九十八幕 IF/文化祭②
「も~何で教えてくれなかったの!!」
文化祭期間中、休憩所となった空き教室に叫び声が響く。
人がいないことをしっかり確認してから不満をぶちまける級友に呆れ顔で宥める。
「シークレットゲストの意味分かってる?言っちゃたらサプライズが成り立たないから」
「でもでも~言ってくれれば、あんなちゃっちいペンライトじゃなくてちゃんとしたやつを持参したし、羽織も着て来た!」
「学校では止めて。恥ずかしいから……てか、そっちも恥ずかしいでしょ」
「そんなことない!って自信満々に言いたいけど、冷静になると恥ずかしい……です」
「それに、今日はヒカリじゃなくて明里としてステージに立ったんだから別にいいでしょ」
「ん~よくない!」
言い方が悪かったのか、渚は余計に意地を張ってしまった。
「だいたい、一緒に観れないなら観れないって一言欲しかったよ。始まる直前までずっと明里のこと探してたんだから」
「それはごめん。でも、観れないって言ったら絶対に追及されると思って……ほら、私口下手で渚のこと反って傷つけるかもしれないし」
「そう言って、甘えた風にして逃げ切ろうする癖……一年生から付き合いのある私にまだそんな常套手段が通用するとでも?」
ちっ……既に実行済みだったか。
性格面はや思考面はどう足搔いても女としての俺って訳だ。
そして、渚もまたそんな明里をよく理解しているが故に誤魔化しが利かない。
さて、どう言えば渚は納得してくれるのやら。
「まぁまぁ、落ち着きなよ渚。私達の出演は生徒会の人から妹の香織ちゃんや仲の良い周りの人にすら言わないように釘刺されていたからさ、明里が言えないのも仕方ないんだよ」
「う……そうなの?」
「まぁ、春乃さんに口止めされてたからね」
「それを先に言いなよ」
「ごめん」
お互いに強く当たってしまったことを謝罪する。
喧嘩ではなくただの言い合いで済ませられたことに内心でホッとする。
「それより、いつ出演が決まったの?」
「割とつい最近」
「うん。ホントに突然でびっくりしたよね~」
シークレットゲスト出演が決まったのはほんの四日前とか。
ここだけの話。明里と渚は本来ならばステージに立つことはなかった。
30周年の記念ということもありOBの中でも一番有名なアーティストを招待する予定だったらしい。
そのアーティスト名は俺もよく知る有名な人物で、現在進行形で週末の全国ツアーライブを開催している。そんな彼女が学園祭のオープニングセレモニーを飾ると知れば、大盛り上がり間違いなしだと聞いた瞬間は思ったが、急遽体調不良を起こしてしまったため今週末に行われる学園祭の出演を見合わせるとのこと。
学園側も今後のツアーに影響が出かねないという判断からシークレットゲストによるライブ中止を決定するも、文化祭を運営する委員会及び生徒会は代役を立てる案でオープニングセレモニーの企画は進められていた。
時間的な問題上、外部からの出演依頼は間に合わないことから在校生によるライブという案に至り、白羽の矢がポーチカの二人へと立ったというのが簡単な経緯である。
「なるほどね~明里の頼まれたら断れない性格が出ちゃったわけだ」
「想像して、生徒会と委員会の代表者の人達総出の会議室にいきなり呼び出されて、出演して欲しいって一斉に頭を下げて頼まられたら断れる?」
一度は断りを述べようと思いもしたが、人数の圧と生徒会の切羽詰まった表情や空気感から察して二つ返事で承諾してしまった。
「それは……断れない」
「でしょ。春乃さん一人で頼まれたら断ってたかも知れないけど、あの環境は無理だよ」
「私も同じ感想」
「あはは……でも、凄く盛り上がってたんだし良かったじゃん」
それはあくまでも結果に過ぎない。
「大事な文化祭のオープニングセレモニーなんだし……正直、私達に務まるとは思ってなかった」
「そうだね。春乃ちゃんがペンライトととか、色々準備してくれなかったらあんな風に会場をに賑わせるのは難しかったと思う」
小春の言う通り。
普段、ライブとかに参加したことがない淑女なお嬢様達も祭の雰囲気に流されて、普段とは違う体験が出来る気持ちから盛り上がっていたようにも思える。
そんな彼女達の気持ちに勢いをつけたのがペンライトやバックモニターを駆使したライブ会場の再だとすれば、春乃さんの準備による賜物であると言える。
「本人は私達を明日の実験台にしたとか言っているけど、ちゃんとイメージカラーに沿った一色だけのペンライトを用意しているあたり……本気なのが伝わってくる」
「春乃ちゃんらしいと言えば春乃ちゃんらしいよ」
何はともあれ、文化祭における最初の山場はこれで乗り越えた。
本番たる演劇は約二時間後。
再度調整中の劇衣装に着替えたりする準備の時間を含めれば一時間もない。
「さっきも緊張したけど……次も別の緊張しててヤバい」
「明里って意外にも緊張性だよね。ステージ上ではいつもあんな堂々としているのに」
「デビューライブの時とか、顔面蒼白でぶるぶる震えながら隅っこでうずくまってたもんね」
「なにそれ!写真とかないの?」
「小春、あっても見せないで」
「はーい」
あの返事からするとあるっぽいな。
向こうの小春は撮っていないと思うが、こっちの小春は性格に少し難有りなので撮っているに違いない。
「ま、それは後で明里がいない時に見せてもらうとして……折角の文化祭も始まったばかりなんだし三人で回らない?」
「そんな時間、あんまりないでしょ」
「気分転換だよ。気持ちを軽くして臨んだ方が良いパフォーマンスが出来るってもんだよ。演者さん」
「……否定できない」
「うん。賛成!」
「よし。行くよ~ほら立って明里」
腕を引っ張られながら強制的に渚へと連行される。
その逆サイドの腕を掴み、耳元に顔を寄せた小春が囁きかける。
「モテモテだね。君」
「……明里がな」
「わかっているよ。明里は私にない優しさがあるから……みんな、好きになっていくのかもしれないね」
「どういう……」
「ふふっ、教えなーい」
無邪気な笑顔のまま小春は腕から離れる。
前を向いて直ぐに面白そうな他クラスの出し物を見つけ「あっ、あそこ行こうよ!」と先陣を切って中へと入っていく。その後を追随していく形で暖簾をくぐって教室へと入る。
すると、その先にはメイド服を纏いし色んな動物の耳を模したカチューシャや尻尾のアクセサリーを付けた可愛らしい少女達が忙しく準備を進めている傍らで、来たお客さん達を持てなしている。
「ここってまさか……」
装いから察するにこのクラスの出し物は恐らく……
目の前の光景に呆然と立ち尽くしていると入り口の先で誰かと軽い口論を繰り広げていた少女が来店客の存在を指摘され、慌てて振り返っては小走りでやってくる。
「お帰りなさいませニャー、ごしゅじんしゃま……って、お姉ちゃんに渚……」
「え」
「え……」
猫のポージングのままアイドルスマイル全開で猫耳、猫尾を付けたミニスカメイドの格好をした香織に俺と渚は色んな意味で驚き固まる。
香織も追加のお客さんが明里と渚だと分かり固まっていたが、次第に顔を真っ赤に染め上げる。
直ぐにトレーで顔を覆い隠して恥ずかしがる様子を見せる。
当然と言えば、当然の反応か、
いくら身内に見られたと言えども流石にこんな格好をして動物属性を想起させる語尾でおもてなしするなんて到底耐えられっこない。
俺の知っている香織であれば開き直ってツンデレ的な発言をするだろうが、こっちの香織は明里に対して一切ツン要素は示さない。むしろ、陽一がここに居たら……戦闘開始に違いない。
「な、何をしにきたの?二人共」
トレーの位置をやや下げて、用件を尋ねる。
「……遊びに?」
「……(うんうん)」
渚も首を縦に振って同意する。
「ふ、ふーん。劇はこれからなんでしょう。いいの?遊んでて」
「息抜き程度には」
「……(うんうん)」
「息抜き……ね。あ、そうだ。さっきのライブ良かったよ、お姉ちゃん」
「ん?うん、ありがとう」
「出るなら教えてくれれば良かったのに」
「教えられないの分かってて聞いているでしょ」
「うん。ごめーん」
妙におかしい。
恥ずかしいのは分かるがさっきから色んな所に目線を飛ばしてはモジモジしながら話してくる。
いつもの気丈な振る舞いとは打って変わり、今日は珍しく感情が表に出ている様な気がする。
「あれれ~香織ってば、さっきからお客様を中に通さないで何をしているのかな?」
先程、口論の相手であったもう一人の猫耳メイド娘がニヤニヤと口元を緩ませながら肩を掴んで仕事をするよう促しにくる。
「ちょっ、春乃……」
「ほらほら、お姉ちゃんも早く接待してくれないのかな~って待ってるよん」
「接待って……もう、分かったわ」
香織は分かり切った煽り行為に手を強く握って怒りを抑える。
他のクラスメイトが見ている以上、声を荒げることは出来ない。
大人しくアニマルメイド喫茶の一員としての役割を果たすと覚悟を決めた香織は再び、全力全霊のアイドルスマイルを浮かべてなりきる。
「二名のお嬢様、追加でごあんにゃいしまーす!」
猫っぽく言葉遣いを変えて、席へと案内する。
「こちらメニューとなりますニャ。ご注文が決まったらお近くのニャー達にお伝えしてくださいニャ」
「は、はい……」
プロ意識高めの演技力に思わず敬語で応答してしまう。
周囲で同じ様に役になりきって接客している香織のクラスメイトも凄いと言わんばかりの表情で一連の流れに注目を集めていた。
「あ、ちなみになんですが、スペシャルメニューだけは絶対に選ばないで欲しいニャ」
スペシャルメニュー?
どういったメニュー内容なのか気になり、メニュー表の裏側をめくる。
そこには大々的に『2ーC限定!特別サービスメニュー!!アニマルメイドからの『あ~ん』して食べさせてもらおう!!!』と書かれていた。
読むだけでどういったサービスなのか、一瞬で理解出来るこのメニューの考案者が誰であったかも同時に察した。
「おやおや、店員さんがそんなことを言っちゃダメだニャ~」
「第一、私はこんなサービスをやるって了承した覚えはないんだけど!」
「従兄妹の陽一君はともかく、お姉ちゃんの明里ちゃんならしてあげてもいいんじゃニャい?かおにゃんが~昔、やってもらってたいみたいに……」
怖いもの見たさで、ここぞとばかりに香織を煽り散らす。
「なっ!?どうしてそれを……」
「あ、やっぱりしてたんだ。シスコンの香織ならしてもらっててもおかしくないって思ったけど……」
「春乃、いい加減に……」
完全に春乃さんのペースにハマった香織は怒りを露わにする。
教室内とはいえども、流石に我慢の限界を迎えかけている。
そのフォローを入れるべく一先ず、注文を頼む。
「あ、オレンジジュースを一つお願い」
「私もコーラで」
一旦、冷静さを取り戻して笑顔に直した香織は「かしこまりましたニャ」と言って商品を作りに裏へと下がる。苦笑いを浮かべた春乃さんの手をしっかりと掴んだまま。
「……多分、当分の間返ってこない気がする」
「だね。それよりも小春ちゃんは?」
「あ~それならあっちで……って、あれ居ない」
さっきまで窓側の席に居た様な気がするが、今は教室のどこを探しても見当たらない。
「どこか行っちゃったのかな?」
「さぁ、分かんない」
「それより、明里ってば小春ちゃんとそんなに仲良かったっけ?」
「え、どうしたの急に?」
「二人が同じグループだから仲は良いと思うんだけど……ついこの間までずっと下の名前じゃなくて苗字で『さん』付けだったから」
「あ~それは……まぁ、改めて仲良くしようよって話しただけ」
下手に誤魔化すよりも事実を交えて話す。
「へ~そうなんだ。なんか意外」
「なんで?」
「だって、明里ってば小春ちゃんのこと最初は好きじゃないって言ってなかったっけ?」
え?それは意外な事実なのだが……
「中学校の時に何か色々とあって、それ以降から仲良くなくなったって前に話してたじゃん。掘り返すとあんまりいい顔しないから今まで聞かなかったけど」
「うん。まぁ、色々とね……」
明里と小春の間に過去、何があったかなんて俺も知り得てはいない。
屋上で正体がバレたあの日に小春は何か因縁めいたものがあるとほのめかしていたが詳しいことは一切教えてくれなかった。
だが、明里が過去に小春のことを『好きじゃない』と言っていたのだとすれば、渚が思うようにあまり良い関係を築いてきてはいない。むしろ、後ろめたい過去が二人にあるのだと分かる。
「だから、ちょっと心配してた。明里と小春ちゃんが二人で劇をやることが決まって」
「うん。でも、大丈夫だと思う。今の私達なら」
「それはもうわかっているよ。二人のライブ、息ピッタリで何だか迫力も凄かった。唯菜ちゃんと組んでいた時とはまた違う明里が観れて楽しかった」
そう真っ正面から評価されると少し照れる。
「渚ってば本当にガチのポーチカファンなんだね」
「いつもあんな熱烈なエール送っているのに……なんか今更感ないかなー、その台詞」
「いつも応援してくれてありがとう。渚ちゃん」
アイドルっぽく上目遣いで『ありがとう』を媚びて伝えてみる。
「なにそれ……」
「あれ、お気に……」
「めっちゃ良かったからもう一回やって」
スマホカメラで記録に残したくなるくらいお気に召したようでなにより。
けど、記録に残すのはNGを出す。
「あ~全然ジュース来ないなぁー、まだ二人は奥で言い合っているのかな」
「長いよね。そろそろ夏南から連絡がきそう……って言ったらきた」
談笑して待っていると衣装係の夏南から連絡が入る。
「あ、そろそろ戻ってきてだって」
「まだ時間あるのに?」
「色々と準備があるからって」
「は~仕方ない。直ぐに戻りますか」
「だね。香織達も戻ってこないし」
近くに居るメイド服の女子生徒達に伝言を残して記念講堂付近にある衣装部屋兼更衣室へと向かった。




