32.おしゃれは楽しいです
エルが食べ終えたのを見届けると、私は外に出てお弁当の販売に向かった。
用意した数が少なめということもあり、開店してまもなく完売してしまった。
「出遅れた! 今日はもう売り切れか~~~~」
常連客の一人、ハーナさんが肩を落としていた。
「うぅ、ちなみに今日は、どんなお弁当を販売していたの?」
「三種の卵焼き弁当、ケチャップ添えです」
「あぁ~~~~~。よりによって私の好きな奴じゃーん……」
がっくりとうなだれるハーナさんは、17歳の栗色の髪をした女の子だ。
気落ちする姿に前世の、購買部で目当てのお弁当が買えず落胆する、高校時代の同級生を思い出した。
「ハーナさん、元気出してください。また三日後に、卵焼き弁当を出すつもりですから」
「ほんとほんと? 今度こそ絶対手に入れるね!」
一転して表情を輝かせるハーナさんはかわいい。
髪は編み込みが凝っていてよく似合っているし、お針子らしく服もおしゃれだった。
お弁当屋は閉店して時間があるため、ハーナさんとおしゃべりを楽しむ。
雑談の流れで、この後どうするか予定か尋ねられ答えた。
「――――へぇ、今日はもう家に帰るんだ」
「はい。そのつもりです」
昼過ぎからはまたルークさんと森を見回る予定だった。
が、エルが来たため、ルークさんはエルに目付としてついていくことにするらしい。
私は早めに家に帰り、いくつかレシピを試してみようと思っていた。
「じゃぁ時間ある? 二人で服屋にいかない?」
「服屋に?」
「リナリアちゃんに似合う服、一緒に買いに行かない?」
「う~~ん、お財布が寂しくなりそうだし、今日ははやめておきます」
今は家での料理屋開店のため、お金をためているところだ。
このメルクト村、地産地消の肉や野菜は安いけど、衣服や家具はそこそこ高めだ。
大量生産可能な日本と違い、1点1点手作りだから当然かもしれない。
今私が着用しているのは、何着か買った古着のうち一着と、こちらも古着屋で購入したフードだ。
きちんと洗い清潔感を保つよう心掛けてはいるけど、地味なのは否定できなかった。
「お金なら心配しなくていいよ。ルークさんが持ってくれるからね」
「へ?」
なぜここでルークさんの名前が?
「ルークさん、うちの兄ちゃんの友達なんだよね」
「あ、そっか。ハーナさんのお兄さん、ギグさんでしたね」
「そそ。でもって兄さん経由で、私にお願いが来たのよ。『リナリアに服を買いたいが、俺は衣服には疎い。俺が支払いを持つから、機会があったらリナリアに服を選んでやってくれ』って、ルークさんに頼まれたのよ」
そういうことかぁ。
確かにルークさんが、女性や子供向けの服を選ぶ姿は想像できなかった。
ルークさんには何度か、治癒魔術のお礼がしたいと持ち掛けられている。
そのたび断っているが、真面目なルークさんは気になっていたようだ。
ここはありがたく、好意に甘え服を買いに行くことにしよう。
☆☆☆☆☆
村には三件の服屋があるが、そのうち二軒は古着が専門だ。
今日はまだ訪れたことの無い、新品の衣服を扱う店に向かった。
お店の中は動物の立ち入り禁止のため、フォルカ様はその間、村を散歩しているようだ。
店にはたくさんの、植物で染められた衣服が並べられている。
この国では、女性はスカートをはくのが主流だ。
店の中のスカートやワンピースは全て手作りで、刺繍や飾り紐がかわいかった。
きゃいきゃいわいわいと、ハーナさんのアドバイスを受け服を選んでいく。
色々と組み合わせを考えてから購入したこともあり、店を出た時にはそこそこ時間が経っていた。
傾き始めた陽を浴び、ハーナさんとしゃべりながら歩いていると、
「リナリア……だな?」
ルークさんが何故か、疑問形で私の名前を呼んだ。
隣ではエルが、こちらを見て固まっている。
「はい、リナリアです。二人ともどうしたんですか?」
「……見違えたな」
「!」
嬉しい。
私は服屋の一角を借りて、さっそく買った服を着用していた。
そして服屋に行く前には、せっかく新品の服を着るのだからと、ハーナさんの家で顔を洗い髪をいじり、ハーナさんお手製の化粧水で肌を整えてもらっている。
身ぎれいになった私が着ているのは、生成り色のワンピースだった。
ひらりと広がる形の裾には、素朴な白レースが縫い付けられている。
腰には太めのベルト。お財布がわりの銅貨袋と小物入れを下げ、肩には刺繍が可愛らしい、赤いフードつきケープを羽織っていた。
服にあわせ、ハーナさんの手で髪には編み込みをしてもらっている。
黄色い花の形をした髪飾りもつけてもらって、私は久しぶりのおしゃれを楽しんでいた。
「かわいいな。……俺ではこう、上手い誉め言葉が出てこないが……。リナリアはとてもかわいいと思う」
「へへ、ありがとうございます」
ルークさんのシンプルな誉め言葉が嬉しかった。
服代を出してくれたお礼を言っていると、エルがぎこちなく声をかけてきた。
「……僕もいいと思う。おうきゅ……いや家の近くでも、こんな可愛い子は初めて見るぞ」
エルの言葉には、またもや気になるところがあったけど、ここは気づかないフリをしておく。
赤くなったエルに、ハーナさんがにんまりと笑みを浮かべた。
「エル君、ここはもっと、ぐいぐいと行っといた方がいいと思うよ? どう動くのがいいか、お姉さん助言してあげよっか?」
「え、遠慮しておく! リナリアまたな!」
慌てた様子で別れを告げ、エルとルークさんが去っていった。
よく見るとひっそりと、二人を追いかける男性が何人かいる。
ルークさんが警戒した様子はないから、たぶんエルの護衛のような人だ。
お忍びで家を抜け出したエルを見つけ、そっと見守っているのかもしれない。
「エル君面白いね~。私もそろそろ仕事に戻るけど、リナリアちゃんは一人で家に帰れる?」
「そうします。今日はありがとうございました」
「いいよいいよ。お礼はいらない。リナリアちゃんかわいいからね。着せ替えできて楽しかったよ。これからしばらくは、ゆっくり遊ぶ暇も無さそうで寂しいよ」
「お針子の仕事が忙しくなりそうなんですか?」
繁忙期なのだろうか?
衣替えの季節はまだだけど、何かイベントがあるのかもしれない。
「あ、心配しないでね? 忙しくてもなんでも、時間は作ってお弁当は買いに行くつもりだよ。ただとんぼ返りになるから、今日みたいにおしゃべりはしばらく難しいかな。うちの仕立て屋に何軒も、余所行きの服の仕立て直しの依頼が入ってきたのよ」
「余所行きの服を、ってことはどこか近くで、お祝い事や宴会が開かれるんですか?」
「違うみたい。みんな王都へ行くつもりで、とっておきの服を仕立てたいみたいね。この国で聖女様が見つかって、王都にいる王族の元へやってきたって噂、リナリアちゃんは知ってる?」
 




