百〇九幕 IF/文化祭/二日目⑧
昨日よりも一時間早い、朝九時から一般開放が始まった文化祭二日目は昨日以上の盛況であった。
校内には多くの来訪者で溢れ返り、親族で参加している男性が逆に目立つくらいどこもかしこも女性ばかり。
特に身長が高くてイケメン顔で爽やかな好青年はかなり目立つ。
廊下を歩けば普段から男性と話す機会のない女子生徒達の目に留まらない訳がなく、かなり積極的な女子生徒であれば容易に話しかける。
現に目の前で彼は複数の女子生徒に囲まれて逆ナンされている。
「あの、お兄さんはどなたかの親族ですか?」
「妹さんがこの学校にいらっしゃったり?」
「すごくカッコイイですね。役者とかされているのですか?」
「あー、うん。親族で俺はある二人の姉妹の従兄弟に当たるんだ。それと役者じゃなくて、普通の大学生」
二言で三人から投げられた質問に一度で平然と答えるとは……やりおる。
「ちなみに、二人の姉妹って誰ですか?」
「お兄さん美形だから従姉妹の姉妹ってもしかして……」
「香織ちゃん達のお兄さん?」
「あはは、バレちゃったか」
なんだか照れ臭そうにして『すごーい』と騒ぎ立てる女子生徒に満更でもなく頷いている自分を見ていると……なぜだろう、物凄く殺意に似た感情が湧いてくる。
「あ、じゃあお兄さんは二人を探しているんですか?」
「香織ちゃんならこの階のC組の教室にいると思いますよ。ほら、あそこの凄い行列が出来ている……」
香織がアニマルメイドと働く2-Cが行う喫茶は今日も大繫盛。
教室から続く客の列は階段側まで続き、一階の職員室前辺りまで伸びているのだとか。
すると、その列の横の壁際で彼を見ていた明里に気付くと「あ、あかりちゃーん」と分かり易く手を振ってアピールする。
「やべ、見て見ぬふり……は出来ないか」
慌てて背を向けるも、再び正面を向き苦笑いで手を振り返す。
「ごめん。明里ちゃんにちょっと用事があるから失礼」と丁寧な対応を示すと早足でこの世界の陽一が近寄る。
「やっと見つけた。明里ちゃん」
「探してたんですか?」
「まぁね。せっかくだし、一緒に……」
「約束。破ってますよ?」
「え?」
「香織との約束で教室前に来るなって言われてましたよね?」
文化祭前に交わした香織との約束事の一つ。
記念講堂から出るなという約束を既に破っている。
「ふん……俺に香織ちゃんのアニマルメイドという餌を前にして食いつかないとでも?」
開き直らないで欲しいし、キメ顔が物凄くウザイ。
「香織に怒られても知りませんよ」
「その時はその時さ。それに中に入れば流石の香織ちゃんも目くじら立てて怒鳴ったりはしないと思うなー」
果たしてどうだろうか。
仕事を抜け出してでも強制連行して人の居ない場所で怒鳴り散らす光景がなんとなく浮かぶ。
「とは言ったものの、この列に並ぶ気力は俺にないからなー」
あ、そこはしっかり俺なんだ。
面倒屋な部分は共通している。
「ま、せっかくだし、明里ちゃんよければ一緒に……」
「いやです」
「まだ、何も言ってないけど」
「一緒に並ぶか、回るかの二択だったらどっちもいやです」
「辛辣だな~」
イケメンな俺と文化祭を回るなんてまっぴらごめん。
ただでさえ、目立つ容姿をしている二人が廊下を歩けば注目の的にもなりかねない。
ここに来る時点で既に5人くらいの人達から色々とファンサを求められて少し疲れている。
「まぁ、かといって俺もあんまり女子校の文化祭でウロウロする気もないし。せっかくだから気ままに並ぼうかな」
「じゃあ、私はここで……え?」
一瞬、目を疑った。
陽一の背後に本当ならここに居ない筈の人物が文化祭のパンフレットを手に廊下をキョロキョロと見渡していたから。
「うわ!すごい並んでる……もうちょっと早めに来ればよかった~」
2-Cの前から廊下の奥まで広がる長蛇の列を目の当たりにして、分かり易いくらい肩を落とすリアクションを取ったかと思いきや直ぐに顔を挙げて並ぶ決意を示す。
「いや、でもこんなの朝の物販に比べれば屁でもないよね!それにこれを逃したら一生、アニマルメイドの香織を拝むことなんてでき……」
彼女はそこで自分に向けられた視線に気付き、ふと首をこちらへと向ける。
するとこれまた分かり易いくらい大きく目を輝かせて「ヒカリちゃ……むぎゅ」と叫ぼうとする前に半ば強引に口を抑えて制する。
「ちょ唯菜、どうしてここに?」
「にゃんでって、かおりひゃん達のがっふぉうでライブありゅから……」
喋りづらそうなので一旦手を離す。
「ふぅー、なんでって、かおりちゃん達の……」
「大丈夫。言い直さなくていいから。それより学校は?文化祭はそっちもじゃなかった?」
「今日はサボりだよ」
そんな堂々と言う台詞ではない。
だが、SCARLETライブの為なら平然と学校を休んでまで来るのも容易に想像出来る。
「でも、それ中原学園の制服だよね?」
唯菜が着ているのは私服着ではなく一年半近く見慣れた学校の制服。
俺が通っている学校には夏休み以降一度も行ってなかったからか、こうして自分の学校の制服を見るのは少し新鮮に感じる。
「あ~うん。これはお母さんにサボってることを誤魔化すために敢えて……ね」
サボったことへの良心が痛む様だ。
「ま、兎に角にもだよ。ヒカリちゃん!」
両手を掴んで迫る唯菜の瞳に目が一瞬で吸い込まれる。
「ここで遭ったのも何かの縁。一緒に香織ちゃんのアニマルメイド姿を見よう!」
「つまり……一緒に並べと?」
「うん。あ、でもヒカリちゃん自身の用があったらそっちを優先させてね」
特に用事らしいことは演劇まで何も控えていない。
小春も渚も各々の所属する部活に顔を出さないといけないとかで午前中は暇している。
それに唯菜がこういった場合、大抵有無を言わさずに付き合わされるのがオチだ。
ライブに然り『LOVE香織』Tシャツを着ることの強要も然り……何だかんだで言って俺は唯菜の誘いに断れない。
「別に……予定とかないからいいよ」
「本当に!?じゃあ早速、並びに……って最後尾はどこです?」
こうしている間も視界外で生じている列の最後尾は徐々に長くなっているに違いない。
出入りもそこまで頻繫には確認出来ないことから回転率の悪さも伺える。
中に入る頃には正午になっているだろう。
「待つのも楽しみって言うし……二人で並べばあっという間だよ」
「それもいいかもしれないけど、本当にいいのかな?唯菜ちゃん」
「あれお兄さん。居たんですね」
「ずっと明里ちゃんの横にね……それより、せっかくの文化祭なんだし明里ちゃんと見て回ってきたらどうだ?列には俺が代表で並んでおくから」
「いいんですか?」
「勿論。明里ちゃんは俺とじゃなくて唯菜ちゃんと回りたいようだし」
そんな風な事は一言も言ってない上にアピールもしていない……が、陽一から唯菜への気遣いだというのは分かる。敢えてそう言ったのは自分との誘いはあっさり断ったのに、唯菜が並ぼうと声を掛けたらあっさり応じるような姿勢を見せたことへの意地悪だろう。
二十歳になっても俺は俺か。
そんな未来図に安心と不安の両方を覚える。
「じゃあ、順番が近くなったら後で連絡をするからそれまでは二人で楽しんで」
外見も中身もイケメンな陽一が一方的にそう伝えると最後尾を探して廊下の奥へと進んでいった。
「うーん。なんかお兄さんに悪いことしちゃったかな」
「本人が言ったことだし、いいんじゃない?」
三人で並ぶより反って一人の方が気が楽という心情もなんとなくだが察せられた。
それに二人には折角の文化祭だから楽しんできて欲しいという気持ちも偽りではないのだろう。
可愛い従姉妹達の為なら身体を張るのも悪くない……なんて考えも容易に共有出来る。
「よし。じゃあ、お兄さんには後で屋台か食べ物でも買ってあげてお礼するとしよう」
「確かにそれがいいかもね」
ポンと手を叩き、お礼の品を渡すことを決めた唯菜の案に乗る。
そして再びこちらに唯菜が振り向くと同時に右手が温かな感触に包み込まれ、ふと彼女の表情へと視線が吸い込まれる。
「デートだね。ヒカリちゃん!」
満面の笑みから放たれる表裏ない明るく元気な抑揚が心臓をドキッと脈打たせた。
普段から見せている笑顔であるのに、今だけは普段と違って見えた。
シチュエーションも関係しているのだろう。
文化祭なんて青春の醍醐味とも言うべき学生の一大イベントにこんな可愛い女の子から誘いを受けたのだから中身が男子高校生な俺でも喜ばない訳がない。
それに本来ならば……いや、この台詞は野暮ってもんだ。
今取るべき行為と向ける言葉や感情は一つ。
「行こう。唯菜!」
誰の目なんて気にしなくていい。
アイドルとしてステージに立つ時、同様……唯菜と一緒に何かを楽しむことに全力を傾ける。
~~余談~~
最近……自分の書いているストーリーが凝り固まっている様な気がして妙なつまらなさを感じていました。せっかくの文化祭イベントだというのに……辛気臭い話ばかりで書いていても面白くない。
そんな流れはもう終わりです!
白里唯菜という登場人物が来たからには私も思う存分二人の文化祭を楽しませます!
これは決意ですので、これ以降つまらねぇよと思ったら指摘して下さい。リアルの文化祭でこんな美女と回れなかった事実を拗らせて文章にしますので!!(女の子同士を想定して)
それではまたどこかの後書きにて……
~~予告~~
さらに余談なのですが、近々新作ストーリーの短編を二作品、公開しようと考えています。
一つは本作品の宣伝を兼ねた出張版の内容を……もう一つはSF要素を取り入れた現代バトルアクション系ローファンタジーです。そちらも近日公開しますので、是非興味があれば一読下さい。