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42.真の聖女は


 モンスターの浄化に成功した私は、眼下の状況を確認していった。


 村人たちはモンスターと反対側へと逃げていたおかげで、犠牲者は出ていないようだ。

 ルークさんは上空から村をひと回りし、ミヒャエル殿下たちの近くへとクロルを着陸させた。


「ミヒャエル殿下をありがとう」


 ルークさんがフォルカ様へと、その背中で眠るエルへと近づいていき――――


「動くな」

「ひっ!?」


 間近でぎらりと光る銀色の刃。

 背後から覆い被されるようにして、喉にナイフを突き付けられている。

 疲労と油断のせいで動きが鈍り、あっさりと人質にされてしまっていた。


「リナリア⁉」


 ルークさんが叫び、フォルカ様が毛を逆立てる。


「おっとそっちも動くなよ? このナイフが見えるよな?」

「……っ!」


 鋭い痛みが走り血が流れた。

 傷は浅いようだが、ナイフは喉に押し付けられたままだ。

 私を巻き添えにするのを恐れて、フォルカ様も炎を出せないようだった。


「……貴様、ミヒャエル殿下誘拐犯の一味か?」

「あぁそうさ。念のためギリギリまで、村に残り様子を見ていて正解だったようだな」


 背後で誘拐犯の男がせせら笑った。


「本当なら眠ってる殿下を、村の中に押し寄せたモンスターがやってくれる予定だったんだが……。まさかモンスターを全部、この小娘が浄化しちまうなんてな」

「……まさか、あなた達……」


 震えながら、私は口を開いた。


「あなた達は人為的に、『氾濫』をひきおこすことができるの……? ミヒャエル殿下が偶然『氾濫』に巻き込まれたように演出して、殺そうとしていたということ……?」 

「はは、勘のいい小娘だな」

「……‼」

「貴様っ……!」


 ルークさんが全身で叫んだ。


「『氾濫』をわざと引き起こすだと⁉ どれだけ人が死ぬと思ってるんだ⁉」

「おーおー熱いねー。正義感たっぷりだねぇ」

「黙れ!」

「黙るのはそっちだ。小娘を死なせたくなかったら剣を全て捨てろ」

「………」

「さっさとしろ。小娘に傷を増やしたいのか?」

「っ、ルークさん‼」


 がしゃりと音を立て、ルークさんが剣を地面へと落とした。


「駄目ですやめてくださ、っ‼」

「小娘も黙ってろ。……よしよし、剣は捨ててそのまま、動かずにじっとしていろ」

 

 誘拐犯はにたりと笑うと呪文を唱え、


「がっ⁉」


 氷の槍が何本も、ルークさんの体へと突き刺さった。


「ははは! 串刺しになっていいざ―――――ぎゃあっ⁉」


 誘拐犯が濁った悲鳴をあげた。


 私への注意がそれナイフが喉元から離れた瞬間。

 フォルカ様の放った炎が、正確にナイフを持つ腕を燃やしていた。


「っ、ルークさん‼」


 その隙に逃げ出し、ルークさんへと駆け寄った。

 胴に二本、右腕と左足に一本ずつ。

 氷の槍が貫通し風穴があき、どくどくと血が流れだしている。


「死なないでっ!」


 涙をこらえ治癒魔術を唱える。

 光とともに傷跡が小さくなっていく。

 閉ざされた瞼が震え、緩やかに持ち上がった。


「……じょ……」

「ルークさん⁉」

「……聖女、だ……」

「何を言ってるんですか⁉ 私ですリナリアです‼」


 もしや頭部も負傷し意識が混濁している?

 慌てていると、ルークさんの指が頬へと触れてきた。


「血が飛んでいる。汚してしまったな」

「…………」


 こんな時まで私の心配をするルークさん。

 悲しいやら切ないやら腹が立つやら、感情がお腹からせりあがってきた。


「ルークさんの馬鹿っ! 馬鹿馬鹿大馬鹿っ‼」

「その通りだな」

「私のせいで死にかけたんですよ⁉」

「俺はやるべきことをやっただけだが……」


 ぽんぽんと私の頭を撫でながら、ルークさんが苦笑している。


「できるだけ、死なないよう努力しよう。俺が無茶をすると、君が狐に乗って追いかけてきそうだからな」

「………」


 ずびび、と。

 鼻をすすり私は涙を拭った。

 涙腺が決壊し、涙とその他いろいろが流れ出している。


 ……ルークさんが生きてて良かった。


《リナリア》


 もし死なれてしまっていたら、


《リナリア》


 そうしてら私はどうすればよいのかわから――――


《リナリア、おいリナリア。聞こえているか?》

「……フォルカ様?」

《来るぞ》


 何が?

 と問いかける前に、


「っ⁉」


 まばゆい光が満ちる。

 薄目を明け見ると、発生源はフィルのようだ。 


『えへへっ』


 声が聞こえる。

 明るく高い、子供のような声だ。


『やっとこうしてお話できるね』

「あなたは……?」


 フィルの隣にかわいらしい女の子がいた。

 長い銀色の髪に青の瞳。にっこりと私に笑いかけてきた。


『わたしはフィルシアーナ。人間には光の女神様って呼ばれてるよ』

「……え?」


 ぽかんとしてしまう。


 女神様って、あの女神様?

 どう見ても外見は、4、5歳にしか見えない幼女だった。


『もう、信じてくれないの? わたし女神様なんだよ? とってもありがたいんだよ?』

「はぁ……」


 理解が追い付かないでいると、隣でフォルカ様が鼻を鳴らした。


《こやつの言葉に嘘は無い。こう見えて正真正銘、人間どもが崇め奉る女神フィルシアーナだ》

『ちょっと! こう見えてって何よ! 何百年たってもフォルカは失礼ね!』

「……フォルカ様のお知り合いですか?」

『そうだよ!』


 幼女……ではなく女神フィルシアーナ様が頷いている。


『フォルカは火の神で、わたしは光の神だもの』

「えぇぇ……? フォルカ様、神様だったんですか?」

《隣の大陸のな》

「…………神様が別の大陸にきていいんですか?」

《我の護する地は安定している。十年やそこら離れたところで問題はないぞ》

「…………そうですか」


 もはや頷くことしかできなかった。


「えっと、そうだ、それでフィルシアーナ様はどうして、今姿を現してくれたんですか?」

『リナリアがいっぱい、ここで浄化の魔術を使ってくれたからだよ。光の魔力があふれる今ここでなら、私は眷属の聖鳥を仲介して、こうしてお話ことができるの』

「なるほど。そんなことができるんですね……」

『頑張ったよ! リナリアとお話したかったし、伝えたいことがあるの!』

「どのようなことでしょうか?」


 これってもしかして神託授かっちゃう的な?

 がぜん緊張してきた。


『んーそうね、いくつか伝えたいことがあるけど……。まずは王都へ行ってもらいたいかな』

「王都にいる誰かに、フィルシアーナ様が降臨されたと伝えるんですか?」

『違うよ。もう少ししたら、モンシスターが王都を襲っちゃうから助けて欲しいの』

「え……?」


 思いがけない不吉な知らせに、思わず動きが固まる。 


『さっきリナリアはモンスターを浄化してくれたけど、あれで全部じゃないよ。この村を襲ったのと別のモンスターの集団が、王都に向かっているの』


 緊急事態のようだ。


「る、ルークさん! クロルに乗せて運んでもらえますか⁉」

「もちろんだ!」


 慌てて命綱を装着していく。


「フィルシアーナ様行ってきますね! 後でまたお話することはできますか⁉」

『うん、できるよ。あと数日は、今の姿を保てると思うよ』


 クロルに乗った私へと、フィルシアーナ様がひらひらと手を振っていた。


『いってらっしゃい、リナリア。頑張ってね』



☆☆☆☆☆



「聖女様っ! まだでしょうか⁉」


 神官の悲鳴のような叫びに、マリシャは顔を青ざめさせた。


「今やってるわよ静かにして‼」


 集中し、マリシャは呪文を唱えていった。

 しかし魔術は発動せず、魔力を消費しただけのようだ。


「どうしてよっ……!」


 マリシャは逃げ出したかった。


 つい先ほどまで、マリシャは与えられた豪華な部屋で、お気に入りのお菓子を食べていたのだ。

 次はどのクッキーをつまもうかと思っていたところに険しい顔をした神官がやってきて、有無を言わさず馬車へと押し込まれてしまったのだ。


 それだけでもマリシャの気分は最悪だったのに、更に悪いことに、浄化の魔術を使えと強要されたのだ。


 王都近郊に突如、モンスターの大群の発生を確認。

 城壁へと迫りくるモンスターから、王都を守れと命じられたのだ。

 マリシャの前方には土煙をあげ、モンスターの大群が迫ってきていた。


「なんで私が、そんな危ないことしなくちゃいけないのよっ……!」


 マリシャは涙目だった。


 逃げ出そうとした試みは神官と、そしてウィルデン王太子の配下の兵士により防がれている。

 聖女が敬われるのは、人にあだなすモンスターを強力な浄化魔術で消し去るからこそだ。

 聖女としての義務を果たせと、城壁の前に連れてこられてしまった。


「マリシャ殿、集中だ。君はきっと本番に強い性質だ。こうして追い詰められた場でこそ、真の力が目覚めるに違いない」

「ウィルデンさまぁ……!」


 マリシャはしゃくりあげた。

 ウィルデンのかける言葉は優しいが、マリシャに退却を許そうとはけしてしなかった。


「来ます! あと少しで、モンスターの先陣がこちらへ到達します‼」


 城壁の上から兵士の叫び声が響いた。


「っちっ、ここまでか」


 初めて聞くウィルデンの舌打ち。

 マリシャに一瞬、凍えるような瞳を向けると、ウィルデンが遠ざかっていく。


「私は城壁の中へ戻る。王都内に被害が出ぬよう、なんとしても城壁で食い止めろ」

「ま、待ってっ……‼」


 ウィルデンへと追いすがるマリシャ。

 その頭上に大きな影が落ちた。


「何……?」


 城壁の上へと、黒い竜が舞い降りていた。

 マリシャがぽかんとしていると、


「なっ⁉」


 城壁の上から、目もくらむような強烈な光が放たれた。

 思わずマリシャが目をつむり、そしてしばらくして恐る恐る目を開くと、


「嘘……」


 城壁に迫らんとしたモンスターがいなくなっている。

 先ほどまでの光景が嘘であったかのように、モンスターが全て消え失せていた。

 防衛にあたろうとしていた兵士たちも、狐につままれたよう呆然としている。


「なんだ……」

「何がおこったんだ?」

「あの黒の竜騎士の乗せてきた子から光が迸って……」

「見た。俺も見たぞ」

「あれが聖女様?」

「聖女様に違いない‼」


 誰かが叫ぶと、次々と歓声が響いた。

 聖女様万歳、と。

 兵士たちは口々に、城壁の上へと尊敬と感謝の声をあげていた。


「どうして……」


 マリシャはぺたりと座り込んだ。


 違う。間違っている。

 聖女はマリシャだ。マリシャであるはずだ。


 なのにどうして、今褒めたたえられているのは自分ではないのだろう?


 マリシャはゆるゆると城壁の上を、聖女と呼ばれている人物を見上げだ。


「……リナリア?」


 聖女様、と。

 兵士たちが叫び感謝しているのは。

 マリシャが今までずっと、見下していたリナリアだった。


「嘘よ……。リナリアが聖女なわけない! こんなの全部嘘っ!! 聖女はこの私よ!!」


 髪を振り乱し叫ぶマリシャ。

 その言葉を信じる者はなく、ただ周りの兵たちに、眉を顰められるだけだった。



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