、香織が部屋に荷物を置きに来た際、机の上に置かれた通帳を勝手に拝見したのだろう。
確か前日、ジル社長から今月分の給料がヒカリ用の口座に振り込まれたと聞き、レッスン帰りで部屋に戻る途中で銀行に寄って通帳を更新した。そのまま、帰りの支度を済ませて、通帳はいつもの場所に戻さず帰ったため、机の上に置いたままにしておいた記憶がある。
完全に迂闊だった。と、悔やむしかない。
「はてさて、私はあれを見て見ぬフリをしてあげてもいいんだけどな~」
「じゃあ、そうしろ。この話はそれで終わりだ。いいな?」
「ちょっと待とうか。強引に話を終わらせて立場を逆転しようとも無駄だよ?流れからして私の有利に変わりはないから」
「……はぁ、面倒な前置きはこれくらいにして、何が望みなんだ?」
後ろで頭を掻いて話を終わりに進ませる。
「これからとあるカフェに行くんだけど、そこでの支払いをお願い。お兄ぃ~ちゃん」
完全に調子付いているな。香織の奴。
まぁ、いいや。この件を母さん達の口止め料として払う分と考えれば安いものだ。
「分かったよ。上限、二千円までな」
「仕方ないな~。それで妥協してあげる」
「いや、お前な。二千円もするスイーツって結構高級だろ」
相場は詳しく知らないが、二千円以上するスイーツは高級だと思い込んでいる。
「美味しいお店のカフェとかだと割とそんぐらいする所もあるよ?ま、せっかくの旅行なんだし出し惜しみしないでよ。ね?」
「他人の金だぞ?ちょっとは出し惜しみさせろよな……ったく……ん?」
やれやれと妹に呆れていると……ふと、会話を一旦止めてこちらを羨ましい顔でムムムっと無言の圧を掛ける唯菜と目が合う。
「ズルい。兄妹二人で仲睦まじく話しているなんて!」
「いや~見せつけられたよね~。香織のあんな妹感まる出しの様子なんて私も見たことないし」
唯菜は本気で言っているのが伝わるが、春乃さんの方は本気で言っているのかどうか半信半疑な面がある。
「それにしても二人ってほんと仲良いよね?途中から会話聞いたけど息ピッタリというか……」
「ね。少し前までお互いに顔を合わせる度に喧嘩してたっていう話が噓みたい」
「「いや、それは本当」」
タイミングがドンピシャな否定振りに唯菜は「息ピッタリじゃん」と拗ねた態度を取り、春乃さんはニマニマとした表情を二人に向ける。
「ま、二人の関係が最近になってどう変わったのか。私はあんまりよく知らないけど~」
(噓じゃん)
(噓ね)
下手な演技……を敢えて見せて煽っていくスタイル。
香織が春乃さんを「面倒臭い女」と評する理由の大部分が垣間見えた気がした。
すると、我慢の限界を迎えた唯菜が俺と香織の間に割って入り、強制的にここでの兄妹仲を見せつける要因を絶ち切ろうとする。
「今日くらいは香織ちゃんを独占してもいいよね?」
「どうぞ。それに端から白里に渡すつもりだったからご自由に」
「それならそれでいいけど……やっぱり、三津谷君が羨ましいよ」
「何で?」
「だって、香織ちゃんといい、ヒカリちゃんといい……身近に私が好きな人が二人もいる上に二人と特別な関係が築けるんだから」
中々に恥ずかしいことを堂々と言ってくれる。
唯菜はあまり意識して喋っていないだろうが……傍から聞けばこれは二人に対する告白に等しい。
無論、唯菜のオタク気質を知っていれば推しに対する好きを伝えているに過ぎないと分かっている……のだが、唯菜の素直過ぎる想いの丈にどこか本気の好きを感じた。
俺も香織も、春乃さんも……
「可愛いね。唯菜ちゃんは」
「本当に。こんなにも純情なファンを持てて私は嬉しいです。当然、ヒカリも」
「……」
緩んだ口元を手で覆い隠しながら唯菜とは反対の方向に顔を向ける。
ちらりと目を向けた先には少女が笑顔で指をグッと立ててウインクを送っていた。
誰とは言わないが。
「ですが、私も唯菜さんが羨ましいと思う時はあります」
普段通りの真面目な口調で香織は語る。
「私よりも唯菜さんの方がヒカリと一緒に居る時間は多い。それにヒカリは私なんかよりも唯菜さんを遥かに信用しています」
「……そうなの?」
「恐らくですけど」
『そうなの?』と春乃さんは訴えてくるが無視だ。
だが、香織の言葉には無視出来なかった。
何せそれは事実に等しい。
デビュー前の時から深く関わりを持つようになり、ヒカリ時ではほぼ一緒に時間を過ごすことが一番多い相手であることは間違いない。それに俺は香織とはまた違った信頼を唯菜に置いている。
グループのリーダーだからだけではなく、一個人として頼れる相棒の様にも思っている。
「詳しくは後日、本人に直接聞いてみてください。多分、恥ずかしがりながらも教えてくれると思います。唯菜さんなら」
「うん。聞いてみる」
唯菜の嫉妬心を抑えるべく香織が美談の様に話を纏め、お互いに微笑み合うような良い雰囲気の中で一区切り付く。
その一方で、俺は要らない置き土産を目の前で用意した香織に軽度な怒りを覚え、『ねぇ、今どんな気持ち?』と聞きたくて仕方がない顔でうずうずしている春乃さん……は見なかったことにしよう。
「なんか、ごめんね。私が冗談半分で羨ましいって口にしちゃったばかりに変な雰囲気になって」
和やかなムードに戻そうと唯菜は笑って謝罪する。
「いいや。別にいつものことだし気にしてない」
「え、いつもは言ってないよ」
「いやいや、羨ましい羨ましいって文句みたく言ってくるだろ。一昨日だって部屋で……」
おっと、この話題はこれ以上進めるのは不味い。
言葉に敏い二人の目の色がそれぞれ変わりかけたのを俺は見逃さなかった。
「ま、この話は終わりにしてそろそろ目的にカフェに行こうぜ。お腹減ったし……」
強制的に話題の方向転換を行う。
「もうお昼時で混むかもしれないから早めに行った方がいいかもね」
「賛成です。確か、お店はこの辺りの筈……あ、あそこに」
ナビゲーターを務めていた香織がスマホで位置を確認すると道路を挟んだ向かいの通りに目的の店が存在し、既に店舗前に数名の客で列が生じていた。
「唯菜ちゃんの言う通り、早く行かないと混みそうだね」
「そうね。早く行きましょ」
近くの信号が青になったタイミングで俺達は駆けた。
そして、多くの女性客が並んでいる一番後列につく。
順番は恐らく前から五番目。それ程混んでいないと言えども、四人組の団体客が五組。
そう簡単に順番が回ってくるような雰囲気ではなさそうだ。
「私達、以外にも学校の人達いるね」
「ここそんな人気なのか?」
「インショでも結構話題のお店なの。でも、私達はこれが二回目だけどね」
「そうなの?」
「うん。前に柚野が行きたがって来たんだけど、お目当ての食べ物が売り切れで……その時は違うものを食べて帰ったんだよね。だから、再チャレンジしたくて」
「そう言えば、その柚野さんは?」
班行動をする時、柚野さんも一緒かと思いきやそうではなかった。
「柚野はクラスの子と食べ歩きしてる。てか、そこにいるし……」
店内で大きなパフェを食べて至福の一時を感じている人物がいた。
甘い物や美味しい物に目がなく、三人の中で誰よりもスイーツ好きの柚野さんが見覚えのあるクラスメイト達と一緒にお皿をシェアしながら食べ合っていた。
「流石、マイペースな柚野ちゃん」
「あの子はどこでもあんな感じだから……まぁ、それが柚野の魅力ではあるんだけどね」
「でもあの量……食べ過ぎて太らないが心配」
「だね。あんまり酷いと私達で止めないと」
SCARLETは修学旅行後にツアーライブが控えている。
そんな直前に柚野さんが暴食暴食をして体型維持に支障をきたさないか心配しているのだろう。
だが、そうだと分かっていてもあんな幸せそうに食べている柚野さんを見ると容易には止め辛いだろう……って、急に視界が暗くなった。
「だーれだ」
誰かに背後から視界を遮られる。
手の大きさや声から察するにこれは恐らく女性……だと思うのだが該当人物が直ぐには思い浮かばなかった。
「……てか、本当に誰?」
「うわ。酷いですぅ~」
視界がクリアになって振り向く。
そこには一昨日、昨日と知り合ったばかりの特徴的な赤髪を持つ赤羽詩音がいた。




