6.その頃の元婚約者は
フォルカに見守られ、リナリアが安眠していた一方。
彼女に関わった人間、正確に言えばリナリアの前世、高瀬里奈の元恋人の和樹は苛立っていた。
「紗香のやつっ……!」
スマートフォンを握りしめる。
画面に開かれた連絡ツール。和樹の送ったメッセージに、恋人である紗香からの返信は無かった。
「いつも愚痴ばっか送ってきて、俺は慰めてやってたのになんでだよ」
苛立ちのまま、ソファの上でスマートフォンを投げつける。
里奈が死んでから三か月。和樹と紗香の関係は、早くもきしみ始めていた。
「……これも全部、里奈があんな死に方をしたせいだ」
公園にある高台からの転落死。
調査の結果、高台の手すりの老朽化による事故だと判明したが、和樹も取り調べを受けている。
事故の直前、里奈との恋人関係を一方的に捨てていたこともあり、自殺の引き金になったと疑われたのだ。
「くそっ、冗談じゃねぇ!」
なぜ自分ばかり責められるのだ?
里奈は会社で虐めを行っていた。だから捨てた。
恋人ではいられないと別れを告げ、虐めの被害者で弱っていた、紗香を支えようと思ったのだ。
自分は何も悪いことはしていない。していないはずだ。なのに周りの人間は、和樹から去って行ってしまった。
長年恋人だった里奈のことを、和樹は友人にも紹介をしていた。
彼らはみな、口をそろえて和樹を非難している。
『里奈は虐めをするような性格には見えない』『和樹はもっと、里奈ときちんと話し合うべきだった』『そうすれば誤解も解け、あの日アパートから飛び出した里奈が運悪く、事故に会うことは無かったかもしれないのに』、と。
「……言いたい放題言いやがって……」
悪態をつきながらも、和樹の言葉は弱々しかった。
彼もそろそろ、薄々気がついてきたのだ。
里奈は誰かを、一方的に虐めるような人間では無い、と。
そう思えてきたのだが、和樹は認めることが出来なかった。
里奈が虐めを行っていないのなら、紗香が嘘をついていることになる。
紗香を疑えば、今度は和樹が捨てられてしまうかもしれない。
友人たちに去られた今、恋人である紗香まで、和樹は失うことはできなかった。
重くため息をついていると、スマートフォンが小さく音を立てる。
すがるように画面を見ると、今週も仕事が忙しいから、和樹には会えそうにないと返信があった。
ここのところ紗香は忙しく、顔を合わせても不機嫌そうにしている。
送られてくるメッセージも、会社の愚痴がほとんどになっていた。
「そんなに会社、経営が危ないのかよ……」
愚痴を聞いているだけの和樹にも察せられる程だ。
業績は傾き、仕事のできる人間はどんどん転職してしまっているらしい。
紗香にも転職を進めたが乗り気ではなく、反対に同棲を持ち掛けられている。
和樹に頼りたいらしかった。
「どうすればいいんだよ……」
紗香のことは見捨てられないし、捨てられたくも無かった。
が、同時に彼女のことを、以前のように信じ愛することもできないのを和樹は自覚している。
「里奈が恋人だった頃は、こんなことはなかったのにな……」
後悔しても遅かった。
里奈を拒絶し捨てたのは和樹だったし、既に彼女はこの世を去っている。
和樹は里奈に謝ることも出来ずただ、スマートフォンを握りしめることしかできないのだった。