35.お店は繁盛しています
子狐亭開店からしばらく、私は店の切り盛りに忙しくしていた。
給仕の仕方、効率よくいくつもの料理を仕上げる方法、待ち時間を短くする工夫。
次から次へと見つかる改善点に試行錯誤し動き回る毎日で、頭も体もへとへとだった。
「疲れたぁ~~~~」
ぼっふりと、フォルカ様の尻尾に顔を埋める。
きつね色の尻尾は今日もさらっさらのもふもふだ。
フォルカ様は子狐亭の営業中、二階や森の中で気ままに過ごしているらしい。
コンと一緒に看板狐やってみる?
と聞いてみたところ、めんどくさいとのことで自由にしてもらっている。
「あぁぁぁ~~~このいつまでも触っていたいもふもふ、人を駄目にする尻尾~~~~」
《我におまえを駄目にするつもりは無いのだが……。おまえの発言は、ときどき意味が分からないな》
「わわっ!」
フォルカ様の尻尾が引き抜かれ、軽くたたらを踏んでしまう。
《我の尻尾に夢中になる前に、まだやることがあるだろう?》
「……そうでしたね」
子狐亭の営業時間は終わったが、明日の分の仕込みが残っている。
「明日はお弁当屋の日……」
作る料理と、やるべきことを脳内にリストアップしていく。
子狐亭の営業日は月曜、水曜、日曜日の週3日。
火曜と木曜はゼーラお婆さんの店の軒先でお弁当屋を開くサイクルになっている。
元々はお弁当屋はやめ子狐亭1本で行くつもりだったけど、常連客の反対にあったのだ。
メルクト村から子狐亭まで、大人の足で片道十分弱。
食事の時間も加えると一時間弱は必要で、行き来が厳しい村人もいるらしい。
なので当面の間、子狐亭の営業曜日を減らし、お弁当屋の営業も続けるつもりだ。
お弁当屋の営業は慣れているので、毎日子狐亭の営業をするより余裕がある。
幸いどちらも、用意した食材は魔位置にほぼ使い切っているので、給仕を雇っても黒字が大きかった。
お金の管理も今のところ、どうにか前世の知識を使いできているので、あとは子狐亭の切り回しに私が慣れるだけだ。
「まだ課題はあるけど、でも……」
ルークさんとクロルの治療、ゼーラお婆さんやハーナさんとの交流、そして弁当屋と子狐亭で毎日村人と接した経験によって、私の対人恐怖症はほぼ完治している。
「メルクト村、優しい人が多いよね」
それがきっと一番の理由だ。
前世も今世も不運続きだったけど、メルクト村の人たちに出会えたのは間違いなく幸運だった。
もちろん、中には話が合わない人もいるけど、あからさまにこちらを敵視し迫害してくる人はいなかった。
ルークさんと出会った日、こちらを脅してきた恐喝犯は旅人だったようだ。
あれ以来姿は見かけないし、他に私に暴力をふるうような人はいなかった。
「……子狐亭、頑張ろう」
生活費を稼ぎ、これからもメルクト村の人々と暮らしていくために。
美味しい料理を作っていこうと、そう思ったのだった。
☆☆☆☆☆
「リナリアちゃーん! オムレツ追加で一つよろしく!」
「わかりました!」
給仕のウィルさんの要望通り、手際よくオムレツを焼いていった。
子狐亭を開いてから二か月半。
切り盛りのコツをつかみかけ、少し楽になってきたところだ。
営業時間も、開店当初より長くできた。
昼二つ半の鐘から昼四つの鐘が鳴るまで。
だいたい11時から14時くらいまでの一日三時間、お昼時に営業をしている。
開店と同時に来てくれる人が2、3人。
その後11時半頃から営業終了まで満席になる日がほとんどだ。
忙しくも充実した、賑やかな毎日だった。
「お皿にあげて、っと」
ほかほかのオムレツを皿に盛りつけ、ケチャップで絵を描いていく。
子狐亭という店名にちなんで、デフォルメした狐の顔だ。
日替わりで具材の違うオムレツは人気で、子狐亭の看板メニューの一つになっている。
「うんかわいい! 私上手! 画伯天才っ!」
自画自賛しておく。
かわいらしい狐が、つやつやと赤くオムレツにのっかっている。
何十何百回と描いたおかげで、ケチャップ絵はぐんぐんと上達している。
デフォルメイラストならほぼ失敗しないし、細かい線も引けるようになっている。
リクエストがあれば、狐以外の簡単なイラストも提供可能だった。
「よし完成! あとは念のため……」
きょろきょろと調理場を見回す。
誰もいないことを確認し、小声で呪文を唱えた。
『光よ、害あるを拭い不浄を清めたまえ』
オムレツが光に包まれ、浄化の魔術が発動した。
「浄化の魔術も、だいぶ上手くなったよね」
毎日毎日、私は料理に浄化をかけ続けていた。
おかげで範囲指定の精度と発動速度が上昇し、料理の一つ二つなら、呼吸するように浄化することができる。
飲食店の大敵、食中毒。
料理を扱う場に常に付きまとう危険を、浄化は解決してくれる。
おかげで今のところ、子狐亭で大きなトラブルは怒っていなかった。
浄化の詳しい仕組みは不明だけど、殺菌消毒のような効果があるらしい。
気になっていくつか実験してみたけど、他に実感できるほどの効果は無いようだ。
浄化をかけた料理の味が変わることもないため、ルークさん以外にはバレていなかった。
注文の入っていた料理が一段落したので、オムレツを運びがてら食堂を覗くことにする。
「これ、どこの注文ですか?」
給仕中のウィルさんが、視線を奥のテーブルへとやった。
エルとルークさんだ。
今日も又、お忍びの途中でやってきてくれたらしい。
「日替わりオムレツです。どちらのご注文ですか?」
「僕だ」
答えたエルの声が、どことなく暗い気がした。
何か嫌なことでもあったのだろうか?
「リナリア、頼みがある。子狐亭の営業が終わったら、庭で少し話せないか?」
「……わかりました」
頷いておく。
エルの表情が気になるし、今日は外せない予定も入っていなかった。
閉店後に後始末をすませ給仕のウィルさんを送り出すと、私は庭へ向かった。




