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37.聖女様との婚約


「そう、聖女様だ。聖女様が現れた件については、メルクト村にも噂が流れてきてるだろ?」

「何度か私も、噂を耳にしましたが……」


 聖女はこの国に一人だけの尊い存在。

 それゆえただ聖女とのみ呼ばれ崇めらえれているようで、個人の名前や詳しい経歴について、噂では語られていないようだ。


「確か、魔力測定で聖女たる資質を見いだされた、まだ十歳ほどの方なんですよね?」

「正解だ。聖女様は十歳の少女で、一番年の近い王族直系男子は僕になる」

「あぁ、だからエルを、聖女様の婚約者にって、そんな動きがあるんですね……」


 納得だった。

 噂によると聖女様は、王太子殿下の保護を受けているらしい。

 が、王太子殿下はニ十歳ほどだったはずだし、既に相応の婚約者がいて当然の身分だ。

 

 聖女様が現れたからって、軽々と婚約を破棄し、乗り換えることは出来ないはず。

 その隙をつき、聖女様と婚約することで王太子から引きはがそうと、そう企む人間がいても不思議ではない。


「僕の三人の異母兄には全員、婚約者が既にいるからな。ウィルデン兄上一派の権力を削ぎたい人間はたくさんいる。彼らは僕を聖女様の婚約者にしようと考えて、そのせいで王宮に呼び戻されることになったんだ」

「……身勝手な話ですね」


 母方の実家が弱く王位継承権が低いからと捨て置かれていたのに、掌を返したように担ぎ上げる。

 そんな大人たちに、良い印象は抱けなかった。

 政治とはそういうものなのかもしれないが、私は憤りを覚えた。


「誰もエルのこと、考えてくれてないじゃないですか」

「リナリアは怒ってくれるんだな」


 エルは笑った。いつもの彼らしくない、力の無い笑いだった。


 まだ子供で、頻繁にお忍びに抜け出していたエルだけど、それでも王族として、政治の駒になる覚悟と諦めは持っているのかもしれない。

 前世も今も平民の私とは、そこのあたりの感覚が違うようだ。


「聖女様への求婚の件、僕は断っていたけど、これ以上の抵抗は無意味そうだ。近いうち王宮へ向かわなくちゃいけなくなったから、だから……」

「だから?」


 エルは眉を寄せ、やがて唇を開いた。


「……だから、お願いだ。王宮に入るまででいい。リナリアも一緒に、王都へ来てくれないか?」

「私が?」


 ぱちくりと瞬きをする。

 寝耳に水だけど、考えるとエルの気持ちも理解できた。


 離宮で育ったエルにとって、王都は馴染みの無い場所だ。

 今まで放置されていたおかげであった自由も、王宮に入れば無くなってしまうはず。

 待ち構えているのはエルのことを、政治の駒と考える人間たちだ。


 エルは心細いに違いない。

 せめて少しでも長く、交友のある私と一緒にいたいと思ってくれたようだ。


 私にとってもエルは馴染みのあるお客さんで、一緒に庭いじりをした友人だ。

 不安を抱える彼を励ましたかった。


「そうですね、王都なら……」


 ちらとフォルカ様に視線を送ると、小さく頷かれた。

 私が王都へ向かってもいいらしい。


「わかりました。一度王都を見てみたかったし、エルと一緒に行ってみたいと思います」


 私がそう答えると、


「ぴちゅんっ!」


 歓迎するように、フィルが鳴き声をあげたのだった。



☆☆☆☆☆



 私はエル達と別れ、さっそく準備をすることにした。


 王都への出発は六日後らしい。

 それまでに食材を使い切るよう調整し、子狐亭をしばらく休むと、常連客に伝えておかなければならない。


 色々やることが多いけど、まずはフォルカ様に、気になっていることを聞いておく。


「フォルカ様はフィルとエルの正体、気がついていたんですか?」

《おおよそな》

「やっぱりですか」


 フォルカ様は私に優しい。

 言葉遣いは大仰だけど態度は気さくで、暖かく私に接してくれている。


 だからつい忘れてしまうけど、フォルカ様は自らを聖獣だと言っていた。

 聖鳥であるフィルの正体も、一発で見抜いていたのかもしれない。


「……聖獣であるフォルカ様とコンも、女神フィルシアーナ様の眷属なんですか?」


 ずっと気になっていたのだ。

 フォルカ様が嫌がるから、詳しく聞いたことは無かったけれど。


 そもそも聖獣って、どういう存在なんだろう? 聖鳥の狐バージョンなんだろうか?


《たわけめ。我は女神の眷属などではない。我は元々別の大陸にいたのだと、以前告げたことがあるよな?》

「ここからずっと離れた、お米が食べられている土地でしたっけ?」

《そう思っておけばいい。我もコンも女神の眷属ではないし、この地の王族と関わりもないからな》

「なるほど……。フォルカ様とコンは、フィルシアーナ様とは別の神様の眷属なんですか?」


 この世界の創世伝説には、フィルシアーナ様以外にも六柱の神様が語られているのだ。

 フィルシアーナ様が実在するのなら、他の神様だって現実にいらっしゃるのかもしれない。


《……だいたいそんなところだ。この大陸にやってきたのは、気まぐれな旅のようなもの。差し迫った予定もないから、おまえの王都行きについていってやろう》

「ありがとうございます!」


 心強い言葉だ。

 初めての王都、私も不安があったけど、フォルカ様と一緒なら安心だった。


《……これも偶然、いや必然の一側面か》

「何か言いましたか?」

《何でもない》


 問いかけるとフォルカ様がふわりと、尻尾を一振りしたのだった。



 ☆☆☆☆☆



 王都へは馬車を使い、五日間程の旅になるらしい。


 エルことミヒャエル殿下と護衛が10人ほど。

 私はエルの話し相手兼料理人という肩書で、フォルカ様とコンと一緒に旅についていくことになった。

 そしてルークさんも護衛として、旅の一員に組み込まれているようだ。


「ルークさん、メルクト村を離れて良かったんですか?」


 メルクト村の石垣の外。

 エル達の乗る馬車を待つ間、クロルを連れたルークさんと話をすることにした。


「問題ない。幸い森の監視と調査の結果、『氾濫』の予兆は無いと確認できた」

「一安心ですね」

「あぁ」


 返答は短かったけど、安堵の感情が込められているのがわかった。

 もしかしたらメルクト村がまた『氾濫』に襲われるのかもしれないと、ルークさんは気を張っていたようだ。


「現時点で『氾濫』の予兆は見られないと報告した結果、上から別の任務を命じられた。これからはミヒャエル殿下の護衛として、付き従うことになった」

「今までエルのお忍びを見守っていたのも、お仕事の一つだったんですか?」

「いや、違う。俺が自主的にやっていただけだ。師匠はミヒャエル殿下のことを可愛がっていた。殿下の身に何かあってはいけないと、見守らせてもらっていた」

「そうだったんですね……」


 言いつつ、少し疑問が残った。

 ルークさんはエルの護衛だけでなく、よく私のためにも時間を割いて、あれこれと助けてくれている。

 ありがたかったけど、ずっと疑問に思っていたのだ。


 竜騎士は国に100人といないエリート。

 そんなルークさんが、『氾濫』の調査のためとはいえ、メルクト村に派遣されるものだろうか?


 きちんと監視と調査の仕事はこなしていたようだけど、私やエルに構ってくれる時間があった。

 ルークさん程優秀で真面目な人なら、もっと別の何か、大きな仕事を上から命じられても不思議でないはずだ。


「ルークさんはなぜ、メルクト村に派遣されていたんですか?」


 これ、聞いても大丈夫かな、と思いつつ。

 私は小さく口を開いた。


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