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41.あれはオムレツです


 嘴でまっすぐ一方向を、南の方を指し示すフィル。


「わかったわ! エルの監禁されている場所へ案内して!」


 叫び促す。

 しかしフィルは、私の肩から飛び立とうとしなかった。


「フィルどうしたの!?」

「ぴきゅぴきゅぴ!」

「っ!?」


 フィルが今度はルークさんの肩の上にとまった。

 私、ルークさん、南の方角。三つを交互に、フィルの嘴が指し示している。


「あ、そういうこと!? 監禁場所へ、ルークさんとクロルに乗せてってもらえってこと?」

「きゅぴっ!」


 フィルがこくこくと何度も頷く。

 どうやら正解だったようだ。


「クロルはどこに!?」

「すぐに来る!」


 ルークさんが懐から笛を取り出した。

 唇に当てるも音は出なかったが、代わりに羽音が聞こえてくる。


「ぐぎゃっ!」


 上空から舞い降りるクロルに、周りの人が驚き逃げていった。

 でもそのおかげで、離着陸のためのスペースが空いたようだ。


 ルークさんに命綱をつけてもらい、鞍の上へと乗っかる。

 フォルカ様に視線で合図すると頷いてくれた。地上を走りついてきてくれるようだ。


「飛ぶぞ! まず竜騎士団の本部に寄って応援を頼み、その後監禁場所へ―――――」

「ぴっ!」

「うおっ!?」


 ルークさんの視界を遮るように、フィルがさかんに飛び回っている。


「フィルどうしたの!?」

「っ、まさか、応援を頼みにいく時間も無いほど、ミヒャエル殿下に危機が迫っているということか!?」

「きゅぴっ!」


 フィルが頷き、ルークさんの顔が青ざめた。


「ミヒャエル殿下の元へ直行する! 先導頼んだぞ!」


 クロルが羽ばたき、フィルを追い飛び始めた。

 ぐんぐん加速し、あっという間に王都の城壁を越えてしまった。


 猛烈な風が頬を叩き、クロルの羽ばたきに合わせ体が上下に揺すぶられる。

 舌を噛まないよう鞍にしがみつき耐えていると、フィルが高度を下げ始めた。


「あの村か!?」


 ルークさんが叫んだ。

 王都から少し離れた場所にある小さな村。

 フィルに導かれ、その中の一軒、石造りの二階建ての建物の近くへと降り立つ。

 建物に窓は無く扉は閉ざされ、錠が下ろされているようだ。


「少し下がってくれ」


 ルークさんの指示に従うと、呪文が唱えられ雷が生まれる。

 剣を振るう姿が印象的で忘れかけていたけれど、ルークさんは魔術師でもあった。

 雷は錠前を打ち据え、衝撃で扉が内側へと倒れこむ。


「中を見てくる! 怪しい奴が来たら呼んでくれ!」

「はい!」


 残念ながら私は、襲ってくる人間には無力だった。

 浄化の魔術のおかげでモンスターには強いけれど、対人戦闘能力はほぼゼロ。

 周囲を警戒していると、フォルカ様が走り寄ってきた。


「早い! 地上を駆けてきたんですよね!?」

《竜の翼程度に負ける我ではない》


 えっへん、と。フォルカ様が胸を張り答えた。

 背中ではコンが目を回している。

 フォルカ様の背中に乗せられ揺さぶられ、ここまで連れてこられたようだ。


《エルはこの建物の中に監禁されているのか?》

「たぶんそうだと思います」


 今のところ中から大きな物音や、争う声は聞こえてこなかった。

 むしろクロルを見て集まってきた村人のおかげで、外の方が騒がしいくらいだ。

 何かあればすぐ動けるよう、注意深く建物を見てしばらく。


「ルークさんっ!」


 目をつぶったエルを抱きかかえ、ルークさんが外へと出てきた。


「エルは無事ですか!?」

「眠らされているだけのようだ」


 背伸びをし、抱きかかえられたエルの顔を覗き込む。

 微かな寝息と共に、規則正しい呼吸が繰り返されていた。


「良かったっ……!!」


 大きく息を吐くと、安堵に体の力が抜けていった。


「ルークさんも怪我はありませんか?」

「無事だ。中には誰もいなかったからな」

「……ひとりも? ひとりも見張りはいなかったんですか?」

「そのようだ。一階奥の部屋で、ミヒャエル殿下がひとりで眠っていた。縛られているわけでもなく、ただ床に寝かされていただけだ」

「エルひとりで、ただ寝かされていただけ……?」


 よくわからない話だ。

 仮に人手が足りなくて見張りを置けなかったのだとしても、エルの手足を縛るくらいはできるはずだし、やらなければおかしかった。


「誘拐犯は、一体何を考えてるんでしょうか……?」

「不明だがミヒャエル殿下はご無事だ。薬をかがされたのか深く眠っているが、目を覚ませば誘拐犯について何か話してくださ―――――何だこの鐘は?」


 突如鐘の音が鳴り響いた。

 リンゴンリンゴンと、何度も何度も打ち鳴らされている。村人たちもざわめき異常事態のようだった。


「―――逃げろっ!」


 男性が走ってきた。

 恐怖を顔に貼り付け、大声で村人たちへと叫んでいる。


「モンスターだ! 北からモンスターの大群がやってくるっ!!」

「ひっ!?」

「何だって!?」

「逃げるぞ!!」


 蜂の巣をつついたように、我先にと村人たちが逃げ始めた。

 悲鳴に混じり、うなり声が北の方から何重にも響いてきている。


「どういうことだ……?」


 ルークさんが険しい顔をしている。


「この辺りに、人間を襲う危険なモンスターはいないはずだ。まさかこれは……」

「……『氾濫』?」


 顔が青くなるのがわかった。

 多大な被害をもたらす、自然災害のような現象。

 滅多に発生しないはずなのに運が悪すぎでは?


 いやあるいは、そうじゃなくてもしかしたら――――


「リナリア!」

「!」


 ルークさんの叫びに、はっと私は我へと返った。


「俺はクロルとモンスターの元へ向かう! リナリアはミヒャエル殿下を連れ逃げてくれ!!」

「ま、待ってくださいっ!!」


 慌ててルークさんのマントを引っ張った。


「ルークさんとクロルだけじゃ無理です!!」

「時間稼ぎにはなる!」

「やめてください!」


 死にに行こうとするルークさんを引き留める。

 マントを握りしめ、必死にその場に留めようとした。


「行くなら私も連れていってください! 私には浄化の魔術があります! 何とかなるかもしれません!」

「君が危険すぎるから断る!」

「きゃっ!?」


 強く引っ張られ、掌からマントがすり抜けてしまった。

 たたらをふんでいるとルークさんが素早く、クロルへと騎乗している。


「ミヒャエル殿下を頼む!」

「ま、待ってください!」


 駄目だ。

 このままではルークさんが死んでしまう。

 なんとか止めないと、と考えて、


「クロルに乗せてくれないなら、私はフォルカ様に乗って追いかけます!」

「なっ!?」


 思いつきのまま勢いのまま、私はフォルカ様の背中を掴んだ。


「すみませんフォルカ様お願い――――」

「待てっ!!」


 ルークさんが駆け寄ってくる。


「やめろ正気に戻れ! 狐に乗ってどうするつもりだ!?」

「ならクロルに乗せてください!」

「断る!」

「じゃあフォルカ様に乗ってついていきます!!」

「……っ!! わかった乗れ!!」


 ルークさんが根負けし叫んだ。

 素早く命綱をつけてもらい鞍に跨る。


 エルはフォルカ様とフィルに任せておいた。

 聖鳥であるフィルと一緒ならばと、ルークさんも踏ん切りがついたようだ。


 クロルがばさりと羽ばたき、みるみる高度が上昇していった。


「……! あんなにモンスターが……!!」


 まるで黒い津波だ。

 モンスターの大群が北側から、村の中へと殺到してきている。

 ざっと見る限り、襲われている人間や死体は見あたらないけれど、このままでは時間の問題だ。


 モンスターは数えきれないほどひしめいている。

 爬虫類っぽいのや獣っぽいのまで、様々な種類が押し寄せてきているようだ。


「ここから浄化の魔術は届きそうか? 俺の雷では難しい距離だが……」

「もう少し高度を下げることはできませんか?」

「駄目だ。これ以上下がると、モンスターの攻撃を受けてしまう」


 現在、高度はざっと数十メートルほど。


 以前にどこまで浄化の魔術が届くか試してみたところ、百メートルは軽く超えていた。

 射程距離は足りるはずだが、恐怖と緊張で心臓がばくついている。


 失敗すれば村人が死ぬし、ルークさんや私も無事でいられないかもしれない。

 集中し浄化の魔術を使おうとするが、モンスターの大群を目にすると、びくりと体が固まってしまった。


「っ……!!」

「難しそうか?」

「もう少しだけ待ってください!」


 やらなければルークさんが死ぬ。私を降ろしモンスターの元へと行ってしまうはずだ。


 落ち着いて集中して落ち着いて。


 深呼吸、深呼吸。

 今まで私は数えきれないほど、食材に浄化の魔術を使ってきたはずだ。


 オムレツ、そうオムレツだ。

 地上にいるのはモンスターじゃなく、何度も浄化の魔術をかけてきたオムレツだ。


 ただのオムレツの集団。そう思い込むと気が楽になってくる。

 やれる。やれるはず。オムレツ相手ならいける気がした。


『光よ、害あるを拭い不浄を清めたまえ!』


 地上へ向け浄化魔術を発動。

 掌に宿る光が弾け降り注ぎ、地上へと光の柱が突きたつ。


 光の奔流が眩いほどに、、村中を包み込んでいくのが見える。

 白い光に触れた端から、モンスターが消し飛んでいった。


「あれだけいたモンスターがたった一撃で……」


 ルークさんが茫然と呟くのを聞きながら、


「良かった……」


 私はそっと息を吐きだしたのだった。


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