百〇一幕 IF/文化祭⑤
懐かしい夢を見ていた。
どうして今になってあの思い出を夢の中で体験したのか……その要因は柔らかな温もりを感じさせる後頭部の下に敷かれた誰かさんの膝枕がそうさせたのかもしれない。
「あ、おはよ」
覚醒して真っ先に、頬の辺りに髪が掛かった小春の顔が映った。
「ぐっすり寝てたね。朝から動いてたし、疲れた?」
「まぁ割かし」
身体を起こそうとするも気を遣ってくれたのか、小春は「そのままで」と伝える。
膝枕されたままの新鮮な体験を感じつつも、いくつか質問をする。
「小春、どうしてここに?」
「人が居なさそうな場所を求めてここに。今日は屋上使えないから」
どうやら同じ理由みたいだ。
「こんな所に一人で寝てたら襲われるよ?」
「誰に?」
「うーん、私に?」
「襲う気あったら膝枕なんてしないでしょ」
「確かに」
他愛のない適当な会話。
話しているとやはり彼女は俺の記憶にある幸村小春とよく一致する。
緩くて軽い雰囲気は変わらず残っている。
むしろ、向こうの幸村小春の方を俺は知らない。
人見知りが激しく、口数が少ない彼女は俺の知っている幸村小春ではない。
いや、知らないのではなく変わってしまったと表現するべきなのだろうか。
それを確認するには元の世界に戻ってからでいい。
今はそれよりももう一つ、確認することがある。
「……なぁ、教えてくれないか?」
「嫌だって言ったら?」
「まだ、何も言ってないが」
「聞かなくてもなんとなく分かるよ」
「なら、教えてくれるまで意地でも頭をどかさない」
「これ、私の膝だけど」
「最初に乗せたのはそっちだ」
寝てた俺は不可抗力ってもんだ。
人生初。女子の膝枕をこうして別の身体を通じて体験していることには凄く気分がいい。
しかし、過去に告白してふられた相手から膝枕をしてもらっていることに些か複雑な心境であるのは否めない。
それはともかく……今は本題に話を戻す。
「聞かせてくれ。過去に明里との間で何があったのかを」
「……なんでそう思うの?前に一度、私達の間に因縁関係なんてないって私は言ったと思うけど」
「果たして、それは本当に解消されたのか?」
その問いかけに小春は難しい表情を見せる。
「やっぱり浅からぬ因縁がまだあるみたいだな」
「うん。あるよ……少なくとも私はそう思ってる」
今度はやけに素直な態度で認めた。
少し溜息を吐いた小春は「なんで分かったのか」と尋ねる。
「写真を見たんだ。まだこっちに来て間もない頃……明里の部屋にあった写真を見つけた。ラケットを持って仲良さげに写っている明里と小春の写真」
「……!」
そこに映る二人は間違いなく誰がどう見ても仲が良かったのが伺えた。
本心から仲の良さが滲み出る印象に残ったあの写真と今の二人を比較すれば過去に何かが起きた……正確に言えば、あの写真以後に何かがあって仲違いした。あるいは、二人の関係が引き裂かれた事件があったと推測出来た。
そして、反応を見るに起きたのは恐らく後者であろう。
少なくとも仲違いしたのであれば明里はあの写真をラケットの近くには置いていないで破り捨てているであろうし、それを聞いた小春もまたこんなには動揺しないだろう。
「覚えがあるみたいだな」
小春は小さく頷く。
「もう失くした……ううん、捨てたんじゃないかって思ってた」
その事実を知った小春は嬉しそうに口元を緩めながらも震えた声で言葉を紡ぐ。
「良かった……明里、まだ持っててくれているんだ……」
ポツリポツリと小さな雫が頬に落ちる。
自分からでは触れづらい一つの事実を知り、それが張り詰めた小春の心境に大きな緩みを与えた。
そんな温かな涙を流す様子に不思議と俺も安堵した。
そして、改めて尋ねる。
「教えてくれないか?二人に何があったのか」
ぐしゃぐしゃになった顔を挙げ、手で涙を拭ってから小春「うん」と嬉しそうな笑みを見せた。