表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/45

34.子狐亭の開店です


「リナリア、机はここに置けばいいか?」

「そこでお願いします」


 ルークさんの抱える机を、置くべき位置を確認する。


 かつてヤークト師匠の住んでいた家の一階。

 玄関の隣の広々とした一室を、私は料理店の食堂にすることにした。


 モンスター退治で得た魔石のおかげで開業資金はばっちり。

周囲の森に危険なモンスターがいないのも、ルークさんとの見回りで確認済みだ。


 ここ二十日ほどはお弁当屋と並行しつつ、一つ一つ準備を進めている。

 机や椅子、大きな調理器具はルークさんがクロルと運んでくれたので、とても助かっていた。

 今日も時間が出来たからと家に来て、力仕事を請け負ってくれている。


 作業を見守っているとコンがとてとてと、頭の上に器用にお盆を乗せてやってきた。

 よしよしと褒め撫でてあげ、お盆を手にルークさんへ声をかける。


「作り置きのおむすびがあります。そろそろ休憩しませんか?」

「ありがたい」


 おむすびとハンカチをルークさんへ手渡す。

 塩むすびに魚の味噌煮を包んだもの、そして照り焼きチキンを具にしたおむすびの三つだ。


 ルークさんは手を拭うと、ぱくぱくとおむずびをたいらげていった。

 見ていて気持ちいい食べっぷりだ。


 よく鍛えているルークさんは、基礎代謝が高く食事量が多いらしい。

 私の料理も、いつも美味しいと食べてくれるため、とても作り甲斐があった。


 ほっこりしつつ作業を再開し一時間ほどすると、食堂が形になってきた。


 五組の机と椅子。花瓶と壁のちょっとした飾り。支払いを行うカウンターの机。

 お客さんが十数人入れば満員の小さなお店だ。


 調理場となる家の台所にも、ルークさんが皿と調理器具を運んでくれている。

 食堂は職人を呼び新しい壁紙を貼っているし、傷んだ床も補修してある。

 あとは料理さえ準備すれば、料理屋を開店できそうだ。


「……懐かしいな」


 作業を終えたルークさんがぽつりと呟いた。


「懐かしい?」

「師匠たちと暮らしていた頃、毎日ここで食事をとっていたんだ。もうずっと、笑い声が聞こえなかったここでまた、料理を楽しめるんだな」

「……はい」


 ここはルークさんの思い出がつまった家だ。

 当時の光景そのままではなくとも、心地良い食事の場に出来るように、と。

 私はそう願ったのだった。



☆☆☆☆☆



「リナリア! 約束通りきたぞ!」

「いらっしゃいませ!」


 ルークさんと共にやってきたエルにお辞儀する。

 今日も絶賛お忍びのようだ。


 もうすぐ村の鐘楼で昼三つの鐘が鳴り、料理屋初日の開店時刻を迎える。


 外にはすでに、数組のお客さんが待ってくれていた。

 村からは少し歩くけど、お弁当屋で宣伝を行っていたおかげで、初日から満席になりそうだ。


「本日はお越しいただきありがとうございます。満足いただけるよう、精一杯頑張りますね」。

「……なんかいつもと雰囲気が違わないか?」

「今日は店主とお客様ですから」


 笑顔で丁寧な接客が目標だ。

 村人と契約を結び給仕として雇い、私は調理場を中心に動く予定だった。

 が、何がおこるかわからないため、一通り給仕もこなせるよう練習してある。


 エルたちと別れ食堂内の最終確認をしていると、小さく鐘の音が聞こえた。

 いよいよ営業開始だ。


「いらっしゃいませ! 子狐亭、本日営業開始です!」


 給仕のウィルさんと一緒にお辞儀をし、お客さんを食堂へと導く。

 木目の見えるテーブルには、汚れが天板に染み付かないように、ランチョンマット代わりの布が敷いてある。


 順番にお客さんを案内すると、ちょうどエルとルークさんで満員だ。

 その後に来た二組には、外で待ってもらうよう頼みに行く。


「しばらくお待ちいただいてもよろしいですか?」

「あぁ、いいとも」


 弁当屋の常連客だった男性が頷く。


「腹がすいたぶん、メシはより上手くなるからな。こいつを眺めてれば退屈もしなさそうだ」

「きゅこんっ?」


 店の外で木の枝で遊ぶコンに、男性が目じりをゆるめている。

 大柄で厳つい顔立ちで誤解されがちだが、動物好きな人だった。

 コンもすっかり男性には慣れていて、気にせず自由気ままに庭を遊び遊びまわっている。


 コンはこの子狐亭の看板狐だ。

 子狐そっくりのコンがいるから子狐亭。

 お店の名前は迷いに迷った結果、覚えやすい名前に決めることにしたのだ。


 私は子狐亭の中へと戻ると、お客さんの注文料理をさっそく仕上げていった。


 小さいお店で料理人は私一人なので、メニューの数は絞ってある。

 肉料理と付け合わせのセットを二皿にスープが一種類、日替わりで具材を変えたオムレツ。村のパン屋さんに卸してもらった丸パン。そしてお茶を提供する予定だ。


 下ごしらえしてある食材をせっせと調理し、給仕へと手渡していって。

 開店とともに入ったお客の分の料理を作り終えたため、食堂に様子を伺いに行く。


 できたての温かい料理を提供できるのがお弁当屋との違いだ。

 豚肉の生姜焼きに照り焼きチキン、チーズとジャガイモ入りのオムレツ。

 私を見たお客さんが、口々に感想を教えてくれた。


「美味いね! 生姜焼きも上に乗った玉ねぎも美味しいよ」

「私は照り焼き派よ。この甘辛さがたまらないわ!」

「温かいと香りが良くていいよな」

「ケチャップは最高だ!」


 最後の誉め言葉はエルのものだ。

 ケチャップが大のお気に入りのようで、お忍びで何度かお弁当屋に来た時は、ケチャップを使ったお弁当を購入している。

 今日もオムレツを頼み、ケチャップの美味しさを堪能しているようだ。


 向かいに座るルークさんは照り焼きチキンを注文している。今日もいい食べっぷりだ。


 開店初日。

 滑り出しは上々のようなのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ