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九十九幕 IF/文化祭③

 中原学園正門前から自転車置き場を抜けた先の校舎前までの間、文化祭に参加するための受付に長蛇の列が形成されていた。


「最後尾はこちらでーす」


 委員会に所属する誘導係員の指示に従って私服着の明里とルーチェは最後尾に並ぶ。

 前を見る限り中に入るまでは十分以上はかかる。

 そのことを見越したルーチェは嫌そうな顔で踵をくるりと返そうとする。

 

「引き返さない?」

「ここまで来て?」

「そもそも、何で貴重な休日をたかが学生の遊び程度の文化祭なんかに費やさないといけないの!」

「いいじゃん。そう言いながらも、昨日二つ返事で行くって言ってたけど?」

「一時の気の迷いってやつよ。てか、やっぱり学校って空間は私には合わないわ~」

「まぁまぁ、せっかく来たんだから少しは楽しんで帰ろうよ」


 文句を言い続けながらも列に並ぶルーチェを宥めつつ明里は初めて目の当たりにする校舎を前に微妙な心情を抱く。


「この身体の陽一君はここの生徒……なんだよね?」

「そうだけど……急に何?」

「いや、本当だったらこうして並ぶ必要はない訳で……見て回る側じゃなくて中で楽しむ側なのかな~って思ってたら少し申し訳なく思って」

「変に気を負う必要はないでしょ。あいつだって、向こうの世界とやらで文化祭を楽しんでいるのかもしれないし。逆にあんたはいいの?」

「う~ん。どうだろ、私はそんなに学園生活が青春の一部だって思う様な人間じゃないからなー。それよりも、彼が上手くやっているかどうかが心配かも」


 自身の身体で過ごしているであろう明里の知らない男の自分。

 そんな彼が入れ替わった先の世界で一体、どう過ごしているのか。


 明里が想定している状況下であれば彼はかなり大変な出来事を多々経験し、色々な人物へ自身の中身が入れ替わっていることを悟られぬ様に演技をし続けているに違いない。 

 自分の身体を他人とも言うべき存在に操作されているよりも、馴染みのないであろう環境下に身を投じ続けている陽一の内面を明里は心配していた。


「てか、腕輪修復して戻って来たんでしょ」

「うん。一応、身に付けているよ」


 透明化で肌色と完全に同化している腕輪は外部には見えない。

 しかし、腕に嵌めている感触が明里には伝わっている。


「やっぱり戻れないのね」

「うん……ルーチェの言った通り」


 腕輪がヒカリの手元に戻ってきたのは二日前。

 修理を終え、正常に機能を取り戻した腕輪をヒカリが身に付けて一通りの動作確認を行ったところ、元の姿……この身体の主である三津谷陽一の本来の姿に戻ることが出来た。


 それに伴って入れ替わった二人の意識が元の状態に戻るかと思いきや、変わったのは外面だけであって内面は変わらないままであった。これにはジルもよく理解出来ておらず、腕輪の修理を依頼した際、開発者の父にこの現象を尋ねていたが、理解の得られる返答はなかったとのこと。

 故に、明里は未だ三津谷陽一がTSリングを介して変身した姿である自分の姿で生活を送り続けることを受け入れるしかなかった。


 いつになったら元の状態に戻るのだろうか。

 そんな不安感が日に日に募ることはなかった。むしろ、ルーチェから伝え聞いた話からすれば元の世界に戻る日は近いとさえ感じていた。


「そう言えば、ルーチェは誰から知ったの?入れ替わりの現象」

「彩香さん……知っているでしょ」


 松前彩香。明里の脳裏にポーチカのマネージャーを務めている彼女の顔が浮かぶ。


「うん。こっちで彩香さんとは会ったことがないけど」

「そもそも、こっちに彩香さんなんて人は存在しない」

「え?」


 意味が分からない……とはならなかった。

 明里はルーチェの放った言葉の意図を自分に当てはめて気付く。


「もしかして、私の知っている彩香さんって……」


 明里の予想を肯定するかのようにルーチェは頷いて淡々と答えを述べる。


「元はこっちの世界に居た綾華さんって人で……兄貴の想い人……」

 

 午前中に行われた2-Aによる演劇は無事に公演を終了し、オープニングセレモニー張りの大きな拍手に見舞われる中での幕引きを迎えることができた。

 初日の初公演での緊張感から解放された俺は大きく息を吐いて落ち着きを取り戻そうとしていた。

 すると、横の方か「お~い」と声を掛けながら駆け足で近寄る人物へと目を向ける。

 

「お疲れ様~明里」

「そっちもお疲れ」


 ナレーション役を務めていた渚とハイタッチした後に自撮りで記念写真を撮り収める。


「あっ、事務所に許可取らないと不味い?」

「SNSにアップしなきゃ大丈夫。まぁ、凪さんに自慢する程度に見せるくらいなら構わないけど」

「良く分かっているね~明里」

「想像つくよ。それより、お姉さんは文化祭来ないの?」

「来てるよ。わざわざ二日間もくるから……お姉ちゃんもコアなファンだよ。ま、無料でSCARLETライブが観れる上にヒカリちゃんと春ちゃんの演劇観れるなんて神イベントか!って叫んでたくらいだし」


 SCARLETとポーチカを好きな凪さんにとっては一石二鳥で且つ無料で最高なまでに楽しめるイベントなのは容易に理解出来る。


「じゃあ、演劇観てたんだ」

「あ~なんか、間に合わなかったっぽい。てか、演劇の前から保健室で休んでる」

「なんで?」

「一般開放が始まって直ぐに2-Cでやってるアニマルメイド喫茶に行ったらしくて……そこであの香織に大興奮してぶっ倒れたっぽい」


 凪さんらしい理由ではある。

 だが、熱狂的なポーチカファンで香織推しの人であれば同様な事例がこれからも起こり得るだろう。


「唯菜が同じ時期に文化祭で来れないのが不幸中の幸いかな」

「あ、そう言えば、ポーチカの関係者っぽい人が観に来てたらしいよ」

「それって男の人?」

「ううん。女の人。彩香さんって名前の」


 学園祭は基本的に男子禁制。学園に通う生徒の親族でなければ学園に入ることすら許されなていない。一方で、女性であれば誰でも入場は可能。

 故に、参加出来ないジル社長に代わって彩香さんが代わりに来訪したということなのだろう。

 

「渚、彩香さんどの辺にいたか分かる?」

「えっと……さっき小春と通路の方で話していたからまだそっちに居るんじゃないかな?」

「ありがと。先に挨拶してくる」


 俺と彩香さんに直接的な関係はないと言えども、彼女はポーチカのマネージャー。仕事関係の相手である以上、挨拶はしっかりとしておくべきだと思う。

 そう渚に告げて、早足で通路の方へと向かう。

 道中、行き交う生徒達に『お疲れ』『よかったよ~』といった言葉を受けながら歩いていると人気の少ない角で彩香さんと小春を見つける。


「あ、こは……」

「良かった。明里とは上手くやれているみたいで」


 その名前が発せられた途端、小春の表情に少し陰が落ちた気がした。

 近づいていけない様な雰囲気を自ずと察し、慌てて身を引いて二人から死角に位置する場所で話を聞く。


「どうでしょう……私はまだ明里と仲良くなれたとは思っていません」

「まだ、引き摺っているの?」

「いえ。ただ、なんと言いますか……あの明里は明里であって明里でないといいますか」


 お……オオイ!小春のやつ、なんてことを言い出すんだ!

 彩香さんに怪しまれるだろうが。

 その懸念を他所に小春は「いえ、何でもありません」と笑って誤魔化す。しかし、直ぐに表情を元に戻すと暗い顔で悩みの種を掘り返す。


「それにあの件は私が悪いんです。明里が私に怒っているのも当然」

「過去、二人の間で何があったのかは私もよく知らないけど……もしも、小春に思う所がまだ残っているならこのタイミングで吐き出す方がいいと思うよ。私もジルと、しょっちゅう喧嘩して……気まずくなり過ぎて全然話さなくなりかけた時もあったからね~」

「え、ラブラブな二人が……」

「ラブラブって……別に私とジルは付き合っている訳じゃないよ。ジルとは単なる昔所属していた劇団仲間」


 彩香さんはそう否定するも小春と同様に単なる照れ隠しからの言い訳でしか聞こえなかった。


「ま、とにかく!明日もあるんだし、早い内に決着をつけておきなよ。劇でやった風にね」

「……考えておきます」


 二人は一旦、話を終えると小春は校舎に繋がり出口に向かって歩き出す。

 その影が完全に見えなくなった所で彩香さんの顔が不意にこちらへと向けられた。


 ヤベ。


 別に後ろめたい理由はないが反射的に顔を陰に潜ませて無駄で何の意味もない足搔きをする。


「明里、出ておいで。それに顔を隠しているつもりだろうけど、頭のカチューシャが気になってさっきからチラチラ視界に入ってたよ」


 顔を出しの範囲を最小限に抑えていたつもりだが、どうやら耳を模したカチューシャでバレていたようだ。

 小春がいなくなった後に自然を装って出るつもりだったが作戦は失敗。

 仕方なく苦笑いを浮かべて物陰から出る。

 そのまま彩香さんの元まで近付き、一言を挨拶を述べた。


「明里も小春と同じ用?別にわざわざ挨拶なんてしなくてもいいのに」

「彩香さんはマネージャーですから挨拶するのが普通かと」

「今日はお客さん……もといこの学園のOBとして参加しているからあまり気にしないで」


 さらっと自分がここの卒業生であることを明かす。

 まぁ、卒業生でない限り学園関係者しか入れない通路にはいないか。

 それはさておき……


「あの、さっき小春と何を話していたのですか?」

「思う所があるなら早く清算しちゃいなさいって話。詳しくは小春から聞いて」

「分かりました」


 やはり教えてはくれないか。

 小春が中々話してくれない以上、事情を知る第三者から知り得る方が早いと思ったのだが……


「どう文化祭は楽しんでいる?」

「まぁ、割と楽しんではいます」

「演劇良かったわ。二人が主役の演劇なんて聞いた時は驚いたけど、上手くやっているようで安心した」


 そういう言い方されると余計に何があったのか知りたくなる。

 どうにかして聞き出せないか。話の切り口を見つけようと少しばかり思索に耽る。

 少しだんまりをきめていた俺に彩香さんはある質問を投げる。


「そう言えば、この間腕輪がどうこうジルに尋ねていたよね?」

「はい。TSリングについてご存知か尋ねようと……」

「え?」

「あ!いえ、何でもないです。あはは……」


 別のことを考えていたあまりついうっかりと口を滑らせてしまった。

 TSリングなる物が存在しない世界でそんな質問をしても変に思われるだけ……と思いきや、意外にも彩香さんはそれについて知っていそうな顔でこちらを見詰めていた。


「もしかして、明里……あなた……」

「お~い明里~、新聞部の人達が校内記事の撮影をお願いしますだってー」


 背を向けた通路の奥側から渚の呼ぶ声が聞こえる。


「あ、そうだった。撮影あるんでした!」

 

 この場を切り抜けるため、一つ小芝居を打つ。


「すみません彩香さん。私、行かないといけないので、それではまた……」


 急ぐような姿勢で軽く一礼してから俺は渚の居る方へと駆けた。

「別に逃げる必要なんてないのに……」


 姿が見えなくなった後で彩香はぼそりと呟く。


「まぁ、警戒されるのも無理ないか。正体を隠しているのは私もまた同じだし」


 もしもあの場で正体を明かしていれば彼女はどう反応しただろうか。

 そもそもの話、向こうの世界で私と彼女に面識があるのかすら怪しい。

 そう思わせる要因はついこの間、ジルの部屋で会った際の出来事。あの時の明里は妙によそよそしく、まるで初対面の時に戻ってしまったかのような距離感を抱いた。

 

 今し方気付いた事実を組み合わせれば、先程まで目の前に居た明里は別人。

 恐らくは向こう側から来た人間で……TSリングの新たな所持者。


 あの腕輪をジルが他の誰かに渡した理由について、詳しく知りたい気持ちもある。

 だが、それ以上に『綾華たる私』と同じ境遇の人物がいる事に対して同情と憂いを感じる。


「ジル……どうしてあの腕輪をまた他人に委ねてしまったの」


 あの悲劇以降……綾華の知るジルとは一度も会えていない。

 元の世界に戻る方法も分からないまま、綾華は彩香として四年という歳月を過ごしていた。

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