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33.聖女様の出現


「初耳です。聖女様、ついに現れられたんですね」


 この国は創世の七神の一柱、光の女神フィルシアーナの加護を授かっているらしかった。

 そのためか数十年から数百年に一度、強い光の魔力を持つ子供が生まれ、女の子なら聖女と呼ばれ大切に扱われてきたようだ。


 その話を聞いた時、私はもしかしたら自分が聖女では、なんて思ったりもしたけれど。

 国のトップである王族が認めた聖女がいる以上、私の思い違いだったらしい。


 よかったよかった。

 うっかり調子にのって、「私聖女だと思います」なんてルークさんに言っていたら黒歴史間違いなし。 危ないところだった。


「どうやら噂はほんとみたいでね。聖女様って国を守ってくれる、ありがたい存在だって言うでしょ? その姿を一目見て尊敬と感謝を伝えようって、王都へ向かう人が多いらしいわ」

「行動力すごいですね」


 参拝とか、前世でいうパワースポット巡りみたいな感覚かな?

 私も少し気になるけど、料理屋開店の準備があるからなぁ。


「あはは、ま、今言ったのは建前、表向きの理由みたいなものよ。この機会にちょうどいいからって、王都に観光したり商売しに行こうって、そう考える人が多いのよ」


 人が集まればお金も集まってくる。経済効果も大きいようだ。


「聖女様って、色々と偉大な方なんですね」


 いったいどんな人なんだろう?

 聖女と呼ばれるくらいだから、清らかな心を持っているのだろうかと思いつつ、私はハーナさんと別れ家路についたのだった。



☆☆☆



 ――――一方、その頃王都にて。


「マリシャ様、ウィルデン王大志殿下より、贈り物が届いているようです」

「持ってきてっ!」


 お付きのメイドへと、マリシャはすぐに指示を出した。


 国の政治的中枢である王都。

 その王都の中心、王宮の一角に、マリシャたち一家は住処を与えられていた。


 故郷で暮らしていた時には考えられなかったほどの、華やかで上等な生活をしている。

 上質な家具で揃えられた部屋に、マリシャ一人のために用意された何人もの使用人。

 よくしつけられたメイドから贈り物が入った箱と、贈り主からの手紙を受け取った。


 滑らかで薄い、高価な紙で作られた封筒を破るようにして開くと、『聖女マリシャ殿へ』と書かれた手紙をうっとりと読んでいった。


 文面は流麗な筆跡で、マリシャを称える多彩な修飾を使いしたためられていた。

 この国で王の次に尊い貴人、王太子ウィルデンでさえ、聖女であるマリシャには敬意を持っている。


 その事実と、贈りものの大粒の宝石が揺れるネックレスに、マリシャの気持ちと自尊心は、高く高くどこまでも舞い上がっていった。


「はぁ、幸せ……。やっぱりウィルデン様からの贈り物が一番ね……!」

「マリシャ、落ち着きなさい。ウィルデン様ではなくウィルデン殿下とお呼びするのよ」


 ヴィシャは娘に向かい注意するが、その顔は締まりきらずにやついている。

 マリシャの両親、ヴィシャとギリスはこの世の春のような生活に笑いが止まらなかった。


 皆がマリシャの興味と歓心を得ようと、ヴィシャ達に近寄ってくる。

 前代の聖女の死去から百年以上すぎ、ようやくマリシャが見いだされたのだ。

 名のある商人も貴族だって、マリシャ一家には下手に出ている。


 そうした相手からもらった贈り物のいくつかを換金し、マリシャ一家は連日豪遊していた。

 唯一ユアンは環境の激変に適応できずぐずっているが、それも大した問題では無かった。

 ユアンの世話は使用人に任せ、マリシャ達は思う存分贅沢を楽しんでいる。


 そんな品の無い行動に眉をひそめる人間もいたが、マリシャにはウィルデン王太子がついていた。

 王太子一派に所属する代わりに、庇護と後ろ盾を得ているのだ。


「マリシャ殿、ごきげんいかがな?」

「ウィルデン様⁉ 今日は会えないはずじゃ?」


 突然の王太子の訪問に、マリシャは驚きつつも頬を赤く染めた。

 王太子ウィルデンは金の髪に緑の瞳の美しい青年だ。

 いつも麗しい微笑を浮かべ、マリシャへと近づいてくる。


「急にマリシャ殿の顔が見たくなったんだ。私が贈った首飾りをつけた君を、誰よりも早くこの目で見たいと思ったのさ」

「ウィルデン様……!」


 マリシャは夢見心地だった。

 ウィルデンがネックレスの鎖をつまみ、首へとかけてくれた。

 宝石の正面が前を向くよう調節すると、マリシャの赤い髪を一筋すくいとった。


「私の目の前にいるのは妖精かな? 髪も瞳も、君自身の全てが何より、宝石よりも輝いて見えるんだ」


 甘い甘い、物語の中でしか聞いたことのないようなセリフに、マリシャはくらりとなってしまう。


 きらきらした宝石、きらきらした王子様、きらきらと輝く私。

 聖女でよかった。気持ちよかった。

 これこそが私に相応しい扱いだと、マリシャは酒も飲まずすっかり酔っていた。


「ふふ、マリシャ殿は照れているのかな? 恥じらう姿も愛らしい君の時間を、私に少し分けてもらうことはできないかい?」

「もちろんで――――」

「マリシャ殿、お待ちください」


 ウィルデンとマリシャ二人の世界を割くように、老人の声が響いた。

 白の法衣を着た神官。マリシャに魔術を教えている人間だ。


 聖女として見いだされたマリシャは、強い光属性の魔力を持っている。

 光属性の魔術は使い手が少なく、そのほとんどが光の女神フィルシーナを奉じる神殿に所属している。


 マリシャの魔術の教師となった人間も、高位神官の一人だった。

 王太子ウィルデンにおもねることも無く、自らの役割を果たそうとしている。


「本日はこれから、魔術の練習の時間です。準備をお願いいたします」

「嫌よ。ウィルデン様が来てくれたのよ?」

「ウィルデン殿下のことを思うなら、なおさら練習に励むべきです。マリシャ殿はいまだ一回も、光属性の魔術を成功させていません」

「っ……!」


 不愉快な指摘に、マリシャの機嫌が急降下していく。


 きらきらと華やかな毎日に落ちる影。


 マリシャが聖女であることは皆に認められている。王都にある高精度の魔力測定器で測った結果、高い魔力量と、希少な光属性であることが確認されていた。


 なのにどうしてか、マリシャは一度も魔術を使うことができていない。

 教師役の神官を何度か変えたが効果が無く、マリシャには苛立ちが募っていた。


「マリシャ殿、焦らなくても大丈夫さ。君に憂いは似合わないからね」

「ウィルデン様……」

「君は聖女。他の人間とは違う特別な女の子だ。ゆっくりと才能を磨いておいで」

「……わかったわ」


 ウィルデンに励まされたマリシャは渋々と、魔術の訓練へと向かったのだった。 



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