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28.氾濫について


 ゼーラお婆さんに伝言を頼み翌々日。

 昼過ぎに家にルークさんが来てくれることになった。

 窓辺で待っていると、ばさりばさりと羽音が近づいてくる。


「ルークさん、クロル、いらっしゃい!」


 玄関を出てルークさんにはお茶を、クロルにはレモン水を差しだした。

 喉が渇いていたのか、クロルがごくごくと美味しそうにレモン水を飲んでいる。


「ルークさんには今日、相談したいことがあるんです」

「あぁ、ゼーラさんから聞いている。ここで料理屋を開きたいんだな?」

「はい。そのために家の中の内装を、いじってもいいでしょうか?」

「怪我が無いよう、準備ができるのであればいいが、だが……」


 ルークさんが何やら言い難そうにしている。

ヤークト師匠の思い出が残るこの家に積極的に手を加えるのは、やはり歓迎できないのかもしれない。


「失礼を言ってすみませんでした。別の場所でどこか、お店にできそうな建物を探しますね」

「いや、違う。そういうわけではないんだ。この家を使うのはいいが、問題は周りの森だ」

「森が?」


 この家はメルクト村から少し離れた森の中にあった。

大人の足で片道10分弱とそこまで距離は無いが、ルークさんには何か気がかりがあるようだ。


「……モンスターだ」

「この辺りには、危険な種類は出ないと聞いていますが……」

「あぁ、おそらくは問題ないと思うが……。君が住むだけなら大丈夫でも、多くの人間がここに集まると、刺激を受けたモンスターがやってくるかもしれない」

「そうですか……」


 この家の近くでモンスターに遭遇したことは無いけれど、かつてルークさんとクロルは森の奥でモンスターの襲撃を受けている。


怪我を負いメルクト村を目指すも力尽き、墜落したところを私が出会ったのだ。

その一件を考えるとこのあたりだって、絶対に安全とは言えないのかもしれない。


「君がここで料理屋を開くなら、近くの森にモンスターがいないか調査を行う必要がある。少し時間はかかるが、俺が調査を終えるまで待っていてくれ」

「ルークさんが? わざわざそんな、悪いです」

「これも仕事の一環だ」

「……え?」


 どういうことだろう?

 首を傾げてしまった。


「黙っていて悪かったが、俺がこの村にきた理由の一つは、『氾濫』の監視のためなんだ。『氾濫』は知っているか?」

「モンスターの大量発生ですよね」


 ぶるりと体を震わせた。

 通常、モンスターは瘴気が濃い『吹き溜まり』と言う場所で生まれるらしい。

 人里近くに住み着くことはあるが数は多くなく、それが危険なモンスターの場合は退治されている。


 おかげでモンスターの被害は抑えられているけど、例外として「氾濫」という現象、災害の一種があるようだ。


 川があふれるように、鉄砲水が襲い掛かるように。

 モンスターが異常なまでに大量に、人里近くで生まれ押し寄せてくるのだ。

 そうそう発生しないとはいえ、一たびおこれば多くの人命が失われてしまうらしい。


「その『氾濫』が、この近くで起こるかもしれないんですか……?」

「可能性があるというだけ。万が一のための保険だ」

「でもわざわざ、竜騎士のルークさんが監視に派遣されたんですよね? 何かこの近くで、『氾濫』の予兆が観測されたんですか?」

「……前例がある」


 私の疑問に答えたルークさんの声が、いつもより硬くなった気がした。

 硬いのに脆い。

 そんな相反する印象を抱かせる声色だった。


「……6年前、この森の中から、モンスターが大量に押し寄せてきたんだ。辛うじて村の石垣の中への侵入は防げたが、多くの村人が亡くなってしまっている」

「6年前……。それってもしかしてヤークト師匠の……?」


 以前ルークさんは言っていた。

 この家に住んでいたヤークト師匠一家は全員、数年前に亡くなってしまったと。


「そうだ。あの時の『氾濫』で、師匠達一家は全員亡くなっている」

「この家にいた時、モンスターに襲われてしまったんですね……」

「いや、違う。師匠たちは勇敢だった。村にモンスターを寄せまいと、森との境目で魔術で応戦していたが、俺以外全員死んでしまった」

「………」


 かける言葉が見つからなかった。

 ルークさんの言い方的に、彼本人もその場に居合わせていたようだ。

 語り口こそ淡々としているが、掌はきつく握りしめられている。


「俺のせいだ。俺がもっと強ければ、師匠が俺を庇おうとしなければ、師匠は死ななかった」

「そんなこと……」


 ありません、と言い切るには。

 私はルークさんを知らなかった。

 悲しみと後悔を癒す言葉を知らなかった。


「だから俺は強くなった。剣の腕も魔術も磨いてきたんだ。もし次があれば今度こそ、誰も死なせ――――」

「ルークさん!」


 ぎょっとして腕へと飛びつく。

 硬く握りしめられた掌からぽたぽたと、血が滴り落ちている。


「……すまない。驚かせてしまったな」

「じっとしていてください」


 治癒の魔術を唱える。

 魔力が光となり癒しとなり、ルークさんの掌を包み込んだ。


「また世話になってしまったな。礼をしなくてはいけない」

「……でしたら約束してください」


 少し迷ってから口を開いた。


「ルークさんの詳しい過去を私は知りません。でもこうして今、自分で自分を傷つける姿を見るのは嫌です。お願いですからこれ以上、自分を傷つけるのはやめてください」


 ぎゅっと手を握った。

 魔術で傷を癒すことはできても、ルークさんの心は癒せなかった。


 だからこそお願いする。約束を求める。

 これ以上ルークさんが傷つくことがいよう、願うことしかできなかった。


「……努力しよう」


 ルークさんの返答は誠実だった。


 努力はする。つまり約束は出来ないということ。

 嘘がつけず真面目で、だからこそ氾濫を生き残った自分のことを、今でも許せないのかもしれない。

 あぁ確かこういうのを前世では、サバイバーズギルドと言うんだっ――――


「うきゃっ⁉」


 ぺしぺしと顔に当たるナニカ。

 意識を思考から戻すと、フォルカ様の尻尾だとわかった。

 おまえたち何暗い顔をして落ち込んでいるんだ、と言わんばかりに半目になったフォルカ様の気遣いがありがたかった。


「……この場はひとまず、俺の過去は置いておこう」


 仕切りなおすように。

 ルークさんが一つ咳払いをしたのだった。


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