9.食材を増やしていきましょう
廃屋にお邪魔してから三日間。
夜はフォルカ様の尻尾を布団代わりにのせてもらうことで、私は風邪を引くことも無かった。
昼間は森から採ってきた双子ベリーや木の実でお腹を満たし、魔力が戻るのを待つ間、廃屋の中を軽く掃除していく。
幸い、柄が折れていたものの箒が見つかり、森にはハガキ程の大きさの葉っぱもあったので、雑巾代わりにしてホコリや汚れを落としていった。
「だいぶ綺麗になったかな?」
「きゅっ!」
お手伝いをしてくれたコンが頷く。葉っぱをくわえ器用に、ホコリを集めてくれていた。
「よしよし、っと。もうすぐ夜になるし、召喚術を使ってみるね」
この二日間で、魔力は回復しているはずだ。
塩むすびを召喚した後に感じただるさはすっかり解消している。
川で洗った鍋の上に手をかざし、私は呪文を唱えた。
『揺らぎの門よ開け。そは波にして霞である。望みのまま、あるべき姿へ現れたまえ』
光と共に、ざざあっと。
鍋に白米が落ちていった。
「精米済みのお米一合を召喚……!」
召喚術というのは、対象が複雑である程魔力の消費が大きいらしい。
そこで塩むすびではなく白米単品、炊く前の状態をイメージしてみたら成功。
少しふら付くくらいで、気絶はせずにすみそうだ。
鍋を手に、私は窓の近くへ向かった。
窓際には、水をたたえた壺が置かれている。
廃屋内で見つけた壺に、川の水を浄化の魔術をかけ入れてあった。
水の残量に気を付けつつ、しゃこしゃことお米を研いでは水を窓の外に捨てていく。
研ぎ汁がほぼ透明になったら、新しい水を注いでしばらく置いておくことにした。
今は春だから、だいたい40分くらい待てばいいかな?
時計が無いから、正確な時間はわからないんだけどね。
「……そろそろかな? 水を入れ替えてっと……フォルカ様、加熱をお願いしますね」
《うむ、任せておけ》
火はフォルカ様の担当だ。
三脚に置かれた鍋の下に、ぼうと小さな火の玉が浮かんだ。
煙も無く燃えていて不思議だが、しっかりと熱は放出されている。
鍋に蓋をして見守っていると、ぶくぶくと音がしてきた。沸騰だ。
2分ほど待ち、その後は火を弱めてもらい3分ほど、更に弱火にして7分ほど炊いていく。
「これくらいかな?」
蓋を開けると、ほわり。
水蒸気と一緒に、お腹を刺激するお米の良いがあふれ出してくる。
水は全て蒸発していて、ツヤツヤの白米が、鍋の中で食べられるのを待っているようだ。
《ちょうど良い具合のようだな》
鍋を覗き込んだフォルカ様が、黒い鼻をすんすんと鳴らしていた。
「フォルカ様の火のおかげです。今取り分けますね」
拾った枝を洗って浄化の魔術をかけた即席お箸で、白米をよそっていく。
お皿もこれまた即席の、浄化の魔術をかけた葉っぱだ。
浄化の魔術は食べ物以外にも有効なようで、とても助かっている。
「まだ熱いから、念のためコンは気を付けてね」
「きゅっ!」
コンは頷くと、ふーふーと息を吹きかけている。
熱い料理に対する行動は、聖獣も人間も似ているようだった。
「いただきます」
手を合わせ、箸で白米を口へ運んでいく。
「はふはふっ」
ふっくらもっちり。
お米の粒が立っていて、美味しさと熱が口いっぱいに広がっていく。
炊き立てのご飯は、それだけでご馳走だった。
《これは美味いな。塩むすびも良かったが、やはり温かな米は良いものだ》
「わかります!」
フォルカ様の言葉に深く頷く。
米の甘さと温もりが、体中に染みわたっていくようだ。
思えば私、こうして温かい料理を食べるのは久しぶりな気がする。
捨てられる前村にいた頃は、カチコチのパンと野菜クズのスープだけが食事だった。食べられるだけありがたい毎日だった。
フォルカ様に感謝しつつ、私は白米とデザートの双子ベリーをお腹に収めていったのだった。
☆☆☆☆☆
それからの十日間を、私は食べて寝ての繰り返しで過ごしていた。
……怠けてたわけじゃないよ?
魔力の回復速度は、睡眠をとることで上昇するらしい。
召喚術で食材を作り食事をし、軽く運動をして眠りにつく。
その繰り返しで、私もそれなりに、召喚術の勝手がわかってきた。
「白米、塩、しょうゆ、味噌、海苔、梅干し、キュウリにトマト」
葉っぱ製のお皿の上に、ずらりと召喚術の成果が並べられている。
どれも前世の記憶から作り出した食材だ。
…転生後に口にした食材は、悲しくなるくらいレパートリーがないものね。
召喚術の行使の際、一番魔力を持っていかれたのは海苔、次に味噌だった。
どちらも加工食品だかろうか?
最初は海苔はハガキ程、味噌はスプーン1杯分ほどしか作りだせなかった。
反対に、比較的作りやすかったのはキュウリとトマトだ。
どちらも生のままでも食べられるため重宝している。
今後も野菜を中心に、食材を増やしていくつもりだ。
「……召喚術さえあれば、食材には困らなそうだけど……」
調理器具が足りなかった。
廃屋内にあったのは鍋と三脚だけ。枝の箸も葉っぱの皿も、森から拾ってきたものだ。
浄化の魔術で食中毒は避けられるとはいえ、調理方法はかなり限られてくる。
今のところ召喚術は口にしたことのあるもの、つまり食べ物のみしか作りだせないでいた。
「このままじゃ、きつねうどんも作れないよね」
フォルカ様は今日も、森の中で食べられる木の実を集めてきてくれているところだ。
私を助けてくれるフォルカ様のためにも、きつねうどんを作りお礼をしたかった。
「……調理器具を手に入れるため、一度村に行ってみないと駄目かな」
口にすると、それだけで体が震えた。
怖い、行きたくない。引きこもっていたい。
心の底からふつふつと、泡のように恐れが浮かび上がってくる。
「深呼吸、深呼吸……」
吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って。
意識して深く呼吸していると、徐々に震えも小さくなっていく。
あの村にいるのは知らない人たち。私を虐げていたおじさんおばさんはあそこにはいない。
そう自分に言い聞かせ恐怖を抑え込み、私は村への訪問、この世界での『初めてのお使い』を決意したのだった。
昨日更新できなかったので、今日はもう1話更新予定です。