5.捨てる神あれば拾う神あり
「……美味しかったぁ」
うっとりと呟く。
飢えた体に、果実の甘さが染み込んでいくようだ。
前世も合わせて今ほど、美味しいと感動したことはないかもしれなかった。
《美味か。よい、よい。あといくつか持ってきたから、余さず腹に収めてやるといい》
「はいっ!」
頷くとさっそく、次の果実へと手を伸ばす。
川で洗い、魔術で浄化しいただきますだ。
双子ベリーの味と食感に、私は至福の時間を味わっていた。
「……ごちそうさまでした」
合計6個の双子ベリーをたいらげ満足する。
とても美味しかったし、腹の虫も治まっていた。
「フォルカ様、助かりました。おかげであと2、3日は生き延びられそうです」
《……おまえ、なぜこんな森の中で一人でいたのだ?》
「……捨てられました」
口にすると、体の中心が冷えていくようだ。
とりあえず飢え死ぬことは避けられたけど、私には帰る家が無かった。
《捨てられた、か。ずいぶんと。もったいないことをする人間もいるものだな》
「両親を亡くして、親戚の家でお世話になっていましたから……」
森を抜けられたとして、村に帰ってもまた捨てられるだけ。
家も保護者もお金も持っていない9歳の私が、一人で生きていくのは厳しかった。
《おまえはこの先、どこへ向かうつもりだ?》
「……わかりません。でもまずは、森を出てどこかの村か町へ向かいたいと思います」
《そうか。ならばできたら、大きな町ではなく小さな村の方が良いな》
「大きな町だと、何か良くないことがあるんですか?」
《都会では我が目立つからな》
「えっ?」
ぽかんとしてしまう。
フォルカ様がそう言うということは、もしかして、
「私と一緒に来てくれるの……?」
《そのつもりだ。不服か?》
ぶんぶんと頭を横に振る。
「そんなことありません嬉しいです‼ でもどうしてですか⁉」
《そうせねば、おまえにキツネウドンとやらを食べさせてやれないだろう?》
「あっ……!」
私がしたお願いを、フォルカ様は覚えてくれていたようだ。
「いいんですか? 私もう、双子ベリーをもらいましたよ」
《双子ベリーとキツネウドンは別の食べ物だろう?》
「それはそうですが……」
《何、ちょっとした余興のようなものだ。おまえと共にキツネウドンとやらを口にできるまで、見守ってやろうというわけだ》
「ありがとうございます……!」
地獄に仏。捨てる神あれば拾う神あり。
命の恩人(?)、フォルカ様様だった。
「嬉しいです頼もしいですっ‼ フォルカ様、よろしくお願いしますね‼」
《うむ、了解した。まずは森の外を目指すことにするか》
「はいっ‼」
「きゅっ‼」
私が頷くと、足元で一緒に、聖獣様(小)も頷いていた。
《元気が良いのは良いことだな、小娘。》
「ありがとうございます。……あ、そうだ」
空腹やら何やらですっかり忘れていたけど、まだ自己紹介をしていないはずだ。
「私、リナリアと言います。今年でたぶん九歳になるはずです。そちらの小さな聖獣様は、なんという名前なんですか?」
「名前はまだ無い」
「……我輩は猫である?」
《……そやつは猫ではない。いきなり何を言い出すのだ?》
「いえ、すみません。こう、つい、ただの気の迷いです」
思わず反射的に言ってしまったけど、当然フォルカ様には通じなかったようだ。
「名前が無いと不便ですし、何かあだ名をつけても大丈夫ですか?」
《つけたい名でもあるのか?》
「そうですね……」
聖獣様(小)を見下ろし考える。
呼びやすくて耳馴染みの良い、何かかわいい名前を……。
「コン、はどうでしょうか?」
シンプルイズベストに提案してみる。
「きゅこんっ‼」
嬉しそうに尻尾が振られた。
試しにコン、と呼んでみると頷く。受け入れてくれたようだ。
「コン、これからよろしくね」
「きゅっ‼」
コンと私、そしてフォルカ様。
一人で二匹で、森の中を進むことになったのだった。
☆☆☆☆
《――――どうやらよほど、疲れていたようだな》
月の光を浴びながら、フォルカが語り掛けた。
リナリアの返事は無い。くぅくぅとかすかに、規則的な吐息が聞こえるだけだ。
《よく眠っているな、リナリア》
再度語り掛けるも、やはりリナリアの返事は無かった。
森の中を歩き始めてからしばらく。
夜の帳が降りてくると、リナリアの瞼も降りていった。
目をこすり眠気を隠そうとしていたが、やがて抗いきれず足元がふらつく。
倒れこんできたところをフォルカが支えると、そのまま眠りだしてしまったのだ。
赤味がかった金髪の頭部をフォルカの胸の上に乗せ、静かに寝息を立てていた。
《我を枕替わりにするとは、やはりおまえは変わっている》
「こんっ!」
フォルカの言葉に同意するように、コンが鳴き声をあげる。
尻尾を小さく揺らしながら、リナリアの横で丸くなっていた。
《ずいぶんと懐いたものだ》
こちらも珍しいことだった。
聖獣が人に懐くのも、名を与えられるのも。
知る人が知れば、驚愕に言葉を無くすほどの事柄だった。
《……リナリアはまだ、気がついていないだろうがな》
そしてフォルカも今はまだ、詳しい事情をリナリアに説明する気は無かった。
敬られ傅かれるのは嫌いではない。が、無暗に騒がれるのは面倒だ。
今のリナリアとの距離感を気に入っていたし、いくつか確かめたいこともあった。
「……んんっ」
寝息と共に、小さな声が聞こえる。見るとリナリアは、かすかに唇を震わせていた。
「……や……すて……ない……で……」
リナリアの表情は険しかった。
何か夢を、悪夢を見ているようだ。幼い顔が、痛みをこらえるように歪んでいた。
《起きている間は、どうにか気丈に振る舞っていたようだが……》
きっともう限界だったのだ。
初対面の、人間ではないフォルカのことを頼り、歩きながら眠ってしまうほどに。
体も心も擦り切れる寸前で、しかしそんな追い詰められた状況でありながら、怪我をしていたコンを助けたリナリアのことを、フォルカは悪く思っていなかった。
《……今はよく眠るといい》
震える小さな体を、フォルカは自慢の尻尾で、優しく包み込んでやった。
あやすように幾度か、尻尾でリナリアを撫でてやると、表情が穏やかになっていく。
「んっ……」
リナリアの寝息と体温を傍らに感じながら、フォルカの夜は更けていくのだった。