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百二十五幕 序章・暗い事実⑫

 帰りの電車内。

 俺と香織は暫く話さないまま隣同士で揺られながら座っていた。

 そして、最寄り駅へと着く。


「降りるぞ」


 そう一言を掛けるも香織は動かない。

 珍しく虚を見つめたまま、微動だにせず座っている。

 そんな香織の手を取り、無理矢理引っ張ってドアが閉まる前に降ろさせた。

 そのまま黄色い点字ブロックの内側まで力無く歩き……そこで膝を着く。


「おい……」


 ガクンと下がった手の方を見やると香織は泣いていた。

 自分でも涙を流していることに気付かず、滴る雫が手の甲に落ちてやっと気付く。

 感情が後になってやってきたのだろう。

 表情が次第に悲しさへと変わる。


 哀しみに染まった香織は声を挙げて泣いた。

 行き交う人の目も憚らずに溢れんばかりの悲しさを声に出す。

 弱々しくみっともないと分かっていながらも……。


 そんな香織にどう声を掛けたらいいか分からなかった。

 そっとするべきなのか。

 人の邪魔になるから隅に連れていくべきなのか……判断に困る。

 けれども、一つだけは分かっていた。


 兄としてすべきこと。

 それは傍に居てやることだ。

 声を掛けなくてもいい。

 一人にさせないことが今は最優先事項だと分かっていた。


 一先ず、駅のホームにあるベンチへと連れて行き。

 そこで気が落ち着くまで暫く隣で待つとする。


「ごめん。お兄ちゃん……」

「いや平気だ。それより、こうなるなら言わない方が良かったよな」

「……」

「悪い。香織……」


 どうして香織がこうも取り乱しているのか。

 その全ては俺のある問いから始まり……予想だにしない答えに俺達は衝撃を受けた。

 その内容を少し回想する。

「俺は向こうの世界で綾華さんに会いました。元々はこっちに居たという松前綾華さんに」


 陽一の言葉にジルは遅れて反応を示す。


「では、TSリングのことや帰還の方法も綾華から聞いたと?」

「はい。自分の素性を交えて」

「なるほど……道理で教えていない情報も知っていた訳だ。僕はてっきりその腕輪を使う中で君が気付いたのかと思っていたよ」

「言われるまで気付きませんでしたよ。この腕輪がTSリングなんて適当に付けた名前ではないって」

「綾華がそう言ったのかい?」

「はっきりと」

「ははっ……君が会ったのは間違いなく僕が知っている松前綾華で間違いない」


 となると、香織もまた同じなのだろう。


「香織も面識はあったんだろ」

「うん。前に所属してた劇団のある舞台で綾華さんにはお世話になって……姉妹役という役柄で関わりも多かったから仲良くしてもらってた。でも、それが終わった直後に連絡が途絶えて……」


 その先を知っているであろう人物に香織は目を向ける。

 

「すまない。香織ちゃん……僕は君達の関係を知った上で黙っていた。事情が事情で麗華さんや僕以外のごく限られた人間を除いて……綾華の件について明かすことが出来なかったんだ。だから、黙っているしかなかった」

「いえ……今の話で大体の事情は掴めました。言えないのも納得してます」


 腕輪が関わっている以上……関係者以外には話せないのは当然だと香織は理解した。

 ようやくこのタイミングで知れたのは兄の存在によるもの。

 そして、その兄と同じ状況下に綾華が置かれているのだと流れから察する。


「どうして綾華さんは向こうの世界に?」


 陽一の代わりに香織が尋ねる。

 ジルはその答えを陽一が知っているのかどうか表情から判断する。


「その様子だと綾華は何も語ってはくれなかったみたいだね」

「聞いても教えてはくれませんでした」

「だろうね……自分の口からでは言い辛いだろう」


 ジルの言葉や雰囲気から陽一は向こうで去り際に見た綾華と同じ光景だと思い出す。

 戻れない理由が何か。

 それはかなり深刻で難しく……不可能に近い何かであるのは間違いないと悟る。


 そして、ジルは重く息詰まった声で正直に明かす。

 

「端的に言おう……綾華は死んでいるんだ。四年前の事故で」

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― 新着の感想 ―
[一言] 入れ替わってるじゃなくて亡くなってる!? 香織ちゃんとの再会があるかもと思ってたからショック……。香織ちゃんがリング使えれば会えたりするのかな。
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