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百四十幕 修学旅行⑨

 海でレクリエーションや体験実習を終え、本日留まる新たなホテルへとバスで移動する最中……俺は落ち着かない時間を過ごしていた。


 何せ、今現在の状況を見るに俺は物凄く目のやり場に困っていた。

 その原因を作り出しているのは俺の座席の隣に座る美少女……白里唯菜である。

 白里とバスの座席が隣同士になったのは通路を挟んだ向かい側に座る一組の男女の要望による。

 

 俺と健。唯菜と日岡さん。

 この組み合わせで元々は座る予定だったのだが、座席に着く直前になって日岡さんの方から代わって欲しいとのお願いがあった。事前に唯菜には話を通していたらしく、俺の承諾云々求める以前に唯菜が勝手にOKしていた。

 

 こちらとしても別に断る理由もなければ、野暮なことで二人の時間を邪魔する気もない。

 だから、唯菜がいいのであれば快く席を交換してもいいと承諾した。


 結果、窓際に座らない俺と日岡さんが交代する形で座席を変更して移動時間を過ごしているのだが……海で体力を消耗した唯菜はいつもの三津谷家が絡むアイドルトークに華を咲かせる余力残っておらず寝てしまった。

 

 普段から隣にいるとうるさいくらい騒がしくて賑やかなのに……こうして寝ていると凄く大人しくて静かだ。

 

 唯菜とヒカリ時に何度か泊まりは経験している。

 その際、唯菜は寝る間際までひたすらにペラペラと何かを語るように話し続け、俺は寝ぼけまなこでその話に耳を傾けては寝落ちするパターンが大半。


 だからなのだろう。唯菜が先に一人で眠りについて静かにスースーと寝息を立てる光景が新鮮に思えたのは。


 だが、新鮮だと思ったはそれだけが理由じゃない。

 もう一つある。

 それは今現在、俺がヒカリ時でも経験したことのない新たな二人だけの状況に陥っているからである。端的に言えば……


 彼女は今、俺の肩を枕代わりにして気持ち良さそうに寝ている。

 

「……今度はヒカリちゃんと行こうね……二人で」


 むにゃむにゃと何かの夢を見ては独り言でそう宣言してくる唯菜に思わず口元が緩んでしまう。

 

 なんだこの半殺し状況は……


 寝ている当人は知らない。

 夢の中で現れる当事者に向けて放っている言葉が本当に当事者に向けて放たれている……なんて露知らず。起きて指摘すれば顔を真っ赤にして恥ずかしがるに違いない。

 あるいは開き直って認めるかだ。


 どちらにせよ、これは自分の中の記憶だけに留めておく。

 服の隙間からオレンジ色の下着がチラッと映る光景も。

 ちなみに、目のやり場が困っていたのはこれが理由でもある。

 隣がお互いにしか目線がいってないからまだ良かったものの、これを小白さんにでも見られていたら弱みを握られてネタにされかけたに違いない。

 ちなみに陽一と唯菜は知らない。


 バスが出る直前、夏美と陽一が入れ替わる瞬間を目撃して直ぐ、陽一と唯菜の一つ後ろの座席に小白名雪が知らぬ間に座り直し……直上からその光景を写真に収めていたことを……


 一時間掛かった移動の末、唯菜が目覚めたタイミングでバスがホテルに到着した。

 肩を枕代わりにしていたことに気付いていない唯菜は寝ぼけまなこで姿勢を正し、大きな欠伸を浮かべながら荷物を持ってバスから降りる。


「あれ、ここ……」


 ホテルのエントランス前に立った瞬間、俺はそこがどこのホテルか直ぐに思い出した。


「ここは前に沖縄遠征で泊まった所だね」


 横に並んだ唯菜もまた思い出して指摘した通り、そこは以前にジル社長が予約してポーチカとSCARLETが合同で泊まった結婚式場が施設内に併設されたプール付きの大きなホテル。

 ホテル名までは流石に覚えていなかったが、結婚式場があったことから印象に残っていた。


「また、ここに泊まれるなんてラッキーだ。前はね、香織ちゃん達とも一緒に泊まったんだよ」

「へぇ~それは凄いな」

「うん。だから、今回ももしかしたら一緒な気がする!」

「いや、学校も違うんだし流石にダブルブッキングなんてことは……」


 否定しようした矢先、ちょんちょんと肩を突かれる。

 突いた本人に顔を向けると目をキラキラと輝かせながら無言で真横を指し示す。

 嫌な予感に駆られつつも、その方を振り返ると少し前に到着したばかりの蘭陵女子学園一行様が先にぞろぞろとエントランスへと入っている様子。


 そして、一団の中に思わず見知った人物を見つける。

 その人物もまた同じタイミングでこちらに気付く。

 再び目が合ってしまい「またか」呆れた具合でこちらに顔を向けてるも横の唯菜へと視線をずらし、ニコリと笑んでは集団から外れてやってくる。


「奇遇ですね。唯菜さん」

「奇遇だね!香織ちゃん」

「……」


 果たして本当に奇遇なのだろうか。

 ここまでくると学校絡みで仕組んでいるようにも思えてくる。

 偶然とは本当に怖い。


「唯菜さんの学校は先程まで何をしていたのですか?」

「私達は海で体験実習。シュノーケリングとか色々……」

「へぇー、それはいいですね。私達は沖縄の伝統文化の体験をしていました」


 文化体験か。

 お嬢様学校らしい学習内容だ。


「唯菜さん達が羨ましいです。修学旅行でのアクアスポーツ体験や学校の友人達と一緒に海で遊べる機会なんて早々ないですし……唯菜さんの可愛い水着姿が再び見られれば楽しいひと時を過ごせそうですし……ね」


 その言葉、完全に俺へ向けて放たれているよな?

 目線は唯菜の方に向けられても皮肉めいた言葉の矛先は別方向に向けられている。


 差し詰め、文化体験が修学旅行の体験学習としては満足出来なかったのだろう。

 お嬢様学校で気品良く振る舞ってはいるが、根は典型的な庶民でお嬢様なんて柄じゃない。

 折角の修学旅行なのに海に入らず、文化の体験だけで終わることに不満を募らせているに違いない。


 現に退屈で生じた鬱憤を晴らそうと俺に八つ当たりめいた感情を唯菜に悟られないようぶつけてくる。


「まぁ、ですが私達もこれからは自由時間が少し多く取れそうなので残りの時間で修学旅行を堪能しようと思います。春乃から明日はご一緒出来ると聞いてますので、色々と楽しみにしています」

「本当に!良かったぁ~、春乃ちゃんが香織ちゃんが納得するか不安みたいなこと言っていたから……」

「どちらかというと、不安があるのは兄さんの方なのでは?」


 唯菜と二人きりになれなくて残念がっているのでは?


 そう遠回しに尋ねてくる香織に「そんなことはない」と否定する。

 無論、二人きりになれなくてとても残念がっているが、香織にこの気持ちを悟られない為にも噓を吐くしかない。大変不本意ながら。

 

「香織~ホテルの受付あるからきてー」


 エントランスの入り口から顔を出した春乃さんの声掛けに応じて香織との話を一旦切り上げる。

 「それでは」と一礼して背を向けるも、何か言い忘れていたことを思い出して踵を返す。


「唯菜さん。明日のことでご相談があるので、後で私達の部屋に来てもらえると有難いです」

「え、いいの?」

「お客さんを招くくらいは大丈夫です。あ、異性の方はご遠慮ください」

「行く気ねぇよ」


 男子禁制の部屋に行く気は毛頭ないことを伝える。

 そんな軽いやり取りを終えて、香織は今後こそホテルの中に入って行った。

 うれしそうに香織へ手を振りながら見送る唯菜はワクワクした表情を向ける。


「楽しみになってきたねー」

「あぁ、色んな意味で……」


 香織に会えたことで唯菜は忘れているだろうが……ここに蘭陵女子学園が宿泊している。

 その事実が読み取れた俺は来る偶然に備えて覚悟を決めるとした。

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