百三十一幕 序章/修学旅行①
ポーチカの次の目標はKIF(関東アイドルフェスティバル)に参加すること。
予選が行われるのは二週間後。
それまでに新曲の振り付けや歌詞を覚え、予選会用のMVを新たに撮らなくてはならない……のだが、ジル社長は焦る必要はないと判断して、ある学校行事の始まりと伴って新曲への取り組みはその後で本格的に行うと判断した。
その学校行事というのは修学旅行だ。
場所は沖縄。
来週の水曜日から金曜日にかけて二泊三日の宿泊研修が行われる。
短い期間ではあるが、そのタイミングに合わせてヒカリとしての営業も一旦は休業。
その期間中はあまりアイドルのことを難しくは考えず、気ままに学生一度きりの青春を楽しむことをジル社長から提案された。
それにしてもまさか、年に二回も……それにほぼ同じ季節感の中で沖縄に行くとは思いもしなかった。
一回目はヒカリで行き、二回目は陽一として行くことを考慮に入れれば……今年初めての沖縄旅行と言えなくもない。(別に言うつもりはない)
そんなことはさておき、今回は高校生活の中でもかなり大きなイベントの一つに数えられる修学旅行という行事で沖縄へと行く。
現地では海のみならず、様々な観光イベントが待ち受けているであろう。
初日はちょっとした団体研修が入るらしいが、残りの二日間……特に二日目はコース毎に分かれた自由な時間があり、その中の一つで海のコースにはシュノーケリングやスキューバダイビングといったプログラムが用意されていると言う。
言い換えれば、海でのコースは男子待望の水着回が待っていると意味する。
可愛い女子達の水着を拝みたい男子達が挙って海のコースを選択するのは当たり前の流れ。
事前に調査したアンケートでは男子の八割が海でのコースを第一希望にしていたと聞く。
それ程までに人気なコースに俺も参加しない訳がない。当然……二人の友人達も希望は同じ。
「にしても意外だったね。陽一が海のコースを選ぶなんて」
「そうか?」
「てっきり、カヌーでのマングローブ林を観て回るのとか選ぶかと……」
「それは第二希望だ」
「へぇ~僕と同じだ」
「そういう明だって第一希望は海だろ」
「二人がそっちにしてるからね。僕だけマングローブは嫌だし」
俺と健、明の三人は修学旅行内で同じ班で動く約束をしている。
ホテルの部屋も三人同じで、自由行動もほぼ一緒のコースを予定する計画を事前に立てていた。
明的には海よりも沖縄のマングローブの方を観て回りたかったらしく、その意見を通せなかったことに少しばかり後ろめたさを覚える。
「その代わり、三日目の自由行動は明の行きたいとこに付き合うから」
「あ~実はそのことなんだけど……ごめん。まだ、言えない」
口を開いては閉じてを繰り返し、結局何か言いたげな顔をしているがのみこんでしまう。
「ん?……それより、健の奴は?」
「班行動するためのもう三人を探しに行っているよ」
「もう三人?」
「そう。班行動は男子三人と女子三人での構成だって先生から言われているでしょ」
「あ~そうだったな」
その辺りの話をしてた時、多分寝てたから聞いてない。
「ま、そろそろ帰ってくると思うよ。恐らく、事前に話はついてそうだし」
「え、どういう意味?」
「それは三津谷君の班に私達が加わるってことだよ」
背後から聞こえた声に振り向こ……うとするのを躊躇い、回しかけた反対の方向に敢えて首を回してその人物を確認する。すると、案の定右で振り向いた瞬間に指が頬に突かれる位置に手を置いていた唯菜が「なんで、分かったの?」と驚いていた。
「何となく、そんな気配がしたから」
昨日、同じことをヒカリの姿でされて『やーい、引っ掛かった。可愛い!パシャ』と写真を撮られたことをよーく根に持っているからな。
同じ轍を二度は踏むまい。
「やるね~ヒカリちゃんはあっさりと引っ掛かったのに」
「ヒカリと一緒にしないでくれ」
キリッとした顔で平然と噓を吐く。
「それで、白里達が俺達の班に加わるのでいいのか?」
「うん。いいよ」
軽いな。
唯菜達みたいな陽キャ女子はもっとクラスのパリピ男子共と行動するかと思っていた。
だが、彼女は見た目よりも意外に落ち着いたキャラで騒がし過ぎるのは好まない性格。
それに周囲に合わせるよりもマイペースで行動するスタイルが主流であるのはこれまでの付き合いでよく知っている。
だから、俺みたいな自分の事情を少なからず知っていて特別な話を共有出来る人物との行動の方が気楽で良い……とでも考えているのだろう。
便利屋程度にしか見られていないのは……まぁ、悪くない。
「それに三津谷君が新城君達と回るなら、多分だけど私達と回る方がいいだろうし」
「どういう事?」
明と唯菜……二人して似たような発言をすることに疑問を抱く。
すると、明がその答えとして教室の廊下側の一番端の席で仲良さげにクラスメイトの女子生徒と会話をしている健の姿を指す。空いた前の席を逆向きに座り、女子に正面を向けている健の顔には何度も笑みが映る。俺達には決して見せない女子に見せる時の笑顔。
女の子中でも特別な女の子にしか見せないようなあの表情から察するに健は彼女を狙っている。あるいは……既に予想よりも進展している可能性がある。
「まさか、付き合っているとかじゃないよな?」
「そのまさかだよ」
それは初耳だ。
ちなみに、相手の女子はというと……
「二人は夏休みから付き合っているらしいんだよね。なんでも短期バイトが偶然にも一緒だったとかで……そこで新城君に色々と助けてもらって、お互い距離を縮めて、新城君から告白されてOKしちゃったって、夏美ちゃんが言ってた」
「なにその、ラブコメ主人公みたいな流れ……実際にあるのかよ」
ちなみに、唯菜の言う夏美ちゃんとは……教室で仲良くしている日岡夏美のこと。
外見は唯菜みたいな派手さはなく落ち着いた雰囲気を感じさせる奥ゆかしい少女。背丈も150㎝未満とあまり大きくない。むしろ、その小柄な印象に思わずナデナデしたくなる可愛いさだと唯菜は口にしている。
大人しい性格上、普段からあまり唯菜達以外の同性と積極的に会話している光景はなく、ましてや男子と話している光景なぞ殆どない。
だからなのだろうか……健と二人で仲良く談笑する光景が妙に特別な様に感じるのは。
にしても、あの野郎……夏休みにそんな青春を謳歌してやがったのか。
正直に言って羨ましい。
「ってことで、今回はあの二人の仲を進展させようということで白里さん達と班を共にすることになる予定らしいよ」
「まだ、決まってはいないのか?」
「六時間目の話し合いで正式に決まるみたいだけど……円滑に話が進むようある程度事前に各々で決めているみたい。三津谷君はもしかして違う子達となりたかったりする?」
「いや。正直、白里達の方が助かる。気兼ねしなくて済むし、話しやすいしで」
「それは良かった。じゃあ、そういうことだから一緒に修学旅行を楽しもうね。二人共!」
「あぁ、よろしく」と普段通りの口調で返す。
内心では思いっ切りガッツポーズを決めて。
「あ、そう言えば中原君も違うクラスの子と回る予定なんだっけ?」
は?
唯菜の放った一言に説明を求むといった顔を明へ訴えかける。
すると、気まずそうな顔で「言ってなかったけ?」と惚けやがった。
「聞いてねぇよ」
「ごめん。実は僕も違うクラスの子と内緒で三日目の国際通りでの自由行動を回ろうって話が……」
「ちなみに、その子は二日目に何のコースを選んでいるんだ?」
「……マングローブ」
そういうことか。
やたらとマングローブにしたがっていたのはそれが理由か。
「ごめん。陽一……白里さんには健の件もあって提案を受けていたからこっちも事情を話してはいたんだけど……」
「別に責めたりはしない。裏切り者が!って後で散々罵らせてもらうが」
「それは甘んじて受けるよ」
はぁ、全く二人して内密に彼女を作って青春を送ろうとしていやがるとは……羨ましい限りだ。
それに健も明も俺を出し抜こうとして彼女を作ったとかではない。
単に言う機会がなかっただけなのだろう。暫く俺は学校にも三人のトークグループにも顔を出せなかったからズルズルと今に至るまで言えなかった……ということにしておく。
「まぁまぁ、安心してよ。私も三津谷君と同じ立場だから」
肩に手を置いた唯菜が同情の声を掛ける。
「そう言えば、小白さんも彼氏がいるんだっけ?」
「うん。名雪も二人で抜けるから~って」
「え、じゃあ実質……」
「二人だね」
それってつまりデー……
「この際だし、二人で香織ちゃんとヒカリちゃんの事を語り明かそうじゃないか!」
はい。知ってました。
デートではないですよね。
いつものあれですよね。長々と終わりのないマシンガンの様に放たれる推し語りをひたすらに聞き続けるという流れですよね。
分かってました。
分かった上で修学旅行に臨みますとも。
内心では深々と溜息を吐きつつも現実では「付き合いますよ。リーダー」と投げやりに了承したのだった。