九十六幕 IF/文化祭準備③
時は少し流れて……文化祭本番、二日前。
「お~似合ってるよ!明里」
明里のサイズを採寸した金曜日から水曜日に掛けて、学校での時間を大半衣装作成に時間を費やした夏南と美悠から出来上がったばかりの衣装に着替えた明里を目の当たりにした渚は思わず感嘆な声をあげる。
「なんか、恥ずかしい……」
二人から渡された衣装に着替えてみたものの……改めて人に見せると恥ずかしさが。
白いノースリーブシャツの上に赤色を基調とした両肩が大胆に出る肩紐と襟付きコート。下は丈約40㎝で太股が半分も露わになる白いゴムスカートとオーバーニーソックスを履いている。
全体的に露出は控えめではあるが、見るところによっては大胆にも映り兼ねない。
制作に携わった二人曰く、これでも大分露出を抑えた丈の長いドレス風コートに仕上げたとのこと。
「ちゃんと尻尾とカチューシャまで付けていると……明里が本物の獣人娘に見える」
主人公は獣人の娘。
種族は獅子族で、獣王の愛娘という設定。
姫っぽくはない好奇心旺盛な活発系少女をイメージでしたそうだ。
どことなくヒカリに寄せた感じはするがアイドル活動の明里を知る二人なら有り得そうだ。
「ん~私的には大満足しているけど、衣装デザインをした美悠はどう感じてる?」
「私も夏南と同じで完成度に文句の付けようがないって正直驚いてる」
美悠の衣装デザインもさることながら細部まで拘って、こんな短い期間の中で忠実に再現する夏南の衣装作成もかなりの腕だと評価出来る。
「いや~作ったかいがあったもんだよ」
「うん。コスプレ衣装感は否めないけどこれはこれで物凄くアリだよ」
「コスプレって……衣装デザインしたのは美悠でしょ。てか、作ってて思ったけどこの衣装、色々と美悠の願望が詰まり過ぎじゃない?肩とか、足とか」
「そうかな?明里ちゃんなら絶対に似合うと思って描いてたから色々と挑戦したくなったのかも」
「それは分かる」
いや、分かんないから。
そう内心でツッコミを入れていると正面に立った渚が許可も無しにカメラで撮影を始める。
「うん!いいね。カメラ目線を頂戴」
「何用それ」
「自分用でもあり、学校のプロモーションビデオ用でもあるかな。生徒会の安達さんに頼まれて」
ちゃっかり撮った映像を自分の手元にも残るよう手筈している所は抜かりない。
「あ、なら私もいいかな。自分で作った作品をデータとして残しておきたいし。後で調整しないといけないかもしれないから何枚か撮らせて~」
「じゃあ、私は今後の資料用に」
資料用の意図はよく分からないが、二人には作ってくれた感謝もあるので存分に撮らせてあげたい。だが、渚……君はその写真と動画を悪用しそうな臭いがしてならないので駄目だ。
なんてことは言えず、思うがままに三人の撮影に付き合うこととなった。
「うんうん。明後日が楽しみだ」
「そう言えば、劇の方は順調なの?」
「台詞とか動きはある程度覚えれたかな。まぁ、監督が未だにラストをどうするのか悩んでいるのが怖いけど」
『え?』
この衣装だけではなく、その他の主演者の衣装製作に携わって被服室に籠りきりだった美悠と夏南は演劇の練習内容及び演劇の内容すら殆ど知らない。
故に本番二日前にして監督である柚野さんが未だラストをどうするのか迷っていることに若干の困惑を覚えているようだ。
「それって大丈夫なの?」
その問いを俺よりも事情に詳しい渚が説明をする。
「最後の終わり方をどうするのか悩んでいたんだけど、もう解決したかな……」
首に掛けたカメラを下してはなんだか申し訳なさそうにこちらを見詰める。
「ごめん。明里……もしかしたらキスシーンが入るかもしれない」
「え?どういうこと?」
「えっと……リアルな方の美女と野獣って、美女の愛によって野獣の呪いが解けてハンサムな王子の姿に戻るじゃん。それで、最後は結ばれた二人のキスシーンで物語が終わる……的なことを試しに言ってみたら、目を輝かせて『採用!』って……」
渚は軽いノリで言ったみたいだが、シナリオに行き詰っていた柚野さんなら観客も湧く最後の終わり方の一つとして取り入れ兼ねない。
そもそも、演劇のテーマとして『美女と野獣』を用いているのであって、世界観やストーリーは全くの別物として一から脚本を練ってきた。最後の最後でリアルの方を取り入れるというのは些か路線が逸脱したようにも思える。
そもそもの話、主人公とヒロインの性別は同じであることから決して恋愛的な感情に発展するような内容でもない。終わり方には、種族が違う者同士でも決して分かり合えないことはない……みたいな感じで幕を閉じる流れがベターな気もする。
だが、柚野さんはインパクトのある終わり方を求めている。
その一つの手段がキスシーンだと言うのであれば、中盤後半から終盤にかけて今から色々と変更を加える必要が出てくる。
「どうしよっか。正直、私もキスシーンを入れるのは少し厳しい気がする」
「止めさせる以外ないでしょ。二日前にして……しかも、時間がない中で話の変更なんて到底……」
「いいんじゃないかな」
セミロングの髪束を後ろで一つ結びしたエプロン型ワンピースを着用した村人娘の衣装を纏ったもう一人のヒロインである小春はキスシーンを容認する。
「私は全然構わないよ。女の子同士だから……問題ないでしょ」
女の子同士……ね。
全て事情を知った上でそう促してくるあたり、単純に俺を揶揄って提案しているのは容易に見抜ける。悪いがその手に乗る気は毛頭ない。
「この際、私情は考慮に入れないとしても現実的な側面でキスシーンは色々と問題が……」
「そうかな。本当は明里がやりたくないだけなんじゃない?キス」
「別にそういう訳じゃないよ。ただ、友情系の終わり方がベターだって言っているだけ」
「その感じだと二人で手を繋いで仲良く笑い合って、終幕って感じだけど本当にお客さんはそれで満足するのかな?前にも言ったよね。私達は表現者だから飽きない工夫をしないといけないって」
言った気がする。
お盆明けのライブの楽屋で香織から教わった精神を二人に向けて語った記憶がある。
「くっ……否定できない」
「でしょ。それに唇を重ねるだけがキスシーンじゃないよ。上手い具合に顔を重ねてあたかもしてる風に見せるだけでも平気なんだからさ」
小春の意見に渚も顎に手を当てて「確かに、その手があったか……」と同意していた。
夏南と美悠もワクワクしながら話に耳を傾けている。
これは完全にやる流れで話がまとまりつつある。
それに多少なりとも、大胆な終わり方をする方が劇の内容としては盛り上がるかもしれない。柚野さんもそこを意識してラストシーンについて考案を練っていたのだとすれば、キスシーンをやらないことへの反論の余地はない。
「分かった。やろう」
「決まりだね。柚野もそれでいいよね?」
背後の方に振り返って尋ねると親指をグッと立てた柚野さんが机裏からひょこっと顔を出す。
「いやぁ~助かったよ、こはるん。私じゃ言い出し辛くて」
「別に柚野から言っても明里は納得してくれたと思うよ」
そんな安請け合いをする訳ではないが……多分、根負けして引き受けていたに違いない。
頼み事を断れない性分であるが故に柚野さんみたく物腰低くして縋りつかれたら断れないのはある意味では俺の短所と言えよう。
「えっとね。私はどちらかというとあかりんじゃなくてかおりんの方が……怖いです」
「香織?」
「うん……私がこんな提案したって知ったら…怒られそうで怖い」
そうなのだろうか。
別に怒りはしないとは思う。
こっちの香織は多少姉に対する好意が強いだけで、『姉が自分以外の誰かに奪われたくない』なんていう独占欲はないだろう。
「取り敢えず、あかりんの合意も得られたということで早速、練習したい所なんだけど……」
パンと手を叩き、窓の外に目を向ける。
時計の短針が示す針は午後四時を指し示している。
夏が終わりを迎えて秋に変わるにつれて夕陽が出る時間も少しずつ早くなる。
「今日は時間も時間だし。明日の最終日にリハーサルがてら調整する形でやろう!」
「だね。今日はこの後、私達はある場所に行かないといけないから……ね、明里」
ん……この後、何かあっただろうか……ってあったわ。
「もう時間だっけ?」
「四時半から」
「え、そろそろ急がないと……」
「今日、レッスン?今週、休みって言ってなかったっけ?」
「あ~違うんだけど……ごめん。ちょっと言えない」
これは一応、秘密事項に抵触するので他の誰にも言わないようある人物から口止めされている。
一先ず、時間も時間なので衣装着から文化祭のクラスTシャツに着替えた俺達は急ぎ足で教室を後にした。