百二十二幕 エピローグ/戻る日常⑤
大きな欠伸を掻きながらゆっくりとした足取りで教室へ入る。
朝のホームルーム前の喧騒とした教室なぞ気にも留めず、進級して以来ずっと変わらない自身の席へと着く。その直後……
「あれ、陽一じゃん!」
「今日から登校?」
クラスメイトの親友である明と健が驚き露わにして真っ先にやって来る。
「今日から普通に。悪い色々と心配かけたな」
「別にいいって。まぁ、せめてメッセくらいは返して欲しかったわ」
「そうだね。かなり心配してたし」
「悪い悪い」
普段の軽いノリで謝る。
ちなみにだが、学校に行かなかった二週間。どうやら、俺は公欠扱いになっていたようだ。
しかも、その理由は……
「しっかし、海外旅行先でトラブルに巻き込まれて行方知らずになるとは……てっきりもうダメかと思った」
「本当だよ。よく生きて帰ってこれたね、陽一」
「……まぁ、運が良かったんだよ」
二人は何やらとんでもない誤解をしているが……これは仕方がないことだ。
ちなみに俺が不在の約二週間……三津谷陽一は海外旅行中に重大な海難事故に遭い、二週間近く行方知らずになっていたことになっていたと学校側に事情を通したらしい。
最初、これをジル社長から聞かされた時は意味不明過ぎて困惑した。
せめて、もう少しマシな理由でもないものかと思いはしたが……もういっそのこと面倒なので、その状況下に遭っていたとあっさり受け入れ、俺は奇跡の生還を遂げた男として学校に戻った。
「なーなー、あとでその話を聞かせてくれよ」
「嫌だよ。めっちゃ大変だったんだぞ……出来れば思い出したくもない」
もしも、自分が最悪な海難事故に遭ったことを想像し、身震いが止まらない感覚に襲われる……という演技力をここで披露してどうにか逃れる。
「まぁ、陽一もあんまり言いたくはなさそうだし、詳細を聞くのは控えてあげなよ」
「そりゃそうだな。先ずはお前が帰ってきてくれて何よりだわ」
珍しく優しい言葉を掛けてくる二人に思わず「お前らに人の心があったのか……」と口を滑らせてしまう。
「おおい。気を遣ってやってんだからもうちょっとしおらしくなれよ」
「うん。前言撤回だね。後で嫌ってくらい聞いてやろう」
ホームルームが始まるチャイムが鳴り、二人はいつも通りの態度で席に戻る。
そんな二人との久々のやり取りに内心ではしゃいでいるのかもしれない。
不思議な嬉しさが込み上げる一方で、これまた珍しく時間ギリギリに登校してきた唯菜が慌てて席に着き、一息入れた直後に暫くご無沙汰であった隣人が居ることに気付き驚く。
「えぇ!?、三津谷君!!お、おはよ~」
「まるで死人を目の当たりにしたかのような反応だが……そんなに驚くことか?」
「え、驚かない?普通」
新城達は案外普通な反応だが周りの生徒も唯菜同様の表情を向けてくる。
「まぁ、そりゃ普通は驚く……か」
学校で変な噂が出回っていないか不安になる。
だが、俺が居ようとなかろうが然したる変化はない。
窓際の席が少しばかりぽっかりと空いて、普段見ている光景が拝めなくなる程度。
そもそも、俺の寝ている姿を見て誰が得するんだって話だ。
「何はともあれ。おかえりなさい、三津谷君」
唯菜のその言葉に一瞬、胸が弾む。
笑う仕草や声のトーン、顔の角度は夏休み期間や明里としての二週間もずっと唯菜の事を見てきて慣れている筈……なのに、どうしてかそれがとても新鮮な様に感じた。
それは恐らくだが、向こうの小春が指摘したように今の俺は唯菜のことを……ん?
そう考えていると唯菜はまじまじとこちらを見つめて笑う。
「ふふっ、今の表情……なんだかヒカリちゃんに似てるね」
「ヒカリ……?」
「うん。三津谷君の従姉妹……だよね。そう言えば、こうやって確認するのは初めてだったかも」
「あぁ、そうだよ。アイツの事だよな……そうだったそうだった」
そんな指摘を不意に受け、つい固まってしまった。
今の自分が元の姿であってヒカリじゃないのは分かっているのだが、似ていると言われるとまだその時の癖が残っているのかもしれない。
「あれ、もしかして香織ちゃん同様に仲良くない……とか?」
「いや、そういう訳じゃない。単に芸名の方で呼ぶから……ちょっとこんがらがって」
「え、もしかしてヒカリちゃんって芸名なの?いや、待って……三ツ谷って名前も三津谷って苗字をイジれば変換出来なくもないか。それに最初の頃、ヒカリって名前に言われ慣れてない感じだったし……」
不味い。
今のは完全に失言。
唯菜にあのまま信じ込ませたままの方が変な詮索を受けずに済んだかもしれないのに。
「ね、ね!ここだけの話でいいから本名を教えてよ」
朝のホームルームだと言うにも関わらず、近づいて聞きに来る。
「本人の了解もあるんだし、そこは尊重すべきだと思うぞ」
「それは分かるよ。分かっているんだけど、やっぱり気になるというか……それにヒカリちゃんに聞いても教えてくれなそうなんだよね」
その読みは完全に的を射ている。
口が裂けても絶対に教えない。
「悪いが言えない。教えたら俺が彼女に怒られる」
「え~けちぃ~」
それ以上は聞いて来なかった。
しかし、気になる気持ちを抑えきれずヒカリの秘蔵写真を餌に教えるよう迫ってくるも……生憎様、それは逆効果でしかない。スマホの中にヒカリの寝顔フォルダなるものを本人に隠れて作り、陰でコソコソと写真の数をバレないように増やしているということは中々に許容し難く、中には絶対に香織には見せられないあられのない格好のヒカリ(自分)が収められていた。
そんな爆弾画像を有し、唯菜は知らず知らずのうちに本人へと共有してしまっていた唯菜に対して、後日消すように迫ると心を鬼にして決めた。
別に悪い気がしないし、唯菜がヒカリに友情並みかそれ以上の好意を向けていることの確認にもなったが……やはり消そう。そうしよう。
改めてお腹丸出しでだらしなく寝そべるヒカリを目の当たりにしてしかと決意した。
「はぁ……ヒカリちゃんともっと一緒に過ごせたらな~。あ、いっその事編入するとか!」
「ちなみにどっちが?」
「ヒカリちゃんがだよ!同じ学校だったらもっと楽しく一緒に過ごせるし、三津谷君も居るからヒカリちゃんも安心でしょ」
絶対に叶うことのない妙案が横から聞こえてくる。
ここで下手に否定しておかないとヒカリで会った際にもう一度、同じ台詞を聞くことになる。
なので「それは無理だろう」と代弁して断りを述べておく。
「だよね~。無理だよね~」
「そうなんだ。だから、諦めてくれ」
「ん~いっその事、三津谷君がヒカリちゃんと入れ替わればいいのでは?」
諦めが悪い上に今度はとんでもない事を考え始めたぞ。おい。
「なーんて、無理だよね。アハハ~」
「……」
「笑うとこだよ」
「いや、笑えねーよ」
悪いが『入れ替わり』はもう御免。
明里の時はあの姿で過ごすのもわりと悪くはなかった。だが、いざ戻ってみると自分の今の姿が一番落ち着くし、気が楽だ。それにもう二度、あんな思いはしたくない。
せめてするなら、ヒカリとしてアイドルを辞める時……くらいだな。
無論、辞めるつもりは全然ない。
唯菜がアイドルをし続けているうちは三ツ谷ヒカリとして横に立ち続けると決めている。
自分の正体を隠し……この新たに芽生えつつある恋心を偽りながら……
この回で三章完結とさせて頂きます。
色々と煮え切らない終わり方だと思いますが、これは三章の前編だと思って下さい。
以降の回が後編及び四章となりますので、その際に色々とタネ明かしや現実での陽一と小春の関係、揺れる気持ちの変化といった内容をお届けしたいと考えておりますので、引き続き応援をよろしくお願いいたします。
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それではまたどこかの後書きで。で。