百三十七幕 修学旅行/ホテルでの一幕(後編)⑥
そして、現在に戻る。
どうして唯菜が俺と小春の関係について知っているのか。
再度、その旨の質問を投げかけると唯菜は「それは……何と言いますか……」とバツが悪そうな顔で逃げようと遠ざかっていく。
一先ず、逃げられないようある程度の外堀を埋めにかかる。
「そう言えば、白里のグループに楢崎春さんって子がいるよな?」
「うん……」
「その子が俺と中学校の頃、同級生だった幸村小春だっていうのは知ってる。……前にヒカリからメンバーの写真見せてもらった時に顔を確認しているから多分本人なのは分かってる」
「え、三津谷君ヒカリちゃんと話すの?何話しているのか教えてよー」
あまりにも露骨過ぎる話題転換策には乗らず、そのまま続ける。
「恐らく白里は知っているよな。俺と幸村がどういう関係だったか……」
「……う、うん。春ちゃんから聞きました」
あっさり白状した。
「やっぱりな。そうじゃなきゃ、ドンピシャで当てられないだろ。それでどこまで聞いたんだ?」
「えっと……三津谷君が前に春ちゃんに告白してフラれたという所まで」
だろうな。
でなければ、俺が前に好きだった女の子がいたという情報だけでそこまでは辿りつかない。
全て知っていると打ち明けた唯菜はやぶれかぶれに聞く。
「もう率直に聞きます!三津谷君はまだ春ちゃんのことが好き?」
ベッドの上で姿勢を正し、ド直球に尋ねてきた。
しかし、その返答に対する答えを言いたくなかった俺は露骨に話題を逸らす手に出る。
「そう言えば、この間家にヒカリが来ててさ……」
「待って!」
顔の前に手を出し、力強い声で制される。
「……」
「その話は後で思う存分聞くので、今は私の質問に答えて」
いきなり怒るように叫んだかと思いきや真剣な顔でそんなことを言う。
先程の唯菜の手に乗ろうとしたのが余計な地雷を踏み抜いた。
「分かった」
仕方ない。
少し息を吐いて、唯菜に気持ちを明かす。
「別にもう未練とかはない。幸村を好きっていう気持ちはもう……終わってる」
あの日……幸村小春に告白をして、フラれた時点ではまだ彼女への想いは冷めていなかった。
少なからず断れた理由を俺は何となく察していた。
付き合いたくない。
嫌い。
そもそも、好きじゃない。
この三つの選択肢であれば一番最後がフラれた要因の有力候補だと自負している。
改めて当時の状況を振り返り、向こうで聞いた小春の心境を絡めて考えてみると……もしかしたら、違う要因がもう一つあったんじゃないかと、今なら思う。
そして、当時の俺はまさにその考えを自分で勝手に正当化させて、フラれたことを認めようとしなかった。
詰まる所、幸村小春は俺に気があったけど何らかのことが原因で告白を受けることを躊躇った。
確信もない。
他人に聞かせれば本人にイタイ奴だと嘲笑われるに違いない。
しかし、そうしなければならない理由があった。
幸村小春に気持ちを拒まれようとも一人にさせたくない。
そんな偽善に似た感情が熱を冷ませずにいた。
無論、それはあっさりと冷めた。
小春が何も言わずに明里の前から去ったのと同様に、俺の前からも無言で消えた。
結果、保っておく理由や相手も失ったことで急激に冷めて……目も覚めた。
そこで俺はようやく現実と向き合った。
何もかも嫌なことがあってもそれが当然だと思うような嫌な向き合い方ではあったものの……どこか自分の中で割り切って『もうそれでいいや』と投げ捨てるようにプライドや過去を切り離した。
だから、もう終わっている。
幸村小春への恋心はもう……ない。
そして、今はもう目の前の彼女にこそ……俺の恋心は少しずつ芽生えていた。
厳しい話。それが成就する可能性はかなり低いだろう。
なにせ、目の前にいる彼女が夢中になっているのは俺の妹と女の子になった俺なのだから。
その難しくも複雑な事実を改めて整理すると内心で再び大きな溜息がこぼれた。
「……そうなの?さっき、悩んでいたのは春ちゃんが沖縄にいると知って、再会した時に何を伝えようか考えていたからじゃないの?」
「別に恋心を伝えようとか思っていた訳じゃない。ただ、もしも対面したら気まずくて何も話せないだろうなーって思ってただけ」
それを聞いた唯菜は少し残念がる。
「そっか……三津谷君はもう春ちゃんのこと好きじゃないのか……」
何か期待でもしていたのだろうか。
それがぽっきり折れたことを残念がっている様に見えた俺は二人が交わした話の内容が気になった。
「そう言えば、白里は幸村と何を話してたんだ?」
「え!?それは……言えないかなー」
「なんで?」
「言わない約束をしてるからね」
なら、これ以上聞いても唯菜は口を割らない。
約束事に堅いのはよく知っている。
「とにかく、三津谷君は春ちゃんに会った時のことを想定して悩んでいる訳だね」
「女子目線で何かアドバイスを頼む!」
「と、言われてもな~そんな構える必要はないと思うけど」
「普通でいいと?」
「うん。久しぶり~?とか、元気だった~?とかでいいと思う。気まずくても何か一言話すだけで場の雰囲気って意外にも変わるもんだよ」
唯菜らしい回答だ。
参考になるかどうかと言われると正直分からない。
明るい彼女だからこそ出来そうな受け答えだとも取れる。
だけど、下手に構えて話しかけるよりはずっと自然体でアリだ。
「ヒカリが頼りにしてるって言ってた意味、何となく理解出来た」
これは俺の思い。
正直には伝えられないので代弁した形を取って伝えた。
「本当に!?嬉しいなー、私はいつもヒカリちゃんに頼ってばかりだからそう言っててくれるのは凄く嬉しい!でも、どうせ言われるなら本人の口から聞きたいよー」
それは肝に銘じておく。
「何はともあれ、もしも修学旅行中に春ちゃんと出会ったらちゃんと向き合ってあげてね」
「いや、そのつもりで悩んでいたんだけど」
「なのに、もう終わっているっておかしくない?てっきり、まだ好きなんだと最初は思ってたよ」
あ……言われてみれば確かに。
こっちから向き合う理由は俺の中にもうない。
ただ。向こうの小春に言われたように『向き合ってあげて』と言われたからその気でいただけ。
既に終わっている者同士……お互いに顔を合わせるメリットなんて一つもない。それに、お互いに会う意味なんてないに等しい。
なのに、敢えてそう伝えてくるあたり……何か意図を感じた。
まるで、こっちの幸村小春がまだ俺に気があるのでないと示唆するようなニュアンスとも取れなくない。
いや、まさかな……
「さーて、お悩み相談室もこれにて閉店。次は三津谷姉妹への語り会へと移行しようか!」
「よーし、俺は腹が減ったから売店でも行こうかなー」
明らかに拒絶する様にムッとした唯菜はスマホ画面で先程撮った動画を見せる。
すると、仰向けのまま枕に顔を押し付けてフガフガと叫ぶ少年のシュールな光景が映し出される。
幸い距離が遠かったのか、何を叫んでいたかは鮮明に録音されていない。
しかし……
「それをどうするつもりなんだ?」
「語り合ってくれないとヒカリちゃんにネタ動画として見せます」
それなら結構。
ヒカリの姿でそれを再び見るだけだから大してダメージもない。
「どうぞお好きに」
痛くも痒くもない。といった態度を見せたのが仇となったのか、唯菜は次なる手に出る。
「じゃあ、香織ちゃんに送ります」
「ごめんなさい。調子に乗ってました、いくらでも付き合いますのでご勘弁下さい」
ベッドの上で勢いよく土下座をかまして話に参加することを表明。
顔を挙げて唯菜をおそるおそる拝見するとニッコリ笑顔で座っていた。
そんな単純過ぎる唯菜に俺は嬉しくもあるようで少しだけ複雑な想いを抱きながら夕食までの二十分間、ホテルの部屋に二人きりでヒカリや香織のあることないことを話した。