百三十五幕 修学旅行/ホテルでの一幕(前編)⑤
一日目は主に沖縄の歴史を体感する場に訪れるといった研修で平和記念公園を最後に終わりを迎え、再びバスに乗って宜野座市のホテルへと着く。
早朝の飛行機からの長旅やバスを介した沖縄戦争で被災した各所への追悼回り及び歴史体感でかなり体力を消耗した高校生らは流石に疲れて果てた様子でホテルに入っていく。
だが、事前に組んだ部屋割りで各自休息の時間になると彼らは再び元気を取り戻しては、誰かしらの部屋に遊びに行って、集まって軽いテーブルゲームをしたりして楽しい一時を夕食までの時間に過ごす。健と明も同様に各々、事前に交わした約束した人物の元へと向かっていった。
一方の俺はというと……沈黙した状態でベッドの上で微動だにせずうつ伏せのまま身体を休めていた。
「はぁ……全然修学旅行を堪能出来てない」
小春のことをどうするべきか。
バスの時間内に色々と考えていたものの……まだ、どうすればいいのか答えは出ない。
「こればっかりは実際に会って話さないと何も始まらないよな」
そもそも、会って何を話せばいいのかすら考えが纏まっていない。
「誰か俺に久しぶりに会った女の子と何を話せばいいのか、同じグループの寡黙な子とどう距離を縮めればいいのか教えてくれ!」
枕に向かってごもごもとした声で悩みをぶちまける。
健と明がここに居ればシュールな光景にドン引きするだろう。
しかし、今は一人なので思う存分……
「わ!え、どうしたの三津谷君……その変な格好……」
振り返らずともそこに誰がいるのかは分かった。
分かった途端……起きることを躊躇って寝たふりに徹する。
「あの……もしもーし」
「……」
心臓がバクバクと鼓動が早まり、冷や汗が止まらない。
「その体勢、苦しくない?」
「苦しいです」
枕に向かって叫んだせいで下手に口と鼻が塞がって息がし辛い。
自らギブアップ宣言をした俺は恥ずかしい顔でムクリと起き上がる。
そこには若干心配した表情でみつめる唯菜が近くに立っていた。
「何か叫んでいたみたいだけど……何かあった?」
「いや、何も……ないです」
「噓だね」
確信をもって唯菜は見抜く。
「都合が悪いと目線を逸らすその噓の吐き方、ヒカリちゃんと似てたからよく分かったよ。流石は従兄妹だね」
本人の間違いでは?
と内心で決して口に出せないツッコミを入れる。
「それで何があったの?」
同じベッドの上に腰を下しては顔を近付けて尋ねる。
「……それより、どうして白里はここに?」
半ば強引に話題をすり替える。
俺の話を一旦は後回しにした唯菜は自身の訪問した理由を明かす。
「さっきね、春乃ちゃんから連絡があって……最終日の自由行動でもし良かったら一緒に回らない?って提案があって」
春乃さんからか……何か裏があるとしか思えないな。
「三津谷君も是非とも一緒にって言っているからどうかな~って思って……」
「それってアイドル組の中に一般人の俺が加わることになるけどいいの?」
「え、三津谷君って一般人なの?」
その言葉が一体どういった意味を込めて言っているのか。
二重の解釈が可能な俺の思考はそれっぽいニュアンスを汲み取って確認する。
「もしかして、俺が香織の兄だから一般人ではないと?」
「うん」
「いや、一般人だから。芸能人の妹を持つ兄は普通の一般人だろ」
恐らく『自身が尊敬して止まないアイドルを妹に持つ兄が普通な訳ない』といった感じで言っているのだと思う。まぁ、どうでもいいけど。
「俺は別に構わない。香織がいいか分からないけど」
「そうかな。香織ちゃんは喜ぶと思うよ」
「喜ぶのはそっちでしょ」
SCARLETの二人と回れる三日目に大きな期待を募らせているのが明るい表情から分かる。
「うーん。白状しますと私は物凄く二人と回りたい!勿論、三津谷君を交えてね」
後付け感満載な台詞に聞こえるも他意がないことは分かっている。
しかし、懸念すべきとしたら……もしも四人で回っている所を学校の生徒に見られて変な噂が立たないか心配だ。嫉妬や怨讐に満ちた眼差しが修学旅行後のクラスで待ち受けるに違いない。
唯菜と二人きりで回る時点でほぼ確実だと……健は断言していたし、今更か。
ならいっその事、周囲の目なんて気にせず他には経験出来ないような美少女達を交えた修学旅行を楽しんでやろうじゃないか!と強くやぶれかぶれに誓う。
「おっけーじゃあ、伝えておくね。それで、三津谷君は一体何を悩んでいるの?」
話が終わった途端、止まっていたもう一つを再開しようと再度尋ねる。
「いや、白里には関係ない」
なくはないが……言える訳がない。
「なるほど。その感じはもしや、恋の悩みとかかな?」
「……え?」
「お、当たりっぽい?」
「外れだよ」
「いやいや、私は騙されないよ。私、これでも夏美ちゃんや名雪の恋愛相談に乗って適切なアドバイスで成就に導いている恋愛相談マスターだからなんでも話してごらんよ」
自称の肩書きが凄い。それにマスターと豪語している割には相談に乗ったの二人だけだし……という苦言は内心だけに留めておく。
「それで誰に興味あるの?クラスの子?」
あなたです。なんて言葉も口が裂けても言えない。
色々と言えないことだらけでヤキモキするが、言ったら最後……色々と終着へ向かいそうなので言わないのが吉だ。ここは頑なに口を割らない方向でやり過ごすしかない。
口を塞ぎながら視線ばかり露骨に逸らしていると……
「ふむふむ……もしやうちの学校ではなく、他の学校の子とか?例えば……春乃ちゃんとか!」
明後日の方向に推理を飛ばす。
「当て推量にも程があるだろ」
「そうかな?二人は意外にも気が合うと思うけど」
「どんな根拠で?」
「うーん。性格的に……かな」
「それはどちらかというと春乃さんとゆい……」
そこで俺はハッと口を塞ぐ。
危うくヒカリの時の呼び方や言葉で反論しかける所だった。
「とにかく、俺は恋に関して悩んでいる訳じゃない」
「じゃあ、一体何に悩んでいるの?」
こうなった唯菜は引き下がらない。
悩んでいると認めてしまった以上、聞くまで引かないのが唯菜だ。
そんなお節介焼きな性格には時折、色々と助けてもらってはいる。
正直、今の展開が陽一ではなくヒカリであれば色々と素直に吐けたのだろう……が、時とタイミングはそんな都合よくも合わせてはくれない。
はぁ~仕方ない。
これだけは自分で考えていても手詰まりだと思っていたし、一部情報を開示して自称恋愛相談マスターの唯菜さんに助言をしてもらうとしよう。
「実は……」
♢
「なるほど。つまり、三津谷君は前に好きだった子をたまたま目撃して、もしもまた再会した時にどう話せばいいのか悩んでいるわけだ」
今の説明で唯菜は簡単に理解してくれた。
そして、凄い食い気味に話しを進める。
「それでその女の子って香織ちゃん達と同じ学校の子?」
当たってます。
肯定すると唯菜は顎に手を当ててふむふむと推理して僅かな情報を頼りに言い当てる。
「じゃあ、それって春ちゃん……じゃなかった、小春ちゃんの事でしょ」
「……え?」
突然、確信と虚を突かれたことに俺は思考を停止して固まる。
唯菜の口からその人物の名前が出るとは思っていなかった。
俺と小春の間に深い因縁があることを唯菜は知らない筈。
いや、てか……何で知ってんの……??