29.森の見回りへ
「……この場はひとまず、俺の過去は置いておこう」
仕切りなおすように、ルークさんが一つ咳払いをした。
「先ほども言ったが、俺の任務はこの森一帯の監視だ。俺とあともう3名人、こちらは竜騎士ではない普通の騎士だが、この村に派遣され滞在している。俺はクロルに乗って上空から、森に異常がないか見て回っているんだ」
「森の上を飛び回っていたのは、そのためだったんですね。……でも私、ルークさんの仕事内容を知ってしまっても良かったんですか?」
「君は無暗に、話を広げるような性格では無いはずだ。それにゼーラさんや村人の中には、うすうす俺の任務に気づいている人間もいるからな」
「なるほど……」
ルークさんはメルクト村の生まれで知り合いが多いし、飛び回るクロルは地上からでも良く見える。
完璧には隠し通せていないようだ。
「今のところ、監視任務に異常は見られないんですか?」
「おおよそはそうだ。だが一つだけ気がかりがある。飛んでいたクロルと俺を、攻撃してきたモンスターの存在だ」
「本来、この森にはいないようなモンスターなんですか?」
「珍しいが、いないとは言い切れない類だ。雷猿と言うモンスターで、雷を操り空中への攻撃能力を持っている。モンスターにしては知能も高い方で、あの日は数体で連携し攻撃をしてきたようで、クロルも避け切れなかったんだ」
「雷で遠距離攻撃のできる、頭のいいモンスター……」
怖い。かなりの強敵だ。
絶対に出会いたくないモンスターだった。
「心配しなくていい。この森にいた個体は俺がせん滅している」
「……ルークさん一人でですか?」
思わず声が硬くなってしまう。
「そうだ。雷猿は厄介な相手だが、立ちまわり次第で十分劇は可能だ。あの日不覚を取ったのは不意打ちを受けたからだ。森に雷猿が潜んでいるとわかっていれば対策は出来るし、クロルと協力して追い込むのは難しくなかったからな」
「…………」
この手のことに詳しくない私でもわかった。
絶対それ、簡単なことじゃないよね?
一度は重傷を負わされたモンスターの集団に勝つなんて。
ルークさんが手練れの竜騎士だとしても、危ない橋を渡っているはずだ。
そう思って気を付けて見てみると、ルークさんの立ち姿に違和感があった。
「ルークさん、左肩が少しおかしいです。怪我をしてませんか?」
「利き腕ではないから大丈夫だ」
「……やっぱり怪我、してるんですね? しゃがんでください」
マントを引っ張り、強引にしゃがみこませる。
一つ断りを入れ、服を緩め左肩をはだけさせてもらう。
素人目にもはっきりとわかる、大きな青あざが浮かんでいた。
「治します」
呪文を唱え、魔力で左肩を包んでいく。
魔力の光が輝きを強め、おさまると青あざが消え去っていた。
「……何度見ても素晴らしいな」
「私は見たくないです」
魔術で治せるとはいえ、怪我をしたルークさんは見たくなかった。
自らの身を顧みないままでは、いつか死んでしまいそうだ。
「……無茶はしないでください」
「やるべきことをやっているだけだ。雷猿を野放しにしては、いつ君や村人に被害が出るかわからなかったからな」
ルークさんはそう言うと、掌をいくどか握り肩を回した。
「治療のおかげで掌も肩も問題ない。やはり君は……」
「私は?」
「いや、何でもない。忘れてくれ」
気になるが、ルークさんは教えてくれる気は無さそうだ。
「……この森の監視は俺の任務の一環だ。明日からしばらくは重点的に、この家の近くを見て回ることにしよう」
「この家の近くを重点的に……」
一つ気になることがあった。
「どうした?」
「見回りって今まで具体的にどうやってたんですか? ずっとクロルに乗って上から見るだけじゃ、地上で異変があっても見落としてしまうかもしれませんよね?」
「上空からの確認の後、クロルから降り歩き、異常がないか確認している。時間としてはそうだな、地上に降りての見回りが半分以上といったところだ」
「この家の近くも、同じような手順で監視するんですか?」
「いや、この辺りは森の奥への行き返りの際に上空から眺めているから、見回りは地上からがほとんどになる予定だ」
「だったら、私も一緒に見回りに行ってもいいですか?」
「駄目だ」
即答されてしまった。
「可能性は低いが、危険なモンスターが潜んでいるかもしれない」
「だったら尚更、私も一緒に行った方がいいと思います。もしルークさんが怪我をしてもすぐ治せるし、モンスターが相手なら、自分の身は浄化の魔術で守れます」
浄化とは、瘴気を祓う光属性の魔術だ。
瘴気の塊であるモンスターには効果てきめん。
フォルカ様曰く、直撃させれば一発で消滅させられるし、いざという時は浄化の魔術を自分にかければ、モンスターが近づけなくなるそうだ。
「お願いします。どうか私を、一緒に見回りに連れて行ってください」
ルークさんを一人で行かせては大けがを、最悪致命傷を負ってしまうかもしれない。
竜騎士であるルークさんには不要な心配かもだけど、どこか危うくほおっておけなかった。
「危険なモンスターが出なければそれが一番。もし出たら退治して、魔石を回収したいんです。この家で料理屋を開くためのお金にあてたいと思います」
私の即物的な利益について説明してみる。
するとルークさんはしばらく眉を寄せ、
「……わかった。連れていくがくれぐれも、君は自分の安全を第一に動いてくれ」
見回り同行の許可を出してくれたのだった。
 




