8.初召喚です
「魔術で食糧を? そんなことができるんですか?」
《出来るはずだ。おまえも少しは体力が戻ってきている。魔術の反動にも耐えられるはずだ》
「反動……」
少し怖いけど、食糧を得られるのは魅力的だ。
フォルカ様にやり方を聞いてみよう。
「食料を作り出す、専門の魔術があるんですか?」
《専門、とは少し違うな。人間が召喚術と呼んでいる魔術の応用だ》
「『人間が召喚術と呼んでいる魔術』……? もしかしてそれは本当は、何かを召喚しているのとは違うということですか?」
フォルカ様の言い回しが気になったので聞いてみる。
《聡いな。上々、その通りだ。召喚術と呼ばれてはいるが、既に存在しているものを手元に呼び寄せる術ではないからな。詳しい話は省くが、ような自らの魔力を変質させ、望むものを生み出す術だ》
「へぇ~~。すごく便利な術があるんですね」
望むがまま思うがまま。
欲しいものを手に入れられるなら、これ以上使い勝手のいい術は無いはずだ。
《もちろん制約はある。我も人間の使う召喚術全てを知るわけでは無いが、強い力を持つ幻獣、あるいは珍しい品物を作り出すには相応の準備と呪文がいるようだ》
「そうなんですね。じゃあ私は、どんなものなら召喚できそうですか?」
《魂に刻まれたものならいけるはずだ》
「え、魂?」
なんだかいきなり、話が深く大きくなってない?
《そう大げさにとらえるな。おまえが慣れ親しみ血肉へと取り入れた食べ物、その味や形を細部まで思い浮かべられるものならいけるはずだ》
「なるほど……」
フォルカ様の言葉に頷き考える。
魂に刻まれる程に慣れ親しんだ、細部まで思い浮かべられる食べ物……。
おむすびが思い浮かんだ。
ころんとした三角形の、掌の上にのるおむすび。
シンプルな塩むすびなら、見た目も中身も味も食感も、しっかりと思い出せそう。
というか既に、想像のおむすびだけでお腹が減って涎が出そうだった。
『揺らぎの門よ開け。そは波にして霞である。望みのまま、あるべき姿へ現れたまえ』
指先から魔力を出しながら、教わった呪文を口にする。
唱え終えると、急に体が重くなっていった。
「へ……?」
掌に生まれたぬくもりと、暗くなっていく視界と。
《リナリア⁉》
フォルカ様の声を聴きながら、私の意識は途絶えたのだった。
☆☆☆☆
「……もう夜?」
次に私が目覚めた時、廃屋の中は暗かった。
どれくらい時間が経ったんだろう?
《リナリア、体は大丈夫か?》
「フォルカ様……」
闇の中、ぼんやりと浮かび上がるフォルカ様の姿は美しかった。
艶やかな金茶の毛並みを照らしているのは、空中に漂う火の玉のようだ。
「この火はフォルカ様が?」
《そうだ。火傷するから触るなよ? もっとも、その右手では触れんだろうがな》
「あっ……」
無意識のうちに右手に白い物体……たぶん塩むすびを握り込んでいた。
気絶する寸前、咄嗟に握り離さないようにしていたようだ。
匂いを嗅ぐとかすかにお米の香りがした。
「召喚術、成功していたんですね」
《そのようだが……。魔力の消費が大きすぎる。その程度の大きさの、さして手が込んでいるようにも見えない食糧を作り出しただけだ。おまえの魔力量なら、せいぜいフラつくぐらいかと予想していた》
「気絶したのは、魔力の消費が大きすぎたせい……」
理由を考え、やがて思い至ることがあった。
「あの、フォルカ様、信じられない話かもしれませんが」
《なんだ?》
「私実は、この世界ではない場所で生きた、前世の記憶を持っているんです」
《ほう……?》
ちらちらと炎を反射する瞳を、フォルカ様がかすかに細めている。
《続けろ。どういうことか説明してみろ》
「はい。おじさんに捨てられ精神が衝撃を受けたせいか、前世の記憶が戻りました。さっき召喚術で作り出した塩むすび……この白い食べ物は、前世で私が良く食べていたものなんです。この世界には存在しないはずの食べ物を作り出したから、大量に魔力を消費したんじゃないでしょうか……?」
《ふぅむ。そういこともあるのか……》
フォルカ様は私と塩むすびを見て、何やら考え込んでいるようだ。
「やっぱりこんなあり得ない話、信じてもらえませんか?」
《信じぬわけでは無いし、ありえない話でもなかろう。現におまえはこうしてここに居るし、言葉に嘘の気配も感じられないからな。その塩むすび、米で作られているのだろう?》
「‼ この世界にもお米はあるんですか⁉」
日本では毎日食べていた、でもこちらでは影も形も無かったお米。
前世の記憶が蘇った今、お米が懐かしくてたまらなかった。
《存在しているが、この大陸では食べられていないはずだ。この大陸の人間の多くは米を知らぬ。なのに幼いおまえが米に慣れ親しんでいるのは、前世でのことだと考えれば筋は通るからな》
「そういうことだったんですね……」
近くにお米が無いのは残念だけど、おかげで前世の記憶という信じられない話も、スムーズに受け入れてもらえたようだ。
《魔力の大量消費の原因は、おまえの推測通りだろうな。先ほど言っただろう? 召喚できるのは『おまえが慣れ親しみ血肉へと取り入れた食べ物』だと》
「あぁ、それは確かに……」
塩むすびを食べたのは前世。
今の私の血肉には、一かけらもなっていないはずだ。
なのに召喚できてしまったのは、魂とやらの記憶のおかげなんだろうけど……。
そのせいで気絶してしまったようだ。
「塩むすび一個で気絶って、割に合わないような……?」
うなりつつ、掌の上の塩むすびを見つめた。
見た目はごく普通の、前世で何度も食べた塩むすびだ。
気絶していた間に冷えてしまったけど、お弁当にも入れる料理なので美味しく食べられるはず。
「いただきます」
かぶりつくと、ひんやりとした食感。
咀嚼するうちじんわりと、控えめな甘さがにじみ出てくる。
混ぜ込まれた塩がより一層、甘さを引き立てるようだ。
「お米の味だぁ……!」
懐かしさが胸を満たした。
そう、この味だ。
魂に刻まれた記憶、日本人であった頃の思い出。
私はリナリアであると同時に高瀬里奈でもあるという事実を、白米と一緒に噛みしめる。
《感動する程に、その塩むすびとやらは美味なのか?》
「今の私にとっては、これ以上ないご馳走です。……フォルカ様も食べてみますか?」
コンは花の蜜を吸っていたけど、フォルカ様って食べ物を受け付けるのだろうか?
尋ねると、フォルカ様は肯定を返した。
《食べられるぞ。食べなくても問題ないが、美味きものは心を豊かにするからな》
「美食家なんですね。はい、どうぞ。コンにもあげるね」
口をつけていない部分を割りちぎり、フォルカ様とコンに差し出した。
コンは黒い鼻を寄せ、すんすんと匂いを嗅いでいる。
前足でちょいちょいと触ると、口を開けがぶりと噛みついた。
美味しかったのか、尻尾を振りながら食べているようだ。
《……素朴だが米の味が生きているな》
フォルカ様は一口でたいらげてしまったようだ。
ごくりと呑み込み、感想を教えてくれた。
《しかし量が足りない。もっと食べたいところだ》
「う~~ん、明日になればまた作れるのかな……? 魔力って、どれくらいすれば回復するものなんですか?」
《よく寝て休めば、二日間ほどで回復するはずだ》
「二日で一おむすびになるんですね」
《いや、そこまではかからないはずだ。一度召喚に成功したものは、次からは少ない魔力で、作り出すことが可能になるからな》
「わぁ、それは素敵ですね!」
召喚術、かなりお得な魔術のようだ。
魔術については詳しくないけど、魔術師たちの多くは、召喚術を愛用しているのかもしれない。
《うむ。おまえは人間にしては魔力量が多い方だからな。活用していくといい》
「はいっ!」
魔力量、多くて本当良かった!
召喚術があれば幼女の私でも、どうにか生計を立てることができるかもしれない。
私はうきうきと、フォルカ様に召喚術についての話を聞いて行ったのだった。