43.フィルシアーナ様のお話
「—――クロルに乗り王都へと駆け付けた私は、城壁の上へと降り立ってもらいました。空中で魔術を放つのは難しいですから、揺れることのない城壁の上におろしてもらい、素早く浄化の魔術を放ったんです」
私は与えられた自室で、女神フィルシアーナ様へと報告をしていた。
モンスターの襲撃から一日。
やっと少しだけ、自由な時間が持てたところだ。
「――――と、言うわけで昨日王都を襲撃したモンスターの大群は、一人の犠牲者も出さず上滅させることが出来たんです」
『うんうん、100点満点の結果だったんだね』
フィルシアーナ様はにこにことしている。
5歳前後の幼女にしか見えないが、れっきとした女神様だ。
その証拠に、聖鳥であるフィルを仲介して、姿を現したり消したりできるらしい。
実際につい先ほどまで、フィルの周りにも姿が見えなかったのだ。
あと1、2日間の間、そしてフィルの周辺限定とはいえ、フィルシアーナ様とお話しできるようだ。
『リナリアは偉いね。さすが私が選んだ魂だよ!』
「……どういうことでしょうか?」
ごくりと生唾をのみこむ。
フィルシアーナ様なら、私が持ついくつもの疑問に答えをくれるかもしれない。
『この国にはたまに、聖女って呼ばれる子がいるでしょう?』
「はい。ちょうど最近、私の従妹のマリシャが聖女として見いだされたみたいです」
『それは偽物だよ。だって聖女はリナリナだもん!』
びしり、と、小さな人差し指が鼻先へと突き付けられた。
『私と相性の良い魂を選んで祝福を与えて、そうして生まれるのが聖女なの。リナリアは聖女だって、私が保証してあげるよ』
「私が聖女……」
ピンとこなかったけれど、フィルシアーナ様に保証されてしまった。
「……もしかして、私に違う世界で生きた前世の記憶が残っているのも、フィルシアーナ様が関わっているのですか?」
『ごめんね。どうしてそうなったのか、それは私にもよくわからないの』
フィルシアーナ様がしゅんとしてしまった。
思わず罪悪感を覚えてしまう落ち込みっぷりだ。
『本当ならリナリアは、もっと前にこの世界で生まれるはずだったの。けどなぜか世界の外へ、魂が出てしまって……。その先にあったのがリナリアの覚えてる、前世の記憶の世界だと思うわ』
「魂は、世界を超えても大丈夫なものなんですか?」
世界の境界を超えるなんて、まるで神話かおとぎ話の出来事だ。
心配になり、私はフィルシアーナ様へと問いかけた。
『あまり良くないと思うわ。世界によっては、魔力が無いところもあるみたいだし……』
「……魔力が無い世界だと、何かまずいことがあるんですか?」
『リナリアの魂はね、魔力の器がとても大きくて、魔力を吸い込む力もとても強いの』
魔力の器、かぁ。
現時点で既に話がよくわからないけれど、とりあえず最後まで聞いてみよう。
『そんなリナリアの魂が、魔力の無い世界で肉体を得てしまうと、魔力の代わりに色々なものを、人の言う悪縁といった良くないものを吸い込んでしまうかもしれないわ』
「良くないもの……」
思いあたることがあった。
「前世の私が、かなり運が悪い方だったのはもしかして……」
『魂の性質がその世界に合っていなかったせいだと思うわ』
「相性が悪かったってことですね……」
死んだ後にわかる、前世まさかの不運の理由だった。
「けど、それじゃあ……。前世の私の両親が事故で亡くなったのも、私の魂が原因だったんですか?」
だとしたらあんまりだ。
前世の私は、疫病神そのものでしかなかった。
『それは違うと思うわ。言ったでしょ? リナリアの魂は良くないものを吸い込むって。リナリアの近くの人は良くないものをリナリアに吸い込んでもらって、むしろ運が良くなるはずよ。あなたの両親は運が良かったけど、運が良いだけでは避けられない死や事故も、世界には数えきれないほど存在しているもの』
「運が良いと幸せになりやすいけど、必ず幸せになれるとは限らない……みたいな?」
『そうそうそんな感じ! わかりやすいね!!』
フィルシアーナ様の言葉に、私はほっと息をついた。
前世の両親のことは今更どうにもならないとはいえ、確かに気がかりだったのだ。
「ありがとうございます。おかげで前世からの疑問がひとつ解けました」
『お安い御用だよ! リナリアが両親思いの優しい子で、きっと両親も喜んでたよ』
そうだったら嬉しいな。
こちらの両親は物心つく前に亡くなってしまっているので、今も両親と言われてまず思い浮かぶのは、記憶に残る前世の両親だったのだけど……。
「私の両親……こちらの世界での両親と、フィルシアーナ様は会ったことがあるのですか?」
『ないよ? リナリアの魂に祝福を与えたのは私だけど、そんなに自由に、人間に関わることはできないもの。こうしてここでお話しできるのも、いくつも条件が重なったおかげよ』
「そうですか……。私、前世では里奈という名前だったんです。リナリアという名前と似てるでしょう? だからもしかして、私のこちらでの両親に、フィルシアーナ様が私の前世での名前を伝えたのかなってふと思ったんです」
『前世の名前を伝えたのはリナリアだよ』
「え、私?」
思いがけない言葉に、私は瞳をまたたかせた。
『人間はね、お腹の中に赤ちゃんの元ができてしばらく大きくなったころに、相性の良い魂が宿るものなの。お腹の中から出るまでの間、赤ちゃんの魂とお母さんの魂がすごく近くにあるから、たまにお母さんの見る夢に、赤ちゃんの意識が混じることがあるのよ。
とはいっても、まだ言葉も知らない赤ちゃんだから、普通はぼんやりとした感覚を共有するくらいなんだけど……。リナリアは前世を違う世界で生きてたせいか、前世の記憶が残ってるでしょう?
こちらでお腹の中にいる時、里奈であった頃の記憶がお母さんに流れ込んで、そのおかげで里奈と似たリナリアって名前を付けられてんじゃないかなぁ』
「こちらのお母さんが、私の記憶を知って……」
顔も覚えていないこちらでの私のお母さん。
前世の私のことも尊重し、だからこそリナリアと名付けてくれたのだろうか?
真実はわからないけど、そうであったらいいなと思った。
「んん……? そういえば私、つい数か月前まで思い出せなかっただけで、前世の記憶自体は前から持っていたんでしょうか?」
『そのはずだよ。普通、この世界の内を巡る魂は前世の記憶がまっさらになって転生するけど、リナリアの前世は別の世界だもの。夢の中や、現実でも精神や肉体に強い衝撃を受けた拍子に、魂の奥から前世の記憶が蘇ってもおかしくないわ』
「強い衝撃……」
森の中をさ迷い疲れ果てたことで、前世の記憶が蘇ってきたらしい。
ずっと虐げられていたとはいえ、あそこまで絶望したのは初めてだったもんね……。
《フィルシアーナの推測通りだろうな》
傍らで話を聞いていたフォルカ様が頷く。
《あの日リナリアは精神肉体ともに相当追い詰められていた。人間は命の危機に陥ると魂が震え、助けを求めるように魔力が外へと放たれることがある。我とコンがあの森にいたのも、おまえが無意識に放った強い魔力を感じ、何ごとかと興味を惹かれ足を伸ばしていたからだ》
「そういう事情があったんですね。おかげで助かりました……」
フォルカ様との出会いは、全てが偶然というわけでは無かったようだ。
人生ほんと、なにが吉と出るかわからないよなぁ。
フォルカ様に感謝しないとと思っていると、フィルシアーナ様が頬っぺたを膨らましていた。
『もぅ、リナリア、こっち見て。今は私とお話してたところでしょ?』
《ふふん。リナリアは我のことを好いているからな》
『何よ何よ! リナリアは私の聖女なんだもん! 気に入ったのは私の方がずっと先よ!』
《それがどうした? 今やリナリアは、我のことの方がずっと――――》
「あ、あのっ! 聖女って何か、果たすべき役割はあるんですか?」
フォルカ様とフィルシアーナ様の言い争いを納めようと質問を投げかける。
どうやら私の魂には、フィルシアーナ様の祝福がかけられているらしい。
この大陸のモンスターを全て消し去れとか、何か義務があるのかもしれなかった。




