百二十八幕 腕輪の機能
自分にはない能力を引き出す腕輪……その誤った認識が綾華を悲劇へと導いた。
「ここで一度、君達に腕輪の機能を説明しよう」
腕輪の機能とは装着者の意志に従って、自分には出来ない能力を付与することである。
その実態は別次元の世界で装着者と同じレベルで存在し、尚且つ装着者が『自分にはないイメージした情報』を有するといった条件下で探し出しては読み取り、現実へ反映させる。
読み取れる情報は自分と異なる性別(肉体的情報)や、人格・現実的な範疇における可能な限りの能力(歌うことや演技力、知識を介した技術などがその例に当たる)。
付与状態下では装着者とコピーした者の情報を腕輪が相互に共有し管理する。しかし、人格や能力といった他人の脳内における情報をコピーしてしまうと限定された情報に限らず、それにまつわる関連した記憶……出来るようになった過程や能力を磨く上で培った経験や思い出といった内容までも共有してしまう。
故に綾華の脳内に自身の記憶に似たもう一人の知らない記憶が混雑する現象を招いてしまった。情報を管理する腕輪が二人を別々の個人と判断しきれなくなり……エラーが発生。
その結果が、二人の入れ替わりに繋がったとジルは説明した。
「なんだか危険ですね。これ……」
「安心してくれ。記憶の共有は一切起こらないように設定してある。君の持つ腕輪はその名の通り、リンクしている相手の姿や声といった情報のみしか読み取れない」
その言葉に陽一は納得した。
変身して以降、明里の記憶が自分の中で混ざった感覚は一度たりともなかった。
姿や声は変えられても、中身は三津谷陽一のまま。
それは向こうでも全く同じ現象で、器の中身だけが手付かずの状態で入れ替えられたに等しい。
「今回、君が向こうに飛ばされたのは偶然としか言えない」
「綾華さんも同じことを言ってました。入れ替わる前、偶然にも俺と明里が知らず知らずのうちに行動や言動で重なる部分が多かったから腕輪が誤認したんじゃないかと」
「前任者の彼女がそう言ったのなら事実なのかもしれない。詳しいことは父が究明中さ……まぁ、君が戻ってきてくれたことで僕は安心しているよ。綾華の二の舞はゴメンだし……謝罪のしようもない」
「ちなみに、どうして綾華さんは戻って来れないんですか。それに死んだっていうのは一体……」
一度、逸れていた話を本筋へと戻す。
「今回、君が戻ってこれたのも腕輪のエラーを解消した……つまり、腕輪がリンクしている二人を再び別々の個人だと正確に判断したというのが大きい」
香織はともかく経験した陽一は感覚的に理解していた。
「しかし、もしも君達が記憶を共有していれば腕輪は君達を同一人物だと判断し続け、永遠に誤認し続ける。その記憶を忘れ、消し去ってでもしない限り」
それは不可能に近い。
記憶の忘却なぞ容易には出来ない。
記憶喪失といった状態も脳の記憶メモリーから完全に消えてなくなっている状態を指すのではなく、一時的に思い出せない状態にあるだけ。それは同じ記憶を取り出せないという症状にかかった場合と一様に等しく……忘れているだけなのだ。
だが、その忘れている状態でも腕輪はしっかりと状態を記録している。
自分が忘れたとしても腕輪はその人物の中に記憶があるのを知っている。
だから、完全に消し去りでもしない限り誤認し続けるとジルは結論付けた。
「融通が利かないだろう」
「途轍もなく」
「だから、綾華の意識は戻って来れないし、帰ってもこれない。永遠に入れ替わったままの状態が今後も続き……僕の前には知っていて知らない松前彩香という人物が居続ける」
(なるほど、死んでいるというのはつまり……)
「居ない人間は死んでいるも同然。違うかい?」
冷たい言葉。冷酷な眼差しでジルは同意を求めた。
希望のない現実しか見据えていない様子に陽一はジルの本性を垣間見た。
普段から薄っすらと隠している狂気に似た雰囲気。
それにあまり気付かないようにしてきたが、ようやく理解出来た。
(この人は既に絶望している。絶望したまま何か目的を有して生きている)
そうでもしなければ、生きる意味を見出せない。
初めの頃、陽一がジルに『アイドル活動をプロデュースする』理由と目的を尋ねた際、胡散臭い回答が返ってきたことを思い出した。
その言葉をどうにも疑ってしまったのはつまり……そういうことだ。
「あの、一ついいですか?」
黙って真剣に話を聞いていた香織が再び疑問を呈する。
「私やジルさんが綾華さんに会いに行くことは出来ないんですか?」
それにジルは首を横に振る。
「無理だよ。会いに行く理由で世界を渡る為の腕輪でもない。元を突き詰めれば、あの腕輪の真の力は今とは違う別の自分に変われることを可能とする……明里ちゃんが居る世界では僕も香織ちゃんも性別は変わらず、人となりや持っている能力なんかもほぼ変わらないと聞く。それはもう同一人物だから、腕輪の対象外に設定されてしまうんだ」
「原理上不可能だと」
「そうと受け入れて欲しい。設計と逸脱した願いをTSリングは聞いてはくれないからね」
「じゃあ、俺が綾華さんと出会ったのは……」
「偶然だよ。偶然が重なった結果、君は偶然にも僕の知っている綾華と出会った」
偶然という言葉に陽一は何も言えなかった。
そのあっさりとした一言で今回の一件は全て片が付く上にそれが最も妥当な表現だった。
あの時間や経験を偶然の一言で終わらせたくはないが、そうだと認めざるをえない。
香織もまたそう理解してはいるが納得出来ないといった顔だった。
それにジルは現実を突きつけるための更なる追い打ちをかける。
「綾華が戻って来れないのはもう一つ理由がある」
ジルは陽一の手首に付けてあるTSリングに答えがあると示す。
「もしかして、この腕輪は綾華さんが使っていたもの……なんですか?」
綾華が腕輪の前任者。
それは同じ種類の物を付けていたということを意味しているのだと陽一は思っていた。
しかし、それは単なる勘違いに過ぎなかった。
「綾華が身に付けていた際、一度は完全に破壊され、改修したのがそのTSリングなんだよ」




