百三十二幕 修学旅行②
約二ヶ月ぶりの沖縄。
ターミナルに着き、長旅から解放された生徒達は飛行機の発着場を背景にして男女身を寄せ集めて写真を撮ったり、降りた直ぐそこの売店に立ち寄ってお菓子を買ったりと常夏の島に上陸したことでいつになくはしゃいでいる。
生徒達のバカ騒ぎを逐一宥めるのも難しいと判断した先生達は少しばかり大目に見て、他の旅行客の邪魔にならない程度で監視する。むしろ、彼らの格好が今着ている私服ではなく、制服であれば迷わず止めに行っていたであろう。
学校を象徴する制服ならまだしも、私服であれば学校を特定されにくい。
多少なりとも必ずといっていいくらいの確率で羽目を外す高校生を完全には御せないと判断した上での私服選択は妥当なものだとその光景から理解出来た。
中にはサングラスにアロハシャツを着た変な奴も混じっているし……
「どうよ、陽一。現地人っぽい?」
「あぁ、降りる国を間違えているぞ。ここにワイキキビーチはねぇ」
健の見た目が完全にハワイ旅行に来ている人の格好そのもの。
まさか、羽田空港に集合した時点でそんなシャツを着てくる阿保が居るとは思わなかったが……身近に居たよ。
「お前、その格好で沖縄を回るつもりか?」
「今日はな。流石に明日、明後日は勝負服だ」
勝負服ね……。その私服のセンスから一体どんな勝負服を披露してくれるのか楽しみだ。
にしてもやはり羨ましい。
「デートだもんな」
「拗ねるなって……」
「別に拗ねてない。お前ら二人が……てか、班員全員がバラバラ過ぎて纏まりがないから班長として困っているだけだ」
俺、健、明、唯菜、日岡さんに小白さんを含めた六人班の班長に半ば強引に任命された。
この六人で班行動するのは三日目の自由行動時間のみ。
しかし、俺と唯菜以外の四人は各々で回る約束をしているため自由行動時間はバラバラに分かれて行動することになっている。班行動の意味がないと文句を言いたいくらいだ。
「まぁまぁ、お前には姫さんを付けてやるんだから、むしろ感謝しろってんだ」
「姫さんって……白里のことか?」
「そうだよ。お前、白里さんと二人きりで回れるんだぞ。他の男子連中からすれば超絶羨むシチュエーションじゃねーか」
健はそう言って焚き付けてくるも俺の心は全然響かなかった。
二人きりというシチュエーションも既に何度か経験している。
夏休み期間中は二人で話す時間の方が多く、やり取りを交わす内に自然と唯菜の内面を深くまで知っていった。なんなら一緒に泊まったりもしているが……あれはヒカリの姿だからノーカンだ。
まぁ、だからこそ分かる。
他の男子共が唯菜を狙おうともワンチャンの一つも起きやしない、と。
なんせ、唯菜の頭に恋愛の『れ』文字ではなく、『推しに対する愛』が恋愛感情を占有してしまって一切考えられないと真剣な表情で断言していたからな!
俺がどう足搔こうとも唯菜の俺に対する感情は友達のままで止まり続ける。
所謂、友達以上恋人未満。
「なに凹んでんだ?」
「いや、こっちの話だ。それよりお前、日岡さんのこと本気で好きなのか?」
「本気でってなんだよ。俺が遊び程度みたいな言い方だなー」
「だって、お前。前に日岡さんなんて興味ないみたいなこと言ってただろ」
唯菜の姫の取り巻き程度にしか見てない。
そんな風なニュアンスで言っていたことを俺はしっかり覚えている。
「あ~悪いが撤回させてくれ。俺は本気で夏美を好きなんだ。その証拠に夏休み中にちゃんと告白もしたんだ」
「お、おう……それは凄いな……」
「あぁ、だから悪い。陽一、今回ばかりが大目に見てくれ」
「分かった……」
うん。よーく分かった。
健。お前、ガチで日岡さんの事を好きになってんじゃねーか。
白里の事を姫と呼び、夏休み前にワンチャン狙っていた奴がすっかり心変わりをして全く別の女子のことしか見ていないのが言動から伝わる。
「何ニヤニヤしてんだ?」
「いや、別に~」
「それにしてもお前、割と白里さんと仲が良いんだな?クラスでも最近、結構話しているだろう?」
「あぁ……共通の話題があるからな。俺にしか話せない」
「なんだよ。それ」
「妹と従姉妹」
「確か、SCARLETとかいうアイドルの香織って子と白里さんと同じグループの三ツ谷ヒカリだっけか?」
健はようやく香織の存在を信じた。ちなみに明も。
「流石に白里さんが言うんだし噓じゃないのは分かったが……お前、美人に囲まれ過ぎだろ」
「そうか?」
「はっ、恵まれている奴は羨ましいぜ。ったくよ」
「そういうお前だって、地味に今が幸せってやつだろ」
「……ま、まぁな」
ぶん殴りてぇな、コイツ。
照れた様子があまりにもキッショイので取り敢えず蹴っとく。
「イテっ!なんだよ、急に……」
「何でも。それより、明は?」
「彼女のとこだよ。少し話したら戻ってくるとさ」
「お前の彼女達は?」
「そっちは向こうの椅子で休んでる。白里さんが飛行機で酔ったんだと」
またか。
今日も今日とて乱気流が凄かったからな。
念の為を思って乗る前に酔い止めを飲んだか尋ねるも「へーきへーき。私、飛行機は初じゃないから!」とあれだけ笑顔で啖呵切っていた矢先これだ。
以前の失敗から何も学んでいないのがよく分かった。
「おい、どこに行くんだ?」
「売店」
「お菓子でも買うのか?」
「いや、それとはまた別。そろそろ移動したいからどっかで話している明に声掛けてくれ」
「りょーかい」
健と一旦は離れ、前回同様に近くの売店へと足を運ぶ。
飲み物と酔い止め。
その二つを購入して、前回と全く同じ場所で二人の女子に看病されながら座っている唯菜の元へそれらを届ける。
「あ、三津谷く~ん」
日岡さんの膝の上で元気なく名前を呼ぶ姿にやれやれと内心で溜息を吐く。
「はい、これ酔い止めと水。これからバス移動控えているんだし、一応飲んでおいたら?」
前回も回復したと言った直後、車移動で再度酔いを再発させてグロッキー状態を長引かせていた。
今回もこのままだと同じことが起きると容易に判断した俺は対策としてその二つを手渡す。
「ごめん。ありがと」
「へぇ~三津谷、意外に気が利くじゃん」
意外は余計だ。と否定したいが、日頃の行いの悪さを認めているのでそう思われても仕方がないと受け入れた。
「そう言えば、飛行機乗る前から唯菜の事をそうやって心配してたよね?どうして?」
何か意図を含んだ小白さんの表情。
唯菜に気でもあるの?と言いたげな顔をしているが勘違いだと弁明する。無論、気があると悟られないように。
「従姉妹から聞いていたんだ。前に白里が飛行機酔いして大変な目に遭ったって」
「従姉妹?それって唯菜のグループ同じの子?」
「うん。ヒカリちゃん……二ヶ月前に来た時に同じような状況で迷惑掛けちゃって」
「なるほど。別に好意があって面倒見ている訳じゃないのね?」
「ご厚意だ」
「へぇ~三津谷って意外に面白いね」
小白小雪。意外にも勘が鋭い上に意地悪な性格をしている。
本人の目の前でそう尋ねてくれば否定するのは分かっている。しかし、否定したらしたで反って相手を傷つけてしまうから……どう答えるのかな?と問いかけている様子がなんともわざとらしい。
「ま、修学旅行中は一緒の班なんだしさ。普段はあまり喋らないかもしれないけど、折角の機会なんだから唯菜以外の私達とも喋ろうよ」
「そう言って、三日目バラバラに行動するのはどこの誰だっけ?」
「いや~まぁ、そこは少し軽く見て欲しいといいますか……ね。なっつん」
「う、うん……」
少し頬を赤く染めながら初々しい反応を見せる日岡夏美さん。
彼女も健と二人きりで自由行動出来ることを少なからず楽しみにしているのが伝わってくることから……奴を何処かに生き埋めにしたい衝動が心の奥底から現れそうになる。
「それより他の男子共は?」
「健は明を呼びに行った。一先ず、戻ってきたらバスの所に移動しないと……」
「あれれ?お兄さん?」
お兄さん。とあまり呼ばれ慣れないが、聞き覚えのある声にゆっくりと振り向く。
桃色の目立つ髪に愛らしい容姿、普段はツーサイドアップにしている髪も今日はストレートに流して上品さを出しているが……彼女のその髪型は学校での時のそれ。
こっちでお目にかかるのは初となるも、つい最近の記憶が一瞬でフラッシュバックしてその人物の正体を見破った俺は『人違いです』と顔を隠したくなる。しかし、タイミングが悪いことにちょうどその横に立っていた人物に「ねーねーあれ見て」とこちらに振り向かせて不用心にも俺と少女は目が合ってしまう。
彼女はこちらに気付くや否や大きく溜息を吐く。『見てしまった以上、無視は出来ない』と仕方がなくもう一人の少女と共にこちらに歩み寄る。
それには『不可抗力だ』と視線を介して更に『近付くな』と訴えるも伝わらず、声の届く距離まで近付く。
「奇遇ですね。兄さ……」
「え?」
俺に声を掛けた直後、視線を右斜め下の中央に座る唯菜へと向ける。
それに伴って目の前に現れた人物へと唯菜は視線を挙げ……暫し自身の時を止める。
その直後に……
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
唯菜の素っ頓狂な叫び声が空港中に響き渡った。