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百〇二幕 IF/明里と小春①

「明里、今日も部活に行くでしょ?」


 渡り廊下を歩く明里は横に並んだ小春の質問に「うん」と答える。

 ラケットケースを持って体育館に向かう以上、部活に行くのは当たり前なのであるが小春は明里に会う度、決まっていつもそう尋ねる。


「じゃあ、今日もまた一緒に打とう」

「たまには他の人と打ちなよ」

「だって、一年生の中で明里以上に上手い人なんて居ないし……」

「別に私はそこまで上手くないよ」

「うわでた~その謙遜。新入生ながらにして、入部早々に先輩達と試合で勝利した上に六月の公式戦で結果を残した期待のエースが言ってもな~」


 入部した当時の明里は顧問の先生や上級生の先輩達からは次代のエースとして高い評価を受けていた。地域クラブチームでもかなり強豪のバトミントンクラブから来た新入生としても名が高かったが、それを確実のものにしたのは六月の公式戦でのこと。


 二年生を主体とするチームに新入生ながらメンバー入りした明里は一回戦のシングルスで見事なストレート勝ちを収め、市内でも屈指の強豪校が当たる大山戦でも辛くも勝利を手にし、続けて三回戦もなんなく突破していった。しかし、四回戦で優勝候補の選手と当たり善戦するも敗北。

 結果的に見れば、実力を兼ね備えた新人が居るという噂が大会では立つほどの有名人となる大きな功績を残したのであった。


「なにその説明口調……てか、実力で言ったら小春も負けず劣らずでしょ。それに先週の公式戦の団体戦でのダブルスで一緒にペアを組んだのは誰だっけ?」

「私です」

「なら期待のエースは小春も、なんじゃない?」

「でも、先生は明里の方が実力は上って言ってるけど」

「小春は筋がいいから、小学校から始めたばかりの私なんかよりもあっという間に上達するよ」


 明里から放たれる率直な評価に小春は満更でもなく笑みを浮かべる。


「えへへ、ありがとう」

「でも、当分は私の方が上かな。試合形式だったら私はまだ負けてないし」

「だから、追い付く為に私は明里と打ちたいんだよ」

「目先のライバルが私でいいの?上手い先輩とした方が上達はするよ」

「そうなんだけど……明里の方がやりやすいなって」


 明里の指摘はご最もであると小春もよく理解していた。

 しかし、引退試合の近い上級生達にまだ試合歴も浅く、実力も自分達と程遠い後輩達と時間を作って練習をしてもらうには勇気がいる。ましてや、二年生の先輩達を差し置いて自分から率先して打ちに行くのには小春にとってかなり気が重かった。


「まぁ、いいよ。私もどうせ率先して打ってくれるような相手は小春しかいないし」

「やった!明里ってば優しい~」


 二人で何度もしたやり取りに今更盛り上がりながらも体育館へと入る。 

 すると、既に上級生達が先に体育館へと入って練習の準備を始めていた。

 一年生の棟から体育館は一番遠く、ホームルームも少しばかり長く行われているため一年生の中で一番乗りした明里達も練習に遅れてやってきたかのような雰囲気に駆られる。


「お、明里に小春。一年生の中で二人はいつも早いね」


 長い黒髪のポニーテールを垂らしたバトミントン部部長を務める三輪雪美(みわゆきみ)が感心した風に優しく声を掛ける。


「直ぐに準備に加わります」

「ん、あ~多分もう終わるから練習の準備しなよ。そろそろストレッチとか始めるし……って、今日、一年生は外練(そとれん)日だっけ」


 体育館はバトミントン部の他にバスケットボール部とバレーボール部が使用する。

 体育館の半分をバスケ部が、その半分の半分をバレーボール部とバトミントン部が分け合っているため平日練習だとかなり狭い。そして、コートに立てるのは基本的に試合に入るメンバーと主に二年生の実力者のみ。一年生や他の部員達は体育館周辺で外周や筋トレ、ラケットを使用した自習練習が夏前までの主な練習メニューであった。


「私達は外で打ちます。先輩達の邪魔になりますし」

「ん~それもいいけど、明里は出来ればこっちの練習に参加して欲しいな。一応、夏の大会でも明里をベンチに入れるかどうかって検討をしているし」

「私が……ですか?」

「うん。経験を積んでおくという点では入れておきたいって先生も言ってる……なにより、入るだけの実力はあるって私も思っている」


 三年生でバトミントン部のエースとも呼べる部長から誘い。

 小春であれば目を輝かせて『参加します』と飛びつく……が、明里は……


「すいません。自信がないのでお断りします」

「えっ!?」

「どうして小春が驚いているの?」

「だって、試合のメンバーに入れるチャンスかもしれないんだよ」

「そうだね」


 明里は何のリアクションもなく肯定する。

 部活には意欲的に取り組む明里の飄々とした答え方に小春は些か疑念を持たざるを得ない。


「なら、いいの?逃がして」

「うん。いいよ、私はまだ先輩達と混じって打つほど上手くはないし……それに先輩達の大事な引退試合に一年生の私が入るのも申し訳ないっていうか……」


 明里が遠慮がちな性格であるのは重々承知していた。

 先月の団体戦も顧問先生から入る指示がなければ決してメンバーへ自主的に加わろうとしない。

 実力があることは隠さずとも、決してそれを前面に押し出してアピールしない。むしろ、他の先輩達を気遣ってか、メンバーの座を譲ろうとする控えめな姿勢に小春は呆れて溜息を吐く。


「明里、いい?部長は明里の実力を評価してるから声を掛けたんだよ。明里が自信なくとも、私や他の皆だって認めているんだから絶対に参加するべきだよ」

「そうかな……」

「そうなの!」


 食い気味に小春は明里を諭そうとするも、決して明里は聞き入れようとはしなかった。


「まぁ、小春の言うことも正しいだろうけど……無理に上級生と混じって参加しろって言ってる訳じゃないから。また今度、気が向いたら声を掛けて」

「……はい。すいません、三輪先輩」

「いいよ。じゃ、練習頑張ってね」


 手をひらひらと振りながら三輪は体育館の奥へと進む。

 その直後、彼女の合図で上級生達は集結して練習が始まる。

 一方で、残った明里と小春は荷物を体育館近くの渡り廊下の隅に置き、人の居ない練習場所を確保するべく先に移動する。


 風が吹きにくい体育館と格技場の間にあるコート一面分の狭いスペースを二人で陣取るとウォーミングアップがてらシャトルを使ったラリーを始める。


「あ~もったいない」


 打ち上げられたシャトルに不満を帯びた気持ちを乗せて明里へと打ち返す。


「なんで、小春がそんなにも残念そうなの?」

「私だったら絶対に掴んでいたチャンスを明里が無駄にしたから」

「じゃあ、小春が参加してきたら?」

「うわー、それマジの嫌味に聞こえるよ」

「それはこっちの台詞でもある」

「明里のは事実でしょ」


 次第に打つ力が強くなり、試合さながらの実戦が無意識のうちに始まる。

 会話のラリーはなくなり、ムキになった二人が打ち返すシャトルだけが宙を行き交う。

 暫く互いにミスすることなく打ち返し、明里が前後に揺さぶりを掛けながら徐々に体力と精神力を削って最終的に小春のミスを誘う。


「くぁぁぁぁ!!やられた」

「私の勝ちだね」

「むうぅぅぅ、もう一回!」

「えぇ、小春ってば結構負けず嫌いだから始まったら終わらないじゃん」

「その台詞、そっくりそのまま返してあげるよ!」

「分かったらちょっと休憩」


 近くに置いてある水筒で水分補給を行い一息入れるも、両サイドの方から聞こえる部活の賑やかな音で満たされた空間に二人は落ち着けずにいた。


「ねぇ、場所変えない?」

「ここ以外にいい練習場所ある?」

「探せばありそう」

「そう言って……もしやさっき断ったの実は悔やんでいるんじゃないの?」

「……っ、そんなこと……ない」


 噓だ。

 あまりにも噓を吐くのが下手な明里に小春はやれやれと首を横に振る。


「明里はもうちょっと素直になるべきだよ」

「小春が素直過ぎるんだよ。私は身の程を弁えているの」

「そういう性格、いずれ損するよ。チャンスは訪れたら掴む努力をしないといけないってよくお爺ちゃん言ってるし」

「良いお爺ちゃんだね」

「……ありがとう」


 変に素直な明里に小春はペースを乱される。


「でもね。小春……やっぱり遠慮って時には必要だと思うんだ」

「そうかな?」

「そうなんだよ」


 説得力がない。

 小春にとって三津谷明里とは自身にとっての良きライバルである友人でもあり、一人の選手として憧れを向けるに値する人物だと思っていた。

 口では控えめな発言を多くするものの、試合となれば……いざ勝負の世界に入った途端、明里は普段とは目の色を変えて自身の有する実力を十分に発揮しようと努める。

 

 例え、相手が誰であろうとも関係ない。

 目の前の相手に対して勝つ姿勢を向け続け、最後の最後まで手を抜かずに戦う。

 そんな真面目でカッコイイ背中に少なからず小春は羨望の眼差しを向けている。


「ま、肝心の本人のやる気がないからこれ以上、何を言っても無駄なのは分かったよ」

「何か言った?」

「ううん。何も、それより続きやろうよ。私が勝つまで」

「えぇぇぇ、いいよ」

「私、明里のそういう所は好きだよ」


 何だかんだ言いながらも小春との練習には真摯に付き合う。

 そんな明里を小春は心の底から友人と呼ぶに値する存在だと感じていた。

 しかし……その関係はそう長くは続かなかった。

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