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39.望まない再会です

書籍化記念の、本日2話目の更新になります。


 まさか聖女様ってマリシャのことなの⁉

 私が混乱し動揺していると、


「こらマリシャ、そんな慌てるんじゃない」


 またもや聞き覚えのある声が耳に飛び込む。


 怖い。

 体が震えそうなのを必死で抑える。

 唇を噛みしめ、そっと視線を向けると間違いない。


 ギリスおじさんだ。

 豪華な服を着て少し太っているけど、隣にはヴィシャおばさんもいる。

 せりあがってくる吐き気をこらえ、エルと交わされる会話を聞いていた。


「ふぅん、あなたがミヒャエル様よね? 私より一歳年上なんだっけ?」

「聖女様、ごきげんよう。僕は今年十一歳となりました」


 確定だ。

 やはりマリシャが聖女だったようだ。

 こんな偶然。まさかの巡りあわせに、喉が引きつり小さく鳴ってしまい、


「ん? なんの音?」


 マリシャに聞かれてしまった。


「今のあなた、が……リナリアっ⁉ あんたリナリアじゃないの⁉」

「っ、痛っ……‼」


 髪を掴まれ、強引に上を向かされる。


「聖女様! リナリアに何をするんだ⁉」

「わっ!」


 エルが制止に入ってくれ、おかげで髪が解放される。

 よろめき後ずさると、マリシャがこちらを睨みつけていた。


「こいつ、私の家にいた居候よ! 死んだはずなのにどうしてここにいるの⁉」

「わ、私は……」


 唇が震え上手く喋れなかった。

 突き刺さるギリスおじさんとヴィシャおばさんの視線。

 罵られぶたれた過去が蘇り、寒気と恐怖が止まらなかった。


「待ってくれ。リナリアは僕の住んでいた離宮の近くに暮らす平民で、話し相手としてついてきてくれただけだ」


 エルが仲裁に入ろうとしてくれたけど、


「話し相手⁉ あんたそうやってミヒャエル様に近づいたの⁉」


 マリシャは止まらなかった。

 眉を吊り上げ叫んでいる。


「何考えてるのよ⁉ ミヒャエル様のこと利用するるつもり⁉」

「ちが、っ……!」


 駄目だ。

 体が強張り、まともに口が回らなかった。

 これ以上私がここにいてはマリシャの不興を買い、エルにまで迷惑をかけそうだ。


「っ、今までありがとうっ……!」


 どうにかエルへと言い頭を下げ、震える足を動かし走り出す。

 屋敷を出て遠ざかって。

 息が切れ動けなくなるまで、私は走り続けた。


「げほっ、ごほっ……!」


 喉が酸素を求め痙攣する。

 道端でうずくまり息を吸っては吐いていると、ふわりと頬に尻尾が当たった。


《少しは落ち着いてきたか?》

「フォルカ様……」


 呼吸を整えつつ口を開く。

 フォルカ様とコンも、私についてここまで来てくれたようだ。


《先ほどの無礼な小娘、消し飛ばしてやろうかと思ったぞ》

「……それはやめてください」


 今やマリシャは聖女だ。

 彼女に危害を加えては、フォルカ様が追われることになってしまう。


《おまえ、これからどうするつもりだ?》

「私は……」


 元々、明日にでもエル達とは別れ、王都を見物した後フォルカ村へ帰る予定だった。

 エルときちんとお別れを言えなかったのは残念だけど仕方ない。


 私がまたエルの元を訪ねると、マリシャ達に知られエルの立場がまずいことになるかもしれない。

 エルとの別れが一日早まっただけと、そう考え諦めるしかなかった。


「……ルークさんに会いに行こう」


 竜騎士団の本部へ向かうと言っていた。

 直接会えるかはわからないが、誰かに伝言を頼むことくらいはできると思いたい。


 聖女が私の従妹のマリシャであったこと。

 私はマリシャに嫌われているため、エルの元から去ったこと。

 そしてマリシャの両親、ギリスおじさん達について、ルークさんに伝えておきたかった。


 ギリスおじさん達は何年も、私に虐待同然の扱いをしていた。

 人柄が信用できないので気を付けてくださいと、そう伝えておいた方がいい。


 エルは周りの大人から聖女との婚約を望まれているけれど、聖女がマリシャであると知った今、心配でたまらなかった。


 私は雑貨屋を探し便箋一式を購入し、ルークさんへの手紙をしたためた。

 ゼーラお婆さんが暇を見て教えてくれたおかげで、簡単な読み書きは出来るようになっている。

 お金の方も、肌身離さず財布を身に着けていたおかげでどうにかなりそうだ。


 手紙の文面を確認し封をすると、屋台で豚肉を挟んだパンを買い求める。

 代金を渡す際、竜騎士団本部の場所を聞くと、確かあっちの方だと教えてもらうことができた。


 豚肉を挟んだパンをフォルカ様とコンとわけて食べる。

 ギリスおじさんへの恐怖が抜けきらないせいか、味はよくわからなかった。


 パンを食べ終え、教えられた方向へ歩き出す。

 慣れない王都の道で迷いながらも、竜騎士団本部が広い敷地を持っていて目立つおかげで、日が暮れる前にたどり着くことができた。


「駄目だ。一般人は立ち入り禁止になっている」

「そうですよね……」


 竜騎士団は国直属の組織で、所属している人間はエリート揃いだ。

 簡単に敷地内に入ることはできないようで、門番に足止めを食らってしまった。


「竜騎士の方に、手紙を渡してもらうことはできますか?」

「必ず届くと保証はできないがいいか?」

「お願いします」


 門番にルークさんへの手紙を託し、ひとまず引き上げることにする。

 今晩休む宿を探し、私は竜騎士団本部を後にしたのだった。



☆☆☆☆☆



 ――――ミヒャエルが王都へやってきてから七日後。


「なんなのよもうっ!」


 マリシャはいらいらとしていた。

 不機嫌の理由はいくつかあったが、最大の原因はリナリアだ。


「リナリアがミヒャエル様に変なことを言ったせいでっ……!」


 ぎりぎりと唇を引き結ぶ。


 代々の聖女は、王族と婚姻を結ぶことが多かったらしい。

 現時点でのマリシャの婚約者候補として、もっとも条件が整っているのがミヒャエルだ。


 しかしマリシャは、ウィルデン王太子に惹かれていたし彼の後ろ盾を得ていた。

 ミヒャエルとの婚約には乗り気ではなかったが、それでも一度顔を見てやろうと、魔術の授業をさぼりがてら、あの日ミヒャエルの元へ足を運んだのだ。


 まさかそこに死んだと思っていたリナリアがいて、しかもミヒャエルに気に入られているなど、マリシャに予想できるわけがなかった。


 リナリアは姿を消したが、彼女の置き土産らしき影響がある。

 何を吹き込まれたのか、ミヒャエルはマリシャと距離を取ろうとしていた。


 マリシャへ求婚するよう周りの大人から圧力をかけられているようで、あからさまに悪感情を見せることこそ無かったが、マリシャをチヤホヤすることも無く冷めた様子だ。


「むかつく……!」


 腹立たしいことこの上なかった。

 マリシャは聖女と持ち上げられている。

 王太子であるウィルデンでさえ、マリシャへは甘い言葉を囁いていた。

 なのにミヒャエルは、そんなマリシャの歓心を得ようと思っていないのだ。


「全部リナリアのせいよ!」


 聖女である自分は全てから愛されるべきとマリシャは考えていた。

 だからこそミヒャエルの態度が許せず執着している。

 自分の素晴らしさを知らしめ、敬わせようとムキになっていた。


「……ミヒャエル様だってじきに、私を愛するようになるわ」


 ミヒャエルはリナリアに騙されているだけ。

 こちらの魅力を知れば、リナリアよりマリシャを選んでくれるはず。


 マリシャはそう考え、ミヒャエルの元へ何度も突撃している。

 ウィルデン王太子派の人間はミヒャエルと親しくならないよう諫めたが、そんなの知ったことでは無かった。


「マリシャ様、そろそろ魔術の練習のお時間で――――」 

「いかないわよっ‼」


 声をかけてきたメイドに、マリシャは怒鳴り返した。

 ただでさえ悪かった機嫌が、更に悪くなっていく。


 マリシャの不機嫌の理由二つ目は、今だ魔術を使えないことだ。

 一向に魔術が発動せず教師役の神官はいい顔をせず、マリシャはますます練習が嫌いになっていた。


「ミヒャエル様のところに行ってくるわ!」

「マリシャ様、お待ちください! ミヒャエル殿下には昨日お会いしたばかりです!」

「いいでしょ別に⁉ 私の自由よ!」


 言い捨てるとマリシャは、魔術の練習から逃げミヒャエルの元へ向かった。

 一人残されたメイドは瞳を細め呟く。


「これ以上は放置できせませんね……」


 メイドはマリシャに使えているが、真の主人は別にいた。

 マリシャは強くミヒャエルに執着しているようで対策が必要です、と。

 メイドは自らの主人へと、報告を行うことにしたのだった。


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