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百四十二幕 修学旅行⑪

 久しぶり……か。


 普段から一方的に顔を見ている身としては深くそうは思っていない。

 だが、自然と久しぶりという言葉が違和感なく出た。


 この身体で会うのは実に四年振り。

 お互いに楢崎春と三ツ谷ヒカリ……ではなく幸村小春と三津谷陽一たる本当の自分で再会したから久しぶりだと思えたのかもしれない。

 

 伸ばした腕を離し、タイルの床に腰を下ろしながら見上げる小春は一度視線を下す。

 どこか気恥ずかしそうに、オドオドとした様子で彼女は呟く。

 

「元気……だった?」

「一応」

「……」


 会話が続かない。

 先程からお互いに何を話せばいいのか、迷ってばかりで一向に言葉が出ない。

 

 そして、お互いに探り合っていた。

 気付いているのか、いないのか。

 決して顔には出さず『覚えているよね?』と告げられるまで、初対面を装い続けた。


 彼女を助けたのだって、幸村小春だと気付いたからではない。

 そもそも、気付いたのは助けた後だ。

 

 プールサイドに立った瞬間、誰かが慌てて入水した。

 その直後、飛び込み台の陰で変に水をバシャバシャとさせる音が聞こえて、不審に思って水面を覗き込んだら少女が水底に落ちていく光景を目撃した。

 ただの潜水ではない。

 苦しそうに水中でもがく様に居ても立っても居られず、スマホと財布を台の上に置いて着替えている余裕もないから私服のまま潜って少女を救出した。


 それが幸村小春だった……だけだ。

 

「あの、ありがとう。助けてくれて」


 再び小春は礼を口にする。


「さっきも聞いたけど」

「改めて……だよ。そして、ごめんなさい」


 何に対する謝罪なのか。

 少しよく分からなかった。


「服、びしょびしょにしちゃって……」

「それもさっき言った。気にしてないって」

「でも……」

「そこに脱水機があるんだし、こんなの乾かせばどうってこともない」


 ここに立ち寄ったのも、洗った水着を脱水機にかけた後、この屋内プールから直結する屋外プールのある中庭へと出て、夕食のレストラン場へと直接赴こうとした道中でしかない。

 まぁ、こうなってしまった以上、一度部屋に戻って着替える他ないのだが。

 

 こうして偶然にも、再会して言葉を交わしてしまった以上……見て見ぬふりはもう出来ない。

 だが、俺から話すことなんて何もないし、何も思い浮かばない。

 何も……


「やっぱり気まずい……よね」

「……!」

「陽一君はまだ、私に告白してくれたこと覚えている?」

「……」


 忘れはしない。

 あの衝撃的な体験は四年経っても忘れられない。

 むしろ、幸村小春と再会してより鮮明に思い出した。


 弱り切った彼女を前にして……再び……


「あの時。私は君の気持ちに応えられなかったことを謝りたい。だから……」

「謝らなくていい。それはもう過去のことだ。俺は別に気にしていない」 

「でも、私はあの時……」

「もう、いいんだ!」


 二人しかいない空間に感情を大きく帯びた声が反響する。


「あの時のことはもう終わっている。今更、幸村が謝る必要なんてない」


 誰も悪くない。

 全てはそう……仕方がないことだった。

 

 俺が幸村小春に告白したのも全ては彼女のため。

 好きだからとかの理由ではなく。

 今にも儚く消えてしまいそうな彼女を一人に放ってはおけなかったから。

 一人にしたくないなんて気持ちを不器用なりにも言葉に表した形がそれだったのだ。


 単なる興味心に上乗せた偽善を恋心と勘違いしたまま……想いの丈を偽って伝えたに過ぎない。


 結果、それが彼女には気づかれていた。


 『ふざけないで……私に同情なんてしないで』


 深い雨の中。

 ザーザーと地面に降り注ぐ大きな雨音が聞こえる中、はっきりとその言葉だけを聞き取り、耳の奥で記憶した。


「正直に言えば、当時の私は自分のことばかりしか考えていなくて……陽一君の気持ちを理解しようとしなかった」

 

 幸村が受けた苦しみは俺も理解している。

 イジメを受けて心に余裕がなく、精神的にかなり追い込まれていたが故に自分自身しか見えていなかったのは当然のこと。そんな中、普段から素っ気ない態度を取る男の子にいきなり告白されたとしても「はい」と頷ける訳がない。

 

 むしろ、そんなのは鬱陶しいと感じて拒絶したくもなるだろう。

 現に俺は……


『同情するくらいの気持ちで告白なんてしないで!』


 涙ながら悔し交じりの声で怒りをぶつけられた。

 理不尽、酷いなんて言うつもりははない。

 あの時の俺は掛けられて当然のことをした。


 彼女にとって一番嫌いな同情心を煽る言葉を俺は意識的にかけていたのだから。


「だけど、後になって気が付いた。あの時、なんで告白してきてくれたのかなって……最初は君の優しさを否定し続けていたけど……なんでだろうね」

「いや、それは当然な判断だろ。あの時の俺は……結構尖っていたし」

「でも、優しかったよ。何だかんだ言いながらもいつも私と話してくれて、あの時だって本当は……」

「悪いけど、そのことについての謝罪なら要らない。何度も言うけど、もう済んだ話だ。今更、掘り返すのはもう止めてくれ」


 謝罪を受けるために俺は幸村と向き合った訳じゃない。

 過去なんて引き摺らず、成長した今の自分達を見て改めて話がしたかっただけ。


 もっと前向きに。

 『そんなことも会ったよね』と笑い合うくらいの軽さを求めていた。

 こんな風に重く過去を掘り返して、改めて謝罪されるようなことは望んでいない。


 それならいっそのこと、会わない方がまだ良かった。

 お互いに触れたくない思い出としてしまっておく方がまだ……マシだ。


「悪い。俺はもう行くよ。一回部屋に戻って着替えないといけないし」


 壁に取り付けられた時計の針は夕食時間の十分前を指し示す。

 濡れた身体を温め、着替え直してから再びレストランに向かわなければならない。

 夕食は班全員で纏まっての食事。班長の俺が行かないといつまでも皆を入り口に待たせたまま、迷惑を掛けてしまう。


「あの、待って……私、本当は陽一君に伝えないといけないことが……」

「ごめん。また、今度会った時に」

 

 時間がない理由も述べず、拒む形で荷物を拾ってプールサイドから出て行った。

 更衣室にバスタオルは置かれているが、濡れた身体をタオルで拭く間もないまま、廊下を駆けて三階の部屋に戻る。

 健と明も居ない暗い部屋の中で一人立ち尽くしては……先程放った言葉を色々と悔やむ。

 

「……ガキだな、おれ」


 部屋のバスタオルで濡れた身体を拭き、替えの私服に着替えがら自分で反省を促して一旦冷静になった。


「謝るべきはむしろ、俺だよな……」


 明らかに言葉が足りなかった。

 小春の元から去るにしろ、あんなにも感情的に行動するべきではなかった。

 いくら彼女がしつこく引き下がらないから昔を思い出してイライラしたと言えども、あんな風に態度に表す必要はない。そこだけは深く反省し、今度会ったら謝罪すると決めた。


「……また、会えるかは微妙だけどな」


 向こうが会ってくれるかどうか。

 その問題が新たに浮上した……が、その心配は杞憂に終わると俺は心の何処かで信じていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] すれ違いって辛いですね……認識にズレがある分和解に行くまでがとてもとても難しい
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