百三十三幕 修学旅行③
「な、ななななんで、香織ちゃん達がここに?」
香織達が沖縄にいる事実に思わず立ち上がった唯菜は激しい動揺を見せる。
「私達も修学旅行なの。名目上では宿泊研修になっているんだけどね」
「え、そうなの!?凄い偶然だね!三津谷君も驚いたよね?」
「いや、俺に同意を求められてもな……」
無論、知ってましたとも。
香織達が同じタイミングで修学旅行があるのは先週から聞いていた。
そして、知った上で敢えて黙っていた。
知れば必ず唯菜は『会いたい!』とごねると分かっていたから。
「いや~お兄さんは絶対に知っているでしょ。兄妹なんだし」
知らんぷりする俺を逃がさないと遊戯を前にした子供のようなワクワク感に満ちた笑顔で春乃さんが指摘してくる。
「そうだよ!なんで教えてくれなかったの?」
「いや、教えるつもりだったけど……ほら、何も知らずに会った方が嬉しさ倍増……みたいな」
端的に換言すれば『サプライズ』と言いたかったのだろう。
苦しい言い訳を考えるあまり出てこなかった。
しかし、唯菜は「なるほど」と納得した。チョロ過ぎるぜ。
一先ず、これを機に話題を別の方に変える。
「てか、香織の学校はかなり人数が絞られているのか?」
見た感じ蘭陵女子学園二学年の凡そ三分の一も満たない数しか来ていない。
より分かり易く言えば、一クラス分の人数……約40名ほどしかいない。
「私達の学校はコース別なの。海外研修組と国内研修組で」
流石は私立のお嬢様学校だ。
「にしても、なんで海外に行かなかったんだ?折角の機会なんだし」
「それ、この間説明したよね?海外組は研修期間が一週間と長くてかなり疲れる上にツアー期間が始まるタイミングと重なったから二泊三日の国内研修しか行けないって」
あ~そう言えば、そんな話も先週辺りに聞いた気がする。
正直、どうでもよすぎて忘れていた。
「まぁ、そんな理由で私達は沖縄にいるんだ~」
「なるほど。それは運命ですね」
「だよね!唯菜ちゃんもそう思うよね」
「はい!」
純粋な唯菜は本当にそうだと思っているようだが、春乃さんは違う。
(騙されるな唯菜。あの人は俺達を見て面白い展開になることを期待しているだけだ)
(騙されないで唯菜ちゃん。春乃は唯菜ちゃん達を利用して遊ぼうとしているだけだから)
「てか、香織~なんで、お兄さん達が来ること知ってて私にも黙ってたの?」
「教えたら絶対に迷惑がかかると思って」
「香織に迷惑なんてかけないよ~」
「私じゃなくて二人にね」
俺が唯菜に香織達が同じ時期に修学旅行に来ているという情報を伝えなかったのと同様に、香織もまた春乃さんに伝えていなかったのは面倒な事態を避けるためだったようだ。
予め俺達はお互い沖縄にいることを伏せたまま、それぞれで修学旅行を楽しむ気でいた。
しかし、同じ時期に同じ地域にいる以上……絶対に会わないという可能性は低い。
偶然にもバッタリ会ってしまう……なんてことも想定して、その時は仕方なく状況を受け入れようと思っていたが、偶然が生じたタイミングがあまりにも早過ぎる。
まだ沖縄に着いて三十分も経っていないんだが。
「……なにその不満気な顔」
香織は近付き、二人しか聞こえない距離で語りかける。
「てか、どうして唯菜ちゃんと一緒にいるの?」
「同じ班なんだよ」
「ふーん。同じ班なんだ……こっちでも仲良いじゃん。噓つき」
最後の方は空港内のアナウンスと声が重なって少し聞き取れなかった。
「何か言ったか?」
「何も。ま、邪魔しちゃ悪いから私達もそろそろ行こうか。春乃」
「え~私、まだお兄さんと全然話せて……」
「いいから。話さなくて」
「あ~なるほど。愛しのお兄さんを私にとらえ……」
「ほら、馬鹿なことを言ってないで。そろそろ戻る」
春乃さんの言葉を遮る形で自ら口を挟んでペースを作らせないようにする手慣れた対応を見せつつ、腕を掴んで団体が集まっている方へと無理矢理引っ張って引き離す。
「また、どこかで会おうね~」と手を振る様子に唯菜は「うん、またー」と答えるも、俺は内心でもう二度と出くわさないことを願った。
特に三日目の自由行動時間。
あの二人に唯菜と二人きりで居る所を見られたらかなり面倒な事態になると決まっている。
それだけはどうにかして避けなければ。
「はぁ~二人と同じ空気を吸いながら修学旅行なんて……最高だよね!」
限界オタクと化した唯菜は飛行機の酔いから完全に回復した様子で尊き制服を着た二人の背中に羨望な眼差しを向けて立ち尽くしていた。
「あれが唯菜の大好きなアイドルグループの人達?」
「そう。SCARLETの香織ちゃんと春乃さん!」
「へぇ~、なんか三津谷と仲良さげに話してたけど。もしかして、付き合っているとか?」
「あぁ、俺と香織は……」
「二人は双子の兄妹なんだよ!」
俺が口で説明するよりも先に振り返った唯菜が食い気味に説明した。
「兄妹?しかも双子って……似てないね」
「よく言われる」
久しぶりに言われたが。
「それにしても可愛い妹さんだね。唯菜ちゃんからよく写真とか見せてもらうけど実物は凄い可愛いね」
「隣の髪をおろしている子もかなりレベル高いけど……あんたの妹もやばいわ。芸能人すご」
「だよね!二人も分かってる~」
「唯菜、テンション高すぎ」
修学旅行というシチュエーションも合わさってテンションが爆上がりな状態。
予期せぬサプライズというのもあってか、素の自分……SCARLETライブでの唯菜がそのまま現れている。
「そう言えば、三津谷君が香織ちゃんと二人で話しているのを見るのはこれが初めてかも」
「そうだっけ?」
よくよく思い返してみれば、唯菜が言った通りかもしれない。
前に一度、SCARLETライブを二人で観に行った際、講演後に来た香織と二人で少し会話をする場面もあったが、あの時は唯菜から離れた上に周囲に誰も居ない所で話していた。
ヒカリの姿で何度か香織とは唯菜の前で話しているも……それがカウントされないのは当然。
故に唯菜の目にはその状況が新鮮に映ったに違いない。
「それと二人はあんまり仲が良くないとか言ってるけど……実は結構仲がいいんじゃないのかな?」
笑顔で問い詰め寄ってくる唯菜さんの目が怖い。
完全に疑いを掛けているのが一目で分かる。
「まぁ、仲が良いのいいことだよね」
勝手にそう結論付けた唯菜はスッと身を引く。
「よし。元気になったことだし、せっかくの沖縄を存分に堪能しよう!おー!!」
突然のハイテンションで盛り上がる唯菜。
先程までのぐったり具合は一体どこにいってしまったのやらと俺達三人は顔を合わせて肩を竦める。
「明るく元気なのが唯菜の取り柄だし」
「うん。元気になって良かった」
「まぁ、どうせ直ぐに具合悪いのがぶり返すだろうから、日岡さん。これ酔い止めを渡しておく」
「あ、ありがとう」
「三津谷、どうしてそんなこと分かるの?」
「従姉妹からの経験談だ」
ということにしておく。
「あ!三津谷君、そう言えばバスの出発って時間そろそろじゃなかった?」
唯菜の指摘に俺も気付く。
クラス毎にバスの出発時間が異なる。
俺達のクラスは学年で一番早い出発の時間だった。
そして、既にバスが動く五分前と迫り、先程まで一緒だった同じクラスの連中も待合所からいなくなっていた。
健と明もどうやら先に行ってしまったらしい。『陽一、バスいる?』といったメッセージがスマホに送られていた。
「やべ、すっかり忘れてた」
「急がないと置いていかれる!」
直ぐに荷物を持って俺達四人は素早く移動を開始する。
その直後、俺はある見知った髪の少女が制服姿で歩いていたのを後ろから目撃した。
そのまま通り過ぎる瞬間……ふと彼女を一瞥する。
「……!!」
そうだった。
失念していたのはバスの時間だけではない。
香織の通う学校の生徒達がいる時点である人物が必然的に……ここにいることを忘れていた。
この姿で彼女と会うのは何年振りか。
彼女は俺のことを覚えているのだろうか。
止まって確かめてみたい気持ちを抑えて……俺は彼女の横を走り抜けた。
時間もないから立ち止まることは出来ない。
それに、今の俺に立ち止まる勇気はない。
今はこのまま彼女を見て気付かぬふりをするしかなかった。
♢
「今の……唯菜ちゃん?」
猛スピードで駆け抜けていく六人組。
その一団に見覚えのある横顔が映った。
見えたのはほんの一瞬。
遠ざかっていく彼女達を眺めながら見覚えのある後ろ姿に目を凝らして確信する。
「あれって、やっぱり唯菜ちゃんだ……」
それにさっきもう一人……追い越した直後に振り返った少年。
一秒とほんの僅かな時間ではあったが、少女もまた少年と目が合った。
彼は明らかに『少女』が誰か気付いている様子だった。
追い抜く直前に気付き、確かめるべく振り返った……様な気があの一瞬で伝わった。
そして、少女もまた後からではあったが思い出した。
その少年の正体が……薄っすらと記憶の中にある人物とピッタリと重なる。
「……幸村さん?」
呆然と立ち止まった少女を心配するようにクラスメイトの塩幡渚が振り返って声を掛ける。
「う、ううん。何でもないよ」
何でもなくはなかった。
彼が彼だと気付いた途端に心臓の鼓動が激しく脈打つ。
思い出の中にいるずっと探し続けていた少年。
その少年が大きくなって……手の届く範囲に現れた。
出来ることなら今すぐにでも彼に会って、話したい。
けれども、話せる時間があるほど余裕でないのは後ろ姿から一目瞭然。
少しそのことに残念に思いながらも……少女は緩く笑みを浮かべて小さな声で宣言する。
「彼にちゃんと謝って……」
あの時は払い除けてしまった想い。
自分にも彼に対しても偽ってしまった後悔の気持ちが今も尚、胸の内で燻る。
それを解消すべく勇気を出して家に訪問するも……あの時は不在だった。
代わりに彼の従姉妹である彼女に相談に乗ってもらい、改めて決心がついた。
そして、今度は自分の口からしっかりと伝える。
「今度は私から……好きだって伝える」
その想いを伝えるべく再び行動を起こすことを小春は自身に誓った。