百三十八幕 修学旅行/新たなファン?⑦
ホテル内に併設小さな売店。
夜食用に何か買おうと夕食後に一人でふらりと売店に立ち寄った。
沖縄のお土産品としても有名なお菓子がいくつか置かれ、その中から軽く食べれそうなものを選んで手に取る。
「ちんすこうは水分欲しくなるしなー。なんかジュースでも……ってシークワーサージュース売り切れかよ」
仕方なく代わりに水でも買おうとペットボトルに手を伸ばす直前……
「あの~、もしかしてこれが買いたかったですか?」
ふんわりとしたカールのかかった細い髪を首の辺りで切り揃えた髪型に赤色の特徴的な髪色。それと対称的な深いコバルトブルーの瞳を持つ少女が突如、目の前に現れては妖艶な笑みを浮かべて、購入したシークワーサージュースを見せびらかすように尋ねる。
「これ、結構美味しいってさっき生徒の誰かがインショで呟いてまして。私も欲しいな~って思って買いに来たら残り二本しかなかったんですよ。一本は自分用に買ってみたんですけど、やっぱり二本は要らないので良ければあなたにあげようかな~って思っていますが、どうですか?」
売り切れた経緯を語りだしては譲ってもいいと提案してくる。
てか、この人。そもそも誰?
線の細い身体の上をかりゆしウェアと呼ばれる沖縄伝統の染織物を纏っている。
格好からして後ろの販売員と同じではあるが、レジ袋を持っている時点で客なのは間違いない。
それにこのホテルは中原学園の生徒のみの貸し切り状態。
客としてホテルにいるのであれば同じ学校の生徒なのだろうが……この少女と顔を合わせたのは今し方が初めて。
名前や顔すら知らない。てか、初めて見た気がする。
「誰って顔をしてますね」
顔に出したつもりはないが、明らかに読まれている。
「ごめん……あんまり他クラスの女子とか知らないので」
「別に敬語じゃなくていいですよ。お互いに同級生なんですから敬語は不要でしょう」
「そっちこそ敬語だけど」
「私のは職業病みたいなものなので、お気になさらず」
職業病?
丁寧な敬語を使う職業は沢山あり過ぎてよく分からない。
「それで、どうです?シークワーサージュース、一本お譲りしますよ」
「もらえるなら。お金は……」
「あ、お代は結構なので私と少しお話しして頂けませんか?」
交換条件にそんなことを突き付けてくる。
話した感じこの女子生徒は俺に好意を寄せているとかではないだろう。
何かを理由に興味半分に声を掛けた。
そんな狙いが今のやり取りが目に見えた。
そして、何を話したいのかも薄っすら検討がつく。
「もしかして、あんたも香織のファン?」
その指摘に彼女は曖昧に肯定する。
「そうですね。彼女に興味はあります」
ファンというほどではないのか?
唯菜とは違ってただ知っているだけに過ぎない。
これといって特に興味はない。
興味があるのは別の人物。
なぜかは分からないが、あの深いコバルトブルーの瞳を視ているとそう思えた。
「率直に申し上げますと私が興味あるのは妹さんではなく、三ツ谷ヒカリさんというアイドルです」
「……」
予めそんな予感がしたから聞いた所で驚くことはない
平然を保ったまま彼女の話に耳を傾ける。
「三津谷香織、三ツ谷ヒカリは従姉妹だと最近になって聞き及びました」
二人の関係性はSCARLETのライブでヒカリがゲスト出演した際に、公にされた情報である。
これを知っているのは主にSCARLETとポーチカファンのみ。
詰まる所、彼女は……そのどちらかのファンである可能性が高い。
「この関係性を置き換えるとあなたは三ツ谷ヒカリさんと従兄妹にあたります。あ、もしかして従姉弟ですかね?まぁ、当てはめる漢字はどうでもいいでしょう」
「それで話したいってことはヒカリの件?」
「はい。私に是非とも三ツ谷ヒカリさんの魅力をご教授頂きたく」
パンと手を叩いて目を輝かせる。
如何にも知りたい感丸出しの雰囲気がどうにもある人物と重なる。
結局のところ、唯菜の同類じゃねーか。
ましてやその対象が香織ではなくヒカリだということ。
それがこの上なく厄介で面倒だ。
自分のことをペラペラとあることないことを今日、二度も話すのは勘弁したい。てか、なるべく話したくない。さっきだって何度唯菜の前で墓穴を掘りかけたことか……。
だが、シークワーサージュースは飲みたい。
乾いた喉をあの酸っぱくて甘い飲み物で潤したい気分ではある。
それでも、割に合わないな。
香織ならいくらでも話せたんだが、ヒカリは無理だ。
ごめんよ。どこかのクラスの女子生徒よ。
「悪いけど、あんまり話せるような関係じゃないから。そのジュースを受け取るのは遠慮しとく」
「そうですか。それは残念です……少しでも多く三ツ谷ヒカリさんの情報が欲しかったのですが」
露骨に残念そうな顔でペットボトルのジュースをレジ袋に入れ直す。
「……あんたはヒカリのファンなのか?」
念の為、その事実の確認だけはとっておく。
「そうですね。ファンと言えばファンなのですが……私は別の意味で興味を持っていまして」
「別の意味?」
「はい。それはこちらのお話ですのでお伝え出来ませんが。あ、でもこれだけは言えます」
意外にも饒舌な彼女は最後に一つ伝える。
「申し遅れましたが私……二年六組の赤羽詩音と言います。以後お見知りおきを三津谷陽一君」