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百幕 IF/文化祭④

 文化祭初日の午後。

 午前中に行われた自分の中での二つのメインプログラムを無事に乗り越え、その後に待っていた校内新聞部のインタビューや写真撮影からようやく解放され、自由時間を確保出来たのは午後二時手前の頃であった。


 一般開放により、在校生の他にも他校から遊びに来る生徒や保護者、SCARLETの香織と春乃がアニマルメイド喫茶なる催しをしていると聞きつけてやってきた女性ファン達といった面々で校内は多くの人々で賑わっていた。

 特に香織の2ーCは大盛況といっても過言ではないくらい賑わっている。教室に入るまで一時間も待たなければいけないぐらい中は非常に混み合っており、ウェイトレス姿の生徒達が忙しく接客をしているのが一目瞭然。


 演劇が終わった後、香織に初日の文化祭を一緒に回るよう言われていたのだが……この様子だともう暫くはシフトに穴は開けられないだろう。

 仕方なく教室の前まで行って中の様子を拝見しながら通り過ぎようとすると……


「あ、あの!ポーチカの三ツ谷ヒカリさん……ですよね?」


 他校の高校生らしき制服を纏った二人組の女子生徒にいきなり声を掛けられ、少しばかり驚きつつも「はい……」と答える。


「やっぱり!やった、こんな所で会えるなんて!」

「私達、ラッキーだね」

「うん!」


 教室に入るための列に並んでいる彼女達はSCARLETのファンなのだろう。

 ヒカリの名で声を掛けたということは完全に外部生で明里とは接点がないのは明らか。

 ここはヒカリの一個人のファンとして対応する他ない。

 

「あの、写真を撮らせてもらってもいいですか?」

「SNSにあげないのであれば大丈夫です。せっかくなので、一緒に撮りませんか?」

「え、いいんですか?」

「もちろん」

「やった!!」


 我ながら珍しくファンサービス旺盛な言動に内心でしたり顔をする。

 嬉しそうに飛び跳ねる彼女達と交代で一回ずつ写真を撮り、最後は三人で撮る。


「ありがとうございます!」

「あの、今度のライブ絶対に観に行きます!」

「是非、遊びに来て下さい」


 三津谷陽一であれば絶対に言わないし、絶対に見せない唯菜から習ったアイドルスマイルで丁寧に対応する。そのまま、彼女達に別れを告げ、進行方向の通路奥へと進みながら先程のファンサービスを少しばかり回想する。


 あれ、普通に喋れてたな。


 普段の握手会とかであれば、緊張してぎこちない笑顔で変に声を上ずってしまい……ファンの間では人慣れしていない人見知りな性格と思われているらしい。


 アイドルになって三ヶ月。

 ヒカリとして色々と経験してきた俺だが未だに慣れないのがファン対応である。


 特に今みたいに面と向かい合って、初対面の人に物怖じせず可愛い自分をアピールするというのがどうにも不慣れで仕方がない。

 無論、不慣れなのは当然と言えば当然なのだが……こればかりは一向に良い方向に転ずる未来が全く見えない。


 ルーチェのファンみたく初めから塩対応を求めてやってくる変な奴らとは違い、ヒカリのファンは香織みたいな清楚で可愛いイメージを持ってやって来る者が多い。それ故にファン対応では気丈に振る舞って当たり障りのないような印象を受けてもらいたいつもりでやっているのだが、現実では理想とかけ離れた不器用な印象を与えてしまっている。


 まぁ、それが逆に香織と違ってイイと一部では人気を博しているから悪いとは否定し辛い。

 にしても……祭りの雰囲気に乗じたのか、今日やけに自然な対応が出来ていた。

 緊張もしなければ変に構えることない。

 割と理想的なファン対応が出来たと自分の中でテンションを上げる。

 

 しかし、これがこう何度も続くのは精神的にしんどいので、少しでも休める空間を探していると人気のない中庭へと出る。


 ここは先程まで軽音楽部が野外ステージで使っていたようだが、今は終了して誰もいない。

 これから二時半から四時にかけて記念講堂では全国大会毎年常連の吹奏楽部の演奏やそれとコラボした新たな企画が成され、体育館では渚の所属する演劇部による劇が始まる予定。その他にも記念講堂を駆使したステージ企画が目白押しで行われるということで今頃、講堂の席は人で溢れかえっているに違いない。


 時間があれば渚の演劇でも観に行こうと考えているが……今はこの中庭に聳え立つ大きな木の下のベンチに腰掛け、涼みながら休むとする。

 

「ふわぁぁぁ……眠い」


 木陰に吹く風が気持ち良くて眠気がそそられる。

 まぁ、眠くなるのも当然。

 なにせ、今日は朝七時から学校に来てオープニングセレモニーのリハーサルを行っているのだから。そのせいで午前中はずっと身体や気を張りっぱなしでもう……色々と疲れてしまった。

 人も居ないのだし、少しくらい寝ても別に構わないだろう。


 長椅子のベンチに身体を横たわらせ、そっと瞳を閉じて睡魔に意識を委ねる。

「あれれ、今日はこんな所でスヤピかな?」


 最近、屋上に行くと邪魔されることが多い。

 成長期に入ってからというもの、今までよりも睡眠時間が増えた。特に昼食を終えた午後の授業なんかは大半の時間を睡魔との戦いに時間を費やしていて全く授業に集中出来ない。

 

 別段、授業を真面目に取り組んでいる訳ではない。

 だが、この後の授業の教師はとにかく寝ている生徒に対して厳しく指導する。

 怒られれば下手に目立ってしまうので、出来ればこういう空いた時間で仮眠を取っておきたいから普段とは趣向を変えて、校舎裏のテニスコート付近のベンチで寝ていたのだが……彼女は現れた。


「……何の用?」

「うわ、嫌そうな顔。別にそのまま寝ててもいいのに」

「って言って、いつも話しかけてくるよな」

「君、普段はつんけんしているけど話せば意外にも話してくれるから」

「じゃあ、話さない」

「次の授業、社会科の先生なんでしょ。あの人、寝ていると怖いからね~。お昼ご飯の後にあの授業ってツイてないね」


 いつもの流れで空いた横に座っては寝ている俺へと問答無用で話しかけてくる。


「なぁ、なんでいつも来るんだ?友達いないの?」

「そういう君は?」

「見ての通り」

「じゃあ、私と同じだね」


 同じという意味がよく分からなかった。

 クラスに友人と呼べるような者が居ない俺とは違って彼女……幸村小春は友人がいないことはない。少なからず同じクラスの女子友達と三人で話しているのは見かけたことがあった。


 しかし、その彼女達が小春にとっては友達ではない。

 そうにも捉えれる言い方であっさりと認める様子に深くは触れようとは思わなかった。


「ね、学校は楽しい?」

「見ての通り」

「つまらないなら何で来てるの?」

「行かないと親に心配される」

「へぇー、真面目なんだ」

「馬鹿にしてんの?」

「褒めてるの」

「あっそ。そういうあんたは?」


 同じ質問を尋ね返す。

 すると、幸村小春は本音を吐き出す。


「物凄く楽しくない」

「……」

「小学校の頃から上がってきて知っている友達も中にはいるけど、その子達も今はみんな変わっちゃって……私は全然馴染めない。それどころか、私は……」


 悔しそうに唇を嚙み締めながら教室内での出来事を回想する様子に俺は横目で表情を伺う。

 出会って二か月経つ。

 会う度にどこか悲壮感を漂わせては辛い何かを胸の内に留め、笑顔でひたすらに隠そうとする。


 そんな彼女が珍しく己の心境を半ばぶちまけるように声を荒げた。

 その様相から容易にクラスにおける彼女の立ち位置がなんとなく目に浮かんだ。


「あんたの気持ち……分からなくはないよ」

「どうして?」

「俺もよく香織と比較されて裏で色々と言われているし」


 似てない。

 本当に双子の兄妹なのか。

 優秀な妹の背に隠れたひねくれもの兄。


 中学一年生の同級生達は面白がって好き放題言ってくる。

 人の気持ちなぞ推し量ろうともせず、己の面白さを周囲に証明するため誰かを陥れて目立とうとする。本当にウザイ連中。


 そんな奴らと到底絡む気も起きなければ、仲良しごっこをするつもりもない。

 だから、こうして俺は一人で居る。

 その方が気が楽だし。


「君は強いね。一人でも学校に居続けられるなんて……私には無理。だからこうして、誰かと一緒に居ようと必死になってる。例え、一緒に居たくなくても……あ、君は大丈夫。君と居ると何だか楽しいって思えるし」

「あっそ」

「まぁ、それに君は一人じゃないでしょ。香織ちゃんだっているもん」

「あいつとは仲良くないから」

「喧嘩しているんだっけ。この間、話したから知ってるよ。それにお兄ちゃんと仲良くしてあげてって言われてる」


 あいつ、余計なことをいいやがって……


「ふふっ、どっちが兄でどっちが妹なんだろうね」

「今度こそ馬鹿にしてるだろ」

「そうかも」


 クスクスと笑う彼女に不思議と嫌な思いはしなかった。

 笑っている様子にどこか嬉しさを覚える反面、表では普段通り呆れた顔で「うざ」と小声を返す。

 

「あ~なんか段々と暑くなってきたね。最近、屋上に居ないのはもしかしてそのせいかな?」

「あんな遮蔽物のない場所で昼は過ごせない」

「確かに。にしても君は一人になれる天才?こことかよく気付けたね」

「この時期は暑いからみんな外じゃなくて中で昼を過ごすだろ。だから反ってここが空いてたりするんだ」


 単純且つ明快な解を述べる。

 

「じゃあ、夏休み前まで暫くはここで過ごそうかな。私も」

「来るな」

「そう言っている割には嬉しそうだよ」

「この顔をよく見ろ、凄く嫌そうな顔してる」

「そうかな?捉え方次第だよ」

「うざ」


 ああ言えばこう言う。

 いくら突っ張ねても諦めずにしつこく関わろうとする。

 そんな性格の一面がある人物と重なって初めの頃は嫌いだった。

 しかし……

 

「じゃあ、またね。明日のお昼にここで」

「ん……」

「うん。また……」


 お昼の終わりを告げる五分前のチャイムが鳴り響くと同時に彼女は元の教室へと戻って行った。

 校内に消えるその背中を見送って暫くしてから授業の始まるチャイムが鳴り響く。

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― 新着の感想 ―
[一言] 中学時代の陽一くんはやっぱりツンツンしてますね~。ここから初恋に発展するのなんか良いですね!
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