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7.第一村人との遭遇


「ここは……」


 瞼を持ち上げ、ぼんやりと私は呟いた。

 おじさんに捨てられて、前世の記憶を取り戻してそれから……。


「あったかい……?」


 吸い込んだ空気はひんやりしているが、背中は温かかった。

手のひらで探ると、柔らかな感触が返ってくる。


《リナリア、目が覚めたようだな》

「フォルカ様っ⁉」


 一気に意識が覚醒する。

 そうだ、私、歩いているうち眠くなってきて。

 フォルカ様に寄り掛かり丸っと一晩、ぐぅぐぅと寝てしまったんだ。


「すみませんでし――――もふぁっ⁉」


 顔に毛の塊が当たった。フォルカ様の尻尾だ。

 見ると私の体をおおように、尻尾を被せ布団のようにしてくれていたらしい。


《我の毛並みは極上であろう?》

「は、はいっ! とても気持ちいいです……」


 金茶の尻尾は、空気を含みふくらんでいる。

 触るとさらさら、次いでもふもふ。

 滑らかな表面の毛の下に、綿毛のような柔らかな毛が生え揃っているようだ。


「ふわぁぁ……!」


 口元が緩んでしまった。

 頬に当たるもふもふと、背中から伝わる温もり。

 心地よくて安心して、このまま二度寝してしまいそうだ。


「いけない、いけない」


 さすがにフォルカ様に失礼だ。

 目をこすり眠気を追い払うと、私は勢いよく立ち上がった。


「フォルカ様、おはようございます。おかげでよく眠れました」

《もう歩けそうか?》

「はい、大丈夫だと思いますが……コンはどこに?」

「くきゅっ!」


 右手からコンの、少しくぐもった鳴き声が聞こえた。


《ちょうど帰ってきたようだな》

「花……?」


 ピンクの花の茎を何本か、コンがくわながら鳴いたようだ。


《甘い蜜を持つ花だ》

「私のために持ってきてくれたの?」

「きゅきゅっ!」


 そうだよ。探して持ってきたよ褒めて褒めて、と言うように。

 コンが花をこちらへと近づけてきた。


「わぁ、ありがとう。コンは優しいんだね」


 お礼代わりに、頭をなでなでしてみる。

 柔らかいなぁ。小さいなぁ。

 目を細めリラックスしたコンが、花を落としかけ慌ててくわえなおした。


《浄化の魔術をかけてから、花と茎の境目に唇をつけ蜜を吸うといい。その間に我は、何か木の実でも探してきてやろう》

「ありがとうございます」


 フォルカ様を見送り、コンから花を受け取る。

 花から蜜を吸うのは初めてだ。

 村にも春になると、蜜を出す花が咲いていたけど、一つ年上の叔母夫婦の娘に全て取られてしまい、私の口に入ることは無かったもんね。


「いただきます」


 浄化をし、そっと口をつける。

 ほのかに苦い草の味の後に、染み出すように蜜が流れてきた。


「ちょっぴり甘い水……。蝶や蜂になった気分……?」


 蜂が食べるのは花粉の方だっけ?

 前世の知識を思い出しながらちゅうちゅうと、コンと一緒に蜜を吸っていたのだった。



☆☆☆☆



 蜜を吸い、フォルカ様の持ってきてくれた双子ベリーをお腹に収めた後。

 森を抜けるため、私たちは歩き出すことにした。


「こっちへ進めばいいんですね?」

《あぁ。おまえの足でも、半日も歩けば村にたどり着くはずだ》

「フォルカ様は、その村に行ったことはあるんですか?」

《昔な。おそらくまだ、村は存在しているはずだ》


 昔、かぁ。

 フォルカ様、今何歳くらいなんだろう?

 聖獣と言うくらいだから、人間より長生きなのかもしれない。

 気になるなぁ。色々気になるけど、私は黙々と足を動かした。


 私の肉体はまだ9歳。

 体力が少なく、喋りながら歩いていては、あっという間にへばってしまいそうだ。

 下生えに足を取られないよう、注意しながら森を進んでいく。


 気を使い疲れるけど、叔母夫婦の元で何年もこき使われていたおかげか、疲労には耐性がついている。 汗を浮かべながらも、無言で足を動かしていると、


《人間はやはり脆弱だな》

「申し訳ありません……」

《謝るな。我が運んでやろう》


 フォルカ様が座り、こちらへと背中が向けられる。

 乗れということだろうか?


「いいんですか? フォルカ様は聖獣なんですよね?」

《おまえは背や頭に木の葉が乗ったとして、木の葉に対して怒るか?》

「……怒りませんね」


 人間である私も、フォルカ様にとっては木の葉と同じようだ。

 さすが聖獣様……なのだろうか?

 とりあえずありがたく、背中に乗せてもらうことにする。


「わぁ……」


 フォルカ様が立ち上がると、ぐんと視点が高くなった。

 私が歩くよりも速いようで、頬を流れる風が爽快だ。


 落っこちないよう、フォルカ様に掴まり揺られ数時間。

 木々の間に、石垣のようなものが見えてきた。


「廃屋……?」

 

 石垣に囲まれた平屋の建物があった。

 クリーム色の壁に、赤茶色の屋根が乗っている。

 建物は比較的綺麗だが、かつて庭だったらしき場所には、ぼうぼうと草が茂り放題になっている。

 近づき覗き込んでみるも、人の気配は感じられなかった。


「住んでる人に何かあったのかな……?」


 疑問に思いつつ、私たちは廃屋を後にした。

 フォルカ様曰くあと少しで、村へたどり着く予定らしい。

 あの廃屋は何なのかは、村人に聞けばわかりそうだ。


 行く手が明るく、森の端っこが見えてくる。

 人里へ、村へと到着したようだ。

 畑らしき場所を耕す男性を見て、私は硬直し体を震わせた。


《おい、様子がおかしいがどうしたのだ?》


 フォルカ様の疑問は当然だ。

 畑仕事をする男性に不審な様子はなく、服装もごく普通だった。

 どこにでもいるような人間。

 なのに体が震える、怖い、怖くてたまらなかった。


「どうして……?」


 わけがわからなかった。

 あの男性とは初対面だ。わかるのは年齢が、中年にさしかかることくらいで――――


「あ……だからか……」


 私を捨てたおじさんに、年恰好が似ているんだ。

 顔は違う、もちろん性格も違うと理解しても、恐怖は治まらなかった。

 私を叩き、怒鳴りつけてきたおじさん。

 反論は許されず、たたおじさんの顔色をうかがうことしかできなかった。


 この世界は日本よりずっと治安が悪い。

 虐待同然の扱いを受けていようと、家を放り出されるよりはマシだと、感情を殺し従っていたんだ。


「でも、私は捨てられちゃった。捨てられて、もう我慢できなくなったんだ」


 私はおじさんが嫌いだし怖かった。

 おじさんを思い出させる、中年の男性も怖かった。


 頭では別人だと理解しても体が従わない。

 何年もの恐怖が刻まれたこの体は、確かに私のものなんだ。

 前世の記憶が蘇っても、今の私は孤児のリナリアでしかないと思い知らされる。

 前世の二十年以上の経験と知識はあっても、精神は肉体に影響され、幼く弱くなっているようだ。


「情けない……」


 ふがいない自分に落ち込む。

 聖獣であるフォルカ様相手なら問題なく喋れるけど、人間相手には難しいかもしれない。

 おじさんやおばさんに近い年齢の人を前にしたら、固まって動けなくなりそうだ。


「……フォルカ様、すみません。上手く人としゃべれなさそうなので、村へ向かうのはいったん取りやめてもらえませんか?」

《……人が怖いのか?》

「はい……」


 事情を説明すると、フォルカ様は咎めることも無く頷いてくれた。ありがたい。

 森の獣道を戻り、ひとまず廃屋へと向かうことにした。


「おじゃまします」


 玄関で声をかけるも、答えは返ってこなかった。やはり住人はいないようだ。


 扉を押すと、少しの抵抗の後内側へと開いた。

 中へ入ると、さび付いた錠が落ちている。老朽化して壊れてしまったようだ。


 不法侵入してすみません。


 心の中で謝りつつ、家の中をぐるりと回っていく。

 家具の類はほとんど運び出された後のようで、台所らしき場所には鍋と鍋置き用らしい三脚が転がっていただけだ。


「ベッドはないけど、雨や風は防げそうかな?」


 庭は荒れ果てていたけど、雨漏りや壁の崩れは無く意外と室内は綺麗だ。

 残されていた小さな椅子に座り、一息つくことにする。

 

 壊れかけなのか、ぎしぎしと音がしている。

 体重をかけすぎないよう気を付けながら、これからのことを考えた。


 恐怖に襲われ、逃げるようにして来てしまったけど、いつまでもここにいることはできない。

 トラウマを克服しどうにか仕事を見つけ、フォルカ様に迷惑をかけないようにしないと。


 そう考える間にも、私のお腹を空腹を訴え鳴っていた。

 子供の肉体は食欲旺盛なようだ。


《夕餉も、朝と同じ双子ベリーにするか?》

「はい。ちょっと外に出て取ってきますね」


 廃屋に来る途中、私でも手が届きそうな位置に一組、双子ベリーが実っているのを見つけた。

 フォルカ様に頼り切るのは悪いので、出来ることは自分でしていこう。


《自ら食糧を調達しに行くとは良い心がけだ。が、外はおまえ一人では危ない。魔術で食糧を生み出してはどうだ?》


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