百十二幕 IF/文化祭/お化け屋敷⑩
文化祭が始まってからある疑問を少し抱いていた。
文化祭で行われているステージ系イベント……主に演劇部の舞台公演や吹奏楽部、軽音楽部の演奏は主に記念講堂で開催されている。本来であればステージイベントというのは体育館というイメージが強く、実際に俺の学校では記念講堂なんて建物は存在しないためステージを使うイベント毎は体育館か、校舎中庭にある特設ステージの二つしかない。
では、本学園祭における体育館は一体何に使われているか。
その答えは入り口の前に立て掛けられ、血に塗られた表現が油絵でリアルに描写された恐怖を象徴させる看板にあった。
「あはは……まさか体育館を丸々使ってお化け屋敷をしてるなんて……大胆だね」
唯菜は想像していたお化け屋敷の規模感よりも遥かに上回るお化け屋敷に唾を吞む。
唯菜も学校でお化け屋敷を出し物としてやっていたそうだが、所詮は教室内規模の小さなお化け屋敷。しかし、蘭陵女子のお化け屋敷は教室よりも数十倍の広さを有するだろう。
これはもはや遊園地にあるお化け屋敷の規模と差し支えないレベル。
「ま、まぁ脅かしてくるのはうちの生徒達なんだし……そんな怖くはないよね」
そんな強がりを見せる渚の横を恐怖のあまり号泣して先に進めなくなったリタイア組の女子生徒二人が通りかかる。その上、体育館から戦々恐々とした悲鳴声が相次いで響き渡る。
そんな中の様子を少女の震えた姿と悲鳴声で想像した唯菜と渚は物凄く青褪めていた。
「あ、なんか注意書きあるよ。なになに……淑女の皆様へ。物凄く怖いから覚悟を持って挑むように。学園長より……だって」
「これ学園長の企画なんだ……」
折角の文化祭なのだし、とびっきり楽しめる企画を学園長直々の提案から用意されたという風に看板の横で記載されているが、あまりの本格的なお化け屋敷過ぎるあまり挑戦する人が少ない。
裏を返せば、それ程怖いということも言えるだろうが……入る前から凡その恐怖具合が伺える。
お化け屋敷が苦手という訳じゃないが、流石にこのスケール感となると入るのも勇気がいる。
その上、中は迷宮経路になっているらしく冷静さを失ってやみくもに動き回れば同じ道をずっと彷徨い続けなければならず、制限時間内での脱出に失敗というゲーム設定に従って強制終了となる。
無論、それ以前でも退出は可能らしいがそれはまさに行動不能を意味する。
「結構面白そうだね。これ」
「どこが?」
「ゲーム感あるとこだよ。私、ホラー脱出系とか結構やるし」
「おバイオとか?」
「おバイオとか」
小春は意外にも乗り気みたいだ。
ルーチェ同様に生粋のゲーマーでもある小春からすればかなり難易度高めのゲームに映るのだろう。攻略したいという欲に駆られ、真っ先に参加を表明する。
その一方で唯菜と渚はというと……
「ヒ、ヒカリちゃんは怖くないの?」
「怖そうっちゃ怖そうだけど、やってみたい感はあるよ」
謎解き脱出ホラーはあまり触れたことのないゲーム要素だし、リアルであの世界観を体験出来るならしてみたい。
「そ、そうなんだ。私はちょっと……怖いです」
「別に無理はしなくてもいいよ」
「ううん!大丈夫だよ、脅かす側のタイミングと方法さえ分かれば対処可能だもんね」
いや、お化け屋敷はそういうゲームじゃないぞ。
「そうだよ。脅かす方法を見抜いて心持ちを強くすれば脅かされても全然怖くなんかない!」
だから、そういうゲームじゃないって。
及び腰の二人も自身にそう言い聞かせて参戦を決意。
数名の女子生徒達が並ぶ後ろに付いて順番に待つ。
その間、体育館の様々な所から響き渡る悲鳴や駆ける足音、床に叩き付けられる物音が入り口の付近の場を非常に凍りつかせていた。
さっきまでお互いにずっと口論していた二人は閉口したままゴクリと唾を呑んで待ち構えていた。
小春は事前に渡された広告用のチラシを受け取り、その文面に記載されるお化け屋敷のあらすじから攻略のカギがないか模索し、息込んでいる。
「次の方。どうぞ~」
一組先に入った二人組の女子生徒達が開始早々にリタイアしたことで予定よりも順番が早く回ってきた。心の準備が未だ完了していない二人と攻略のヒントを得られなくて焦る小春……そんな、恐怖とワクワク感に駆られた四人のお化け屋敷脱出がここに始まる。