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百十八幕 IF/文化祭⑮

「なんだか、多くない?」


 入り口で接待を担った香織が明里の背後で並ぶ一団の人数を目の当たりにして空いている席を確認する。


「えーと、七人だと四人と三人で分かれるけどいいの?」


 七人の内の五人がポーチカメンバーで、二人が陽一と渚。

 そんな異色のメンバーが揃ったことに珍しさを覚えつつも中に案内する。

 もっとも、陽一ですらこんな場所で偶然にもポーチカが勢揃いするとは思いもしなかった。


「雪香さん。ルーチェちゃん、離さないでくださいね」


 唯菜が注意深く雪香にそう告げると穏やかな笑みを浮かべたまま、今すぐにでも逃げようと気配を薄めて離脱を図ろうとするルーチェの腕をがっしり掴んで確保する。


「お願いします、雪香さん!ここにはあの女が……変態女がいるんです!!」

「おやおや、誰が変態女だってぇ~」


 教室で出迎えるよりもわざわざ廊下に出て、ルーチェの背後へと音を立てず気配を遮断して回った春乃が愕かすように声を掛ける。


「うわっ!出たな、この変態!」


 あからさまな敵意を剝き出したルーチェの言い様に春乃はショックを受けるような振りをして弁明する。


「酷い言い掛かりだよ。私は銀髪碧眼美少女を愛でることが好きなだけで、決して私利私欲にまみれてルーチェちゃんを我が物にしたいとかいう願望はこれっぽっちも……あ、やっぱり噓で。唯菜ちゃん、暫くルーチェちゃんを借りて着せ替え人形として遊んでも?」

「どうぞ!ご自由に!!」


 自身の欲望を抑えきれず、率直にルーチェで色々と堪能したくなった春乃の問いに唯菜はお化け屋敷の一件をこれでチャラにすると言わんばかりの顔で許可を出した。

 すると、それに『待った』をかける人物がいた。


「あのーごめんなさい。流石にルーチェちゃんを独り占めするのは私、反対です」

 

 雪香の申し出にルーチェの表情に一杯の希望が宿るも……


「なので、私も付き合ってもいいですか?個人撮影会」

「勿論ですよ。元生徒会長」

「ありがとう、安達さん。それと元生徒会長ではなくて雪香と呼んで下さい」

「分かりました、雪香さん。こちらも春乃と親しみを込めて呼んで欲しいです」


 目的と趣味嗜好が似通った二人がお互いに結託するとルーチェを連れて隣の空き教室で喫茶で使用する衣装や被服部に居る友人から何着か衣装を借りることを提案した春乃は一足先に準備へと取り掛かるべくどこかに行ってしまわれた。

 しかし、撮影会をするにしてもそれ相応のカメラマンが必要だという点に気付いた雪香は自身の横で香織の気付かれぬよう隠れて一眼レフカメラで従姉妹の可愛い姿を少しでも写真に収めようとしていた陽一の肩に触れる。


「どうした一ノ瀬?」

「陽一君。物凄く良いカメラをお持ちだなーと思いまして」


 その前振りでこっちの陽一は察した。


「悪いが彼女よりも俺は香織ちゃんを撮る使命があるんだ。いくら日頃、課題授業でノートを見せて手伝ってもらったり、俺が聞きぞびれた試験内容を後で教えてもらったりしてるからといって……」

「夏季課題の件、忘れたとは言わせませんよ」

「……はい」


 同大学で同学部学科に所属する陽一と雪香。

 専攻も同じである二人は基本的に取る授業が被ることが多く、ちゃんと授業を聞いてノートをしっかり取る雪香とは対称的に授業中はほぼ居眠りか違うことに集中力を削がれ、大事な部分を聞き逃しては後で友人たる雪香に授業内容を教えてもらっている陽一。

 

 そんなことから雪香に頭が上がらない陽一はカメラマンを引き受けることに。

 せめてもの、一枚だけ写真に残そうとカメラを構えるも、その間にレンズに映る香織が正面を向いたまま陽一にだけしか見せない凄い形相で『撮ったら殺すぞ』と口を動かして伝える。その威圧感に屈し、あっさりとカメラを下して雪香の撮影会にカメラマンとして大人しく帯同し、嫌がるルーチェの後を付いて行く形で三人とも離脱して行った。

 

 そんな意外にも情けないこっちの自分の背を目の当たりにした陽一は鼻で笑い(あぁはなるまい)と反面教師として目に焼きつけることにした。しかし、三津谷陽一たる自分が培ってきた怠惰な習慣が中々改められないのは……また後日の話……。

 席の後片付けを終えて、七人が座れる机を用意した香織はいつの間にか人数が減っていることに気付き、残った四人が座れる席へと案内した。


「なんか……一瞬にして人数少なくなったね」

「うん。まぁ、色々あって……」

「それより、どうして雪香さんがここに?それに元生徒会長って……」


 兼ねてから本人に尋ねたかった疑問を代わりに小春が答える。


「雪香さんはここの卒業生。在学中は生徒会長として高等部の凄く有名な人で……才色兼備の大和撫子って言われてるくらい中等部でも人気な人だったんだよ」

「それは何となく想像出来る」


 卒業生の模範といっても過言ではないくらい日頃から清らかな淑女である雰囲気が伝わる。

 

「多分だけど、春乃があの人を呼んだんだと思うよ。確か、午後から生徒会が主催する中等部生や外部生向けの学校説明会をやるとかで……ゲストに誰か呼んでいるみたいなこと言ってた…ニャン」


 ここで働いている際の自分のキャラを思い出し、今更成り切ろうとするも、既に昨日の時点で色々と知ってしまっているせいで新鮮味も感じない三人に対して、「ニャン」という破壊力抜群の不意打ちで心打たれた唯菜は興奮のあまり「なにそれ!?もう一回、もう一回お願いします!」と必死に懇願する。

 

「なるほど、だから雪香さんが居たんだ」

「にしても、お兄さんと名良さげな感じだったけど……あの二人は付き合っているのでは?」


 その手の話に多少なりとも興味を示す渚の言葉に俺と香織は同時に


「それはない」

「それはないニャン」


 と声を合わせて否定する。

 その語尾の「ニャン」という台詞で興奮して騒ぐ唯菜を静かにさせるよう香織に自重することを目で訴える。

 そして、二人の否定にニマニマと何か誤解した様な顔で見つめる渚が「どうしてそう思うの~」と茶化すように聞き返す。


「だって、想像出来なくない?雪香さんとお……お兄さんが付き合っているなんて」


 危うく『おれ』と呼称しそうだった。

 そんな変な呼び方をしたことに対して事情を知る小春はクスッと笑う。


「そうかな?案外……お似合い……ププッ、だと思うよ(笑)」


 笑いを堪えながら心にもないことを言ってみせる小春に内心で『おい』とド突く。


「まぁ、お姉ちゃんも同じ大学だからたまに話を聞くけど、変わり者のイケメンって言われているからあんまりモテないらしいよ。良かったね」

「いや、何が?」

「だって、大好きなお兄さんは二人の従姉妹を一途だってことだよ」

「いや、別に好きじゃないし」

「お姉ちゃんに同じく。あんなキモイ人を好きになる訳がない!」


 そう断言されると俺としても複雑な心境なのだが、今回ばかりは香織に同意するしかない。

 

「第一に渚は私達があの人を好きだと思い込んでいるわけ?」

「好きだからあんなにツンけんしているんじゃ?」

「そんなツンデレ妹キャラじゃないし。どっちかというと、私はお姉ちゃん一筋なんで」

 

 それはそれでまた色々と問題が……と言いたくなるも、先程から黙って聞いていた唯菜が尊い妄想を脳内で膨らませ、抑えきれない興奮のあまり鼻血を出し掛けていた。今にも制服の白いシャツに垂れそうになっている鼻血を慌てて手で抑え、意識を現実へと戻させる。


「香織、ティッシュペーパーを……」

「うん。持ってくる!」


 急ぎ教室のティッシュペーパーを持ってきてもらうように頼み、その間に渚の持っていたポケットティッシュを用いて小さな鼻から流れる赤い鮮血を塞ぎ止める。

 

「えへへ、ごめんね」

「なんで嬉しそうなの……」

 

 一先ず、応急処置を済まして後は時間の流れで治まるまで安静させる。

 なるべくこちらからも刺激を加えないように。

 そんなこんなであっという間に時間は流れていった。

 午前中から働き詰だった香織も少し休息する時間をもらい、同席して他愛のない四人の談笑に参加していた。約三十分経った頃合いで香織は時計を見て立上がる。


「さてと、そろそろ私も時間だから着替えてくるね」

「え、もう終わりなの?」


 名残惜しそうに唯菜が香織に尋ねると「この後の準備があるから」と答える。


「準備ってライブの?」

「そうそう。裏で少しだけリハとかやらないとだし……お姉ちゃん達はいいの?私達の前と言えど、そろそろ時間なんじゃ?」


 その指摘に渚が時間を確認して気付く。


「私達も着替えや準備しないといけないし、私達も夏南達の所に行こうか」


 遊び時間ももう終わり。

 これから記念講堂で行うステージイベントのラストとその前の演劇に向けた準備に取り掛かる時間を迎えなければならないことに「分かった」と同意する。

 しかし、一つ気掛かりなことがあった。


「唯菜はこれからどうする?」


 ここいる知り合いは全員居なくなり、一人にしてしまうことに躊躇いを覚えた俺は唯菜の行動方針を聞いておく。


「勿論、みんなの晴れ舞台を目に焼きつけるべく特等席を確保して待っていますとも!」


 一人になった所で唯菜は待つ時間も推し活の一つと心得ている以上、心配損だったかもしれない。

 そんな通常運転の唯菜に「じゃあ、また」と告げ、一足先に渚達と教室から出ていった。

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[良い点] 世界を跨いで鼻血を出すなんて流石唯菜さんブレない
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