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百二十四幕 序章⑪

 運ばれてきた目の前の高級そうな食事を一通り食べ終え、デザートを待つ合間にジル社長は向こうでの出来事を訊いてくる。


「ちなみに、向こうで何か発見はあったかい?」

「色々とありましたよ。明里の友達がポーチカのファンだったとか、香織がシスコンだったとか……幸村小春が楢崎春だったとか」


 その最後の言葉にジル社長は眉をピクリと動かし、興味深く再度尋ねる。


「君は春ちゃん……小春ちゃんと知り合いだったと?」

「えぇまぁ、小・中学時代の同級生でしたし」


 高校も一緒だという事実を知っていて尚、黙っていた当事者は首をスマホ画面に視線を落として聞いていないフリをしている。


「へぇ、それは意外な事実だね。君は向こうに行くまで彼女が同一人物だとは気付かなかったのかい?」

「最後に会ったのは中学一年生の夏前で……あれから四年以上も経っているので成長した楢崎さんが幸村小春だとは分からなかったっていうのもあります」


 それにあまり顔を合わせて話したりしない上に、恥ずかしがって顔を見させてはくれない。

 雰囲気が俺の記憶にある幸村のままで顔をしっかり見させてくれれば直ぐにでも気付けたかもしれない。しかし、やはり……


「彼女の印象がガラッと変わっていたので気付けなかったのかもしれません」

「君の知っている小春ちゃんは今みたいに大人しくはないと?」

「少なくとも知っている限りではもっと明るく元気な雰囲気でした……唯菜みたいに」

「そこでどうして唯菜ちゃんが出るのかな~」

「お前は一旦黙ってろ」


 香織が話に介入するとややこしくなり、どんどん脱線してずれていく。

 一先ず、二人で話せるように静かにさせておく。


「なるほど……僕もあまり春ちゃんに関しては知らなくてね。自分のことをあまり話してはくれないから他人伝てでしか知り得ていない。ちなみに、君は春ちゃんとどういう関係だったんだい?」

「友人ですよ」


 本当にそれだけ?と横で無言の圧を掛ける香織の意に沿って正直に告白する。


「友人でもあり……俺の初恋とも言える相手です」


 そう言ったのがあまりにも意外だったのか。

 ジル社長は少し間を置いて後に「そうか……君だったのか」とボソリと呟く。

 

「いや、何でもない。それで、君は向こうの世界の小春ちゃんと出会って気付いたと言ったけどそれはどうしてかな」

「偶然にも明里が通っていた学校とクラスが同じだったんですよ」

 

 クラス名簿には幸村小春として記載されている。

 その名前を口頭で聞いて、ハッと気付いたらその人物が楢崎春でした……という流れを端的に説明する。


「妙な巡り会わせがあるものだ」

「ってことは、お兄ぃは一方的に春ちゃんの正体を知っちゃった訳だ」

「そういうお前は知っていたんだろ。俺よりも早くどちらのことも」


 俺がヒカリになる以前から同じ学校であることを知っていた。

 アイドルとして活動していることを知ったのは横浜のイベントでポーチカと対決した時だろう。

 他人の顔を覚えるのが得意で自分の兄が過去に好意を寄せていた人物が再度自分の近くに現れたとしれば……この悪魔が注意を向けない筈がない。


「まぁね。てっきりお兄ぃは気付いているかと思ってたけど……そうじゃなかったんだね」

「むしろ、気付かないままの方が良かった」

「気まずい?」

「気まずいに決まっているだろ」

「じゃあ、フラれた相手と一緒にアイドルするのってどんな気分?」

「そのニヤついた顔をひしゃげるぞ」

「お兄ちゃんこわ~い」


 いつになく人前ではしゃぐ妹のペースにこれ以上乗せられまいと……香織を無視して向こうでの小春との出来事を簡単に説明した。明里の中身が入れ替わっていることや明里と小春の間で起きた過去の話等も含めて。


「君もこっちで彼女と関わりあったように、向こうでも彼女達同士で関わりがあったとは……面白い話だね」


 他人事の様に言ってくれる。

 しかし……今、思い返してみればあの世界はあまりにも酷似し過ぎた。


 完全なファンタジー寄りの異世界ならまだしも、現代社会と何も変わらない外観。

 変わっているのは三津谷明里という人間がその世界に存在していることで、他の人間の存在に大きな有無の変化はない。彼女の存在に伴って人間関係が変化しているのは当然かもしれないが、それも誤差の範囲。


 後に分かったことなのだが……あの世界にも健と明は存在し、二人共陽一と同じ大学に通う友人関係であった。

 

 そもそも、三津谷陽一が女の子として生まれたのが三津谷明里。

 そうなれば俺は向こうの世界で存在しない筈。

 厳密に言えば、存在が置き換わっているという表するのが正しい……が、女として17年も生きれば性格面は一部を除いてほぼ異なっているから別人格……故に存在しないも同然。


 だが、実際には存在した。

 およそ三年後の自分という理想的なイケメン風美男子として成長姿で。(内面は理想的ではない)


 それに加えて、妙にあの世界は居心地が良かった。

 女として生きることを少しでも願ってしまうくらいの温かな環境。

 それまで色々と明里が苦い経験をしてきたのは小春の話から分かっているが、俺が観測したあの日常はあまりにも心安らぐ楽しい一時だったと認めざるを得ない。


 だから、疑問を抱いた。

 仮にそれが実在する並行世界であったとしても……俺が体験したあの世界はあまりにも都合が良過ぎる。果たして本当にこんな世界が実在するのかと疑ってしまうくらい。


「あの腕輪は一体何なんだ……といった顔をしているね」

「……出てました?」

「急に黙ってしまうから。そんな風なことを考えているのかと憶測を立てただけさ。それで、君はどれくらい腕輪について知ってしまったんだい」


 ジル社長の問いに今知り得ている腕輪の情報を一通り自分の解釈を交えて開示した。


「なるほど。あの腕輪……済まないがTSリングとそのまま呼ばせてもらうよ」


 正式名称は依然と明かしてはくれないが、TSリングという名称も板についているのであの腕輪は今後そう呼ぶという提案を受け入れた。

 

「これはあくまでも僕の主観でしかない……君がTSリングを介して体験した時間と世界。あれはそもそも腕輪が生み出した空想世界であり、現実には存在しないご都合的な世界だと思っている」

「……ファンタジー的な話ですか?」

「まぁ、多少なりとも」


 ジル社長が言わずとしていることは分からなくもない。

 つい先程まで俺も同様な考えを浮かべていた。

 

「君が経験した二週間を決して夢物語と言うつもりはないよ。君が体験した時間は紛れもなく向こうの現実だ。しかし、君以外の人間がそれを観測しようにも方法がない」

「ないのが当たり前では?」

「言ってしまえばそうなのだけど……この話に付き合う上なら、せめて僕の言い分に耳を傾けて欲しい」

 

 そうするとしよう。


「君が観てきた世界は妙に理想的だとは感じなかったかな?」


 もしも、自分が女の子として生まれて十七年間も過ごしたらどうだったか。そんな頭の中でしか描いたことのない妄想染みた世界……理想を体現した世界ではなかったのか?そうジル社長は尋ねたいのだろう。

 

「実際、そう思いました。少なくとも俺は向こうの居心地の良さに当てられて、帰ることに躊躇いを覚えていましたから」


 はっきりと当時の心境を振り返って伝える。

 

「その世界がまさに理想郷……あるいは幻想郷と思えたのはTSリングが僕たちの情報……恐らく深層心理を読み取って、腕輪自らが装着者が心の底から望んでいることを構築し、体現した理想的な世界……【IFの世界】だからだと僕は考えている」


 【IFの世界】……そう言われると不思議と納得がいく。

 あんな都合の良い世界が現実にある訳がない。

 むしろ、俺が心の底から望んだ世界を作り上げたと言った方が納得できる。


 しかし……ジル社長の言葉に従うのであれば、あまり事実として認めたくない推理だ。

 なにせ、それは詰まる所……


「お兄ぃは女の子になって私を含めた美少女達と女の子同士の恋愛が展開する百合ゲーみたいな人生を送りたかったの!?」


 ほれ、余計な誤解を招く奴が現れた。

 

「なわけないだろ!」

「いや、でもだよ。私、密かにお兄ぃがそういうゲームやってたの知ってるし」

「やったことねぇから!お前はマジで黙ってろ」

「ごめんごめん。意外にもノリツッコミしてくれるからつい……」

「ついじゃねぇ。それと可愛い子ぶって謝ってるのイライラするから止めろ!マジで今のお前を撮って春乃さん達に晒しやろうか?」

「ごめんなさい、お兄ちゃん。調子に乗っていました謝るので許してください」

「お、おう……」


 意外にも素直に折れた。

 流石にSCARLET内で威厳は保っておきたいのだろう。

 二人の前で作り上げた三津谷香織像を壊されることは避けたいというのがしおらしい態度に表れている。


「あの~部外者な私でもその考えに反論してもいいですか?」


 気持ちを切り替えた香織はゆっくりと手を挙げて発言を所望し、ジル社長『勿論』と答えた。


「私はジルさんの考えは賛同出来ません。姉……明里と話して思ったのですが、彼女には彼女の歩んできた人生があると感じました。兄とは違う明確な意志と意思を有して……だから、三津谷明里は決して造り物なんかじゃないと思うんです」


 珍しく香織の言葉に同意した。


「彼女は兄とは別の性を受けて、十七年も三津谷明里として人生を送ってきた。それは紛れもなく事実だと、私は確信しています」


 強い意志を持ってはっきりとそう告げた。

 加えて、それは香織がこの二週間で如何に俺と入れ替わってこっちに飛ばされた彼女と親しく過ごしていたのかがよく伝わる主張であった。

 

「まぁ、そうだね。それだと彩香を否定することにも繋がってしまうし……すまないが聞かなかったことにして欲しい」

「いえ、私も少しムキになってしまいました。申し訳ございません」

「構わないよ。親しい存在を噓だと言われればムキになるのも無理ないからね」


 その言葉に香織は若干顔を赤らめた。


「それに君も同じ意見なのだろう?」

「ジル社長が言った通り、向こうには向こうの現実がありました。その全てが決して楽しい一時でないのは周囲の反応や話を聞いてよく知りました。仮に理想に近しい世界であっても、それは現実に存在する世界であって、造り物なんかじゃないっていうのは俺も思っているのでその辺りはコイツの意見を擁護させて下さい」


 俺からの答えにジル社長はクスリと笑う。

 

「やはり君達兄妹はよく似ている」

「いえ、似てませんよ」

「オイ」


 皮肉に聞こえ、反射的に違うと否定するとそれに不満を覚えた香織に肘で小突かれた。


「そう言えば、君は一体どうやって帰還の方法を知ったんだい?TSリングに関する知識も僕以外の誰かから事前に聞いていた訳ではないのだろう?」


 まだその話についてちゃんと話してはいなかった。

 それに俺もそのことでジル社長に色々と尋ねたいことがあった。

 その最初の質問として、あの人の事を聞いておきたい。


「ジル社長は松前綾華さん……という方をご存知ですよね?」


 その名を口にした途端、二人の表情が変貌した。

 香織はどうしてその名を俺が知っているのかと顔で訴え、珍しく感情を表に出したジル社長は大きく目を見開き、激しい動揺を見せた。

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