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36.エルは焦っているようです


 店を出て庭へと向かう。


 少し前まで荒れ放題だった庭の一角は、今は綺麗に整えられている。

 エルが遊びに来た時、生い茂る雑草を刈り畑を作ろうとしたのがきっかけだ。


 農業を糧にする平民にとっては珍しくもない作業も、エルは興味津々だった。

 そんなエルと一緒に、暇を見て私も庭をいじっている。

 いくつか野菜の種をまいてあるので、成長と収穫が楽しみだった。


「お待たせ。どうしたんですか?」


 フィルを肩に乗せたエルは気もそぞろに、コンの尻尾をぼんやりと目で追いかけていた。

 近くでルークさんと、エルの護衛らしき男性が見守っている。


「エル?」

「……もうここには、来ることができなくなりそうだ」

「……そうですか」


 エルが告げたのは、うっすらと私も予感していた言葉だ。

 10日に一度ほどのペースで、メルクト村へお忍びでやってきていたエル。

 いつまでも彼に自由が許されるとは、私には思えなかった。


「お忍びが禁止になるの?」

「……前からずっと、僕のお忍びはいい顔をされてなかったよ。それでも抜け出してきたけど……もうダメだ。もっとずっと厳しい、抜け出すことなんてとてもできない場所に、僕は引っ越すことになったんだ」

「引っ越し……、その引っ越し先は、もしかして……」


 言葉を続けるべきか迷い視線をさまよわせる。

 すると黒々とした、フィルの瞳と目が合った。

 私に言葉の続きを促すような、そんな知性を感じさせる瞳をしている。


「……エルの引っ越し先は王都。王都にある、王宮の中じゃないですか?」

「‼ 気づいてたのか……」

「ということは、やっぱり……。エルはミヒャエル殿下なんですね」


 この国には現在、王太子を含め4人の王子がいるらしい。

 雲の上の存在。

 詳しい人柄や経歴は知らなかったけど、そのうちの末の王子が私に近い年だと、ゼーラお婆さんとの雑談で知り記憶に残っていた。


「そうだ。僕こそが第四王子ミヒャエルだけど……。どこで気がついたんだ?」

「フィルです」

「ちきゅっ?」


 名前を呼ばれたフィルが、こてりと首を傾げた。

 無垢で愛らしい、小鳥のような仕草だったけど、


「ルークさんはフィルを「その方」と呼んでいました。どう考えても、ただの小鳥に対する扱いじゃんかったし……。それにフィルは私とルークさん、それにエルの護衛以外の人に対しては、姿を見せないようしていましたよね?」

「……バレてたか」

「一度疑うと、怪しいことばっかでしたよ。フィルの正体は聖鳥。光の女神フィルシアーナの眷属の、聖なる鳥ですよね?」


 白と青の飾り羽を靡かせ飛ぶ、人の大人より大きな翼をもつと知られている聖鳥。

 フィルとは違う点も多いけど、羽毛の色は一致しているし、フィルからは時折、高い知性を感じていた。

 人前に姿を現さないのも、正体がバレないための用心だと考えられたし、疑うには十分な片りんだった。


「聖鳥は、この国の頂点に君臨する王家の血筋の方にしか懐かないと聞いています。ならばエルが王族かもしれないと、情報を集めることにしたんです。エルは初めて会った時、西に延びる道からやってきました。ゼーラお婆さんに聞いてみたら、西に少し行くと大きな町があって、その町の外れにはひっそりと、王族が暮らす離宮があると言っていました」

「……あぁ、そうだよ。俺はいつもその離宮から、抜け出してこの村にやってきたんだ」

「どうしてお忍びを?」

「そんなの、退屈だからに決まってるだろ」


 エルが鼻を鳴らした。

 鼻息がかかり飾り羽が揺れ、フィルが迷惑そうに瞳を細める。

 小鳥のフリをやめたフィルは、なかなかに仕草が雄弁だ。


「僕は王位継承権最下位の王子だ。母上は亡くなって、その実家も落ちぶれてしまってる。王太子の座にはウィルデン兄上がついていて、王宮に僕の居場所は無かったからな。覚えている限り、僕はずっと離宮暮らしだ」

「その離宮暮らしで、ヤークト師匠やルークさんと出会ったんですか?」

「そうだ。ヤークトは昔、王宮に勤めていた魔術師だったからな。母上とも知り合いで、母上が存命の頃はよく、ヤークトの家に僕も招かれていた」

「だから今もエルは、メルクト村にお忍びでやって来てたんですか?」


 昔から馴染みのある、楽しい思いでのある場所なのかもしれない。

 ヤークト師匠が亡くなったのは6年前。

 当時エルは5歳だけど、その頃は彼の母親も存命で、息子を可愛がっていたようだ。


「お忍びについて、離宮の使用人がいさめるのは形だけだ。僕は放置されていた。だから抜け出して、この村に遊びにきてたのに……それも終わりだ。王宮に帰って来いと、そう流れが出来逆らえなくなっている」

「何か、王都の政治情勢に変化があったんですか?」


 まだ小さく、王位継承権は低いとはいえエルは、ミヒャエル殿下は王族だ。

 胸騒ぎが、なんとなく嫌な予感がする。


「……婚約だ」

「エルにいい相手でもいるんですか?」


 王族だから、婚約話の一つもあるのかもしれない。

 そう思い聞いたのだが、エルは顔を赤くし首を横に振っている。


「ち、違うぞ⁉ 王都に僕が好きな相手がいるわけじゃないからな⁉ 勘違いするなよ⁉」

「はい。わかってます。この手の婚約って、個人的な好きとか嫌いとか、そういう感情で結ぶものじゃないと思いますし」


 何やらエルは焦っているので、落ち着かせるよう語り掛ける。


「政治的な駆け引きの一環で、婚約を勧められてるのよね?」

「あ、あぁそうだ。わかってくれるならそれでいい……。僕に対する婚約話、正確に言うと、僕と聖女様を、どうにかくっつけたい人間がいるんだよ」

「……聖女様と?」


 まさかここで、聖女様の名前が出てくるとは。

 驚きながらも、私はエルの話を聞いていった。


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