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3.ある日森の中で子狐と


 私の足音に気が付いたのか、小動物は顔をあげた。


「きゅう……」


 小さな瞳が、じっとこちらを見上げる。


 子犬、いや、狐の子供かな?

 右の前足から血を流し、ぐったりと体を伏せている。

 痛そうでかわいそうだけど、今の私に助ける余裕はなかった。


「……余裕はない、でも……」


 子狐は心細そうにこちらを見ている。

 捨てられた私と似た、見捨てないで、と訴えかけるような瞳をした子狐。

 無視することができず、子狐の元へと座り込んだ。


「足、ちょっと見せてね」


 刺激しないよう、ゆっくりと傷を確認していく。

 子狐は大人しくしている。

 人慣れした雰囲気で、どこかで飼われているのかもしれない。


 傷の周りの泥をはらい、スカートを割いた即席の包帯を巻いてやる。

 ほどけないよう、しかしきつすぎもしないように。

 包帯に指を当て調節し、無事に治りますようにと祈っていると。


「えっ?」


 指が光った。

 何これそれに温かい?

 包帯に触れた私の指から、光と熱が漏れ出していた。


「こんっ!」

「わっ! もう大丈夫なの?」


 子狐が立ち上がり、包帯を前足で引っ掻いている。

 まさかと思い包帯をほどくと、傷口は既に塞がっていた。


「これ、私がやったの……?」

「ここんっ‼」


 肯定するように子狐が頷いている。

 もしかしてこの子、私の言葉がわかるの?

 この世界の狐は賢いのかもしれない。


「わっ!」


 ぺろぺろと、子狐が手を舐めてくる。

 びっくりして、温かくて、指先にあたる舌がくすぐったかった。


「ふふ、お礼のつもりかな?」


 人懐っこい子狐を撫でてやる。

 頭は小さくて、今の私の掌にぴったりの大きさだ。

 撫でやすいように、耳を横へ倒してくれている。かわいい。


 金茶の毛並みはふわふわで、柔らかさにうっとりとしてしまう。

 ぱたぱたと大きな尻尾が振られ、手をかすめる感触も心地よかった。


「癒される……」


 子狐のぬくもりに、捨てられ縮こまっていた心がほぐれていった。

 小さい動物は好きだ。

 前世も今世も動物を飼う余裕は無かったけど、今なら愛犬家の気持ちがよくわかった。


 温かな体ともふもふとした毛皮は、それだけで何よりの癒しだ。

 心の電池を充電させてもらうと、私はスカートをはらい立ち上がった。


「ありがとう。でも私、そろそろ道と食料を探しに行くね」 


 子狐に手を振り歩き出す。

 さくさく、とてとて。

 さくさく、とてとて。


「……ついてくるの?」


 草を踏む私の靴音を、子狐の足音が追いかけてきた。

 私が立ち止まると、子狐も足を止める。

 振り返ると子狐が、ふわりと尻尾を振ってきた。


「かわいい……!」


 よし、決めた。癒しは大事だ。

 子狐と一緒に進もう。

 小さな四本の足をちょこちょこと動かす子狐を見ていると、空腹も誤魔化せそうだ。


「……そういえばあなた、お母さんかお父さんは近くにいないの?」

「こん?」


 子狐が首を傾げた。

 質問の意味がわからないのか、あるいはやはり、言葉をわかっていないのだろうか?

 考えつつ、気になることをいくつか聞いてみることにした。


「この森の名前や、外に出る道を知ってる?」

「きゅうぅ……」

「そっか。わからないか。じゃあもう一つ、さっき私の指から出た光が何だっ――――」

「きゅっ!」

「わっ⁉」


 子狐が鋭く鳴き、スカートの裾をくわえ引っ張った。

 よろけ転びそうになってしまう。


「何、いきなりどうしたの……?」


 子狐のしっぽがぶわりと、一回り以上大きくなっている。

 四肢をふんばりうなり声を上げながら、木立の一方向を睨みつけている。


 嫌な予感。

 息をひそめ木立を見ていると、ギラリと何かが光った。


「ひっ……!」


 二つの瞳が、木陰の闇からこちらに向けられている。

 音も無く茂みをかきわけ、黒い獣が近づいてきた。

 狼のような顔つきだが、首の周りにライオンのようなたてがみがあり、大きさは牛や馬くらいありそうだ。


「こ、こないでっ……!」


 声が震える。

 足も震えた。

 膝が崩れ座り込んでしまった。


「あっちいって!」


 足元の石を投げる。

 運よく相手にあたるも、全く効いていないようだ。


 赤い瞳は瞬きもせず、ギラギラとこちらへ向けられている。

 黒い獣は子狐の威嚇も気にせず、涎を垂らし距離を詰めてきた。


「っ……!」


 駄目だ。助からない。

 目を閉じることも出来ず、獣の牙が迫ってきて――――


「ぎゃうんっ‼」


 ――――濁った悲鳴が聞こえた。

 黒い獣の首元に、金茶の獣が食いついている。

 たてがみをものともせず、金茶の獣は牙を立てているようだ。


 傷口からは血の代わりに、何か黒いモヤのようなものが漏れ出している。

 地面へと引き倒された黒い獣は、でたらめに手足を動かしていた。

 しかし長くは続かず、一度大きく痙攣すると、静かになり動かなくなってしまう。

 体の端から輪郭が滲んでいき、空気へと溶けるように消えていった。


「た、助かった?」


 立ち上がろうとして尻もちをついてしまう。

 腰が抜けてしまったようだ。

 座り込んでいると、金茶の獣が近づいてくる。


「大きい……」


 頭のある高さはたぶん1メートルくらい。

 体は滑らかな金茶の毛皮に包まれていて、すらりとした四本の足が伸びている。


 頭部には一対の三角形の耳。

 顔は細長く狐に似ているが、こんなに大きな狐を見るのは初めてだ。

 どこか神々しささえ感じる狐を見上げていると、


《小娘。おまえはここで何をしているのだ?》


「はひっ?」


 口から間抜けな声が出た。

 え、待って。ちょっと待って。


「……この世界の狐ってしゃべれるの……?」


 ぽかんとして呟くと、すぐに声が帰ってきた。


《狐ではない。聖獣だ。恐れ敬うがいい》 


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