27.何年ぶりだろう
「………………え?」
予想とは違う言葉に、反応が遅れてしまった。
フォルカ様と、これからも一緒に暮らすことができる。
嬉しいはずだけど、感情が追い付かずぽかんとしてしまった。
「いいんですか……?」
「不満か?」
「本当に本当にいいんですか?」
「くどいぞ。我の言葉が信じられないのか?」
「そういうわけでは無いのですが……」
「ならば受け入れるがよい」
フォルカ様の頭がぽんぽんと、優しく頭を撫でていった。
「おまえが捨てられたのは知っている。臆病になるのも当たり前だ。だがな、だからといって全てが、おまえを見捨てるわけではないのはわかるな?」
「私は、今度は捨てられないの……?」
「我もそしてこのコンも、おまえのことを好いているからな」
「きゅこんっ!」
その通りだよ、と告げるようにコンが鳴いた。
見つめると小さなきつね色の姿が、じわりと滲んでいった。
「あ……」
涙だ。
ぼろぼろと、瞳から涙がこぼれていった。
何年ぶりだろう?
前世はずっと、恋人の和樹に捨てられた時も泣けなかったし、生まれ変わってからも物心がついた後、涙を流した記憶は無い気がした。
「うぅ~~~~~っ」
一度泣き出すと止まらなかった。
堰を切ったように、涙と感情があふれ出してくる。
ぐちゃぐちゃに訳がわからなくなって、それでもここに、フォルカ様がいてくれるのが嬉しかった。
「フォルカ様ぁ‼」
泣き顔を見られたくなくて、がしりとフォルカ様にしがみついた。
涙が次々と、フォルカ様の服に染み込んでいった。
「泣くがよい。泣いて泣いて、そうすればじきに、腹が減りまた料理がしたくなるだろう」
「……はひっ……!」
言葉が満足に出ず、こくこくと頷きを返した。
良かった。フォルカ様達と出会えて良かった。
しゃくりあげる体を、フォルカ様とコンの尻尾があやすようにかすめていく。
その感触に安心して、私は泣き続けたのだった。
☆☆☆☆☆
わんわんと泣きまくり、あげく寝落ちしてしまった私。
恥ずかしかったけど、おかげか翌朝はとてもすっきりとしていた。
「~~~~♪ ~~~~♪」
軽く鼻歌を歌いながら、通いなれた村への道を向かう。
今日はフォルカ様も一緒だ。
村の人たちがコンを受け入れてくれているので、コンの兄弟狐という設定で、フォルカ様もついてきてくれることになったのだ。
ゼーラお婆さんにフォルカ様を紹介しつつ、お弁当店の準備を進めていく。
フォルカ様はしゃべることこそなかったが、気ままに私の周りを歩き回っていた。
そうして諸々の準備を終える頃には、時間は朝から昼になっている。
店が開くと三十分ほどで、全てお弁当は売り切れてしまった。
「今日も人気だねぇ」
「おかげさまです」
ゼーラお婆さんを手を借り、机を店の中へ運んでいく。
この机はお弁当を乗せるために購入したものだ。
中古とはいえ、家具はオール手作りなためそこそこ高かったが、それも十分ペイできていた。
店じまいを終え、ゼーラお婆さんと軽くお茶をした。
茶葉は紅茶ではなく、この辺りでとれるセナ草という植物を煎じたものらしい。
香ばしくほのかに甘みがあり、前世で飲んだタンポポ茶に似た味わいだ。
「仕事の後のお茶って、体に染み込みますね~」
「はは、大人みたいなことをいう子だね」
ぎくりとする。
ゼーラお婆さんは勘が鋭かった。
「ま、あんたが疲れるのも当然かね。今日は家と村、何往復したんだっけ?」
「えっと……たぶん5回ですね」
お弁当の仕上げにはゼーラお婆さんの台所を借りているが、ずっと占拠するのも申し訳ないため、下ごしらえの大部分は自宅で行っている。
食材を抱ええっちらこったら。
ここのところ毎日、何往復も歩いていたのだ。
「えらいねぇ。でもそれでも、すぐに売り切れちまうんだよねぇ」
「ちょっと申し訳ないですね」
最近はやってきてくれたお客さんに、売り切れを告げることも多くなっている。
心苦しいけど、時間と私の体力の関係で、これ以上お弁当を増やすのは難しそうだ。
「ならリナリア嬢ちゃん、一つ提案があるよ」
「何ですか?」
「リナリア嬢ちゃんの家で料理屋を開くのはどうだい? それならもっと、たくさんの人に料理を食べてもらえるはずさね」
「あの家で料理屋を……」
できるだろうか?
確かにそれなら、今よりたくさん料理を提供することが出来そうだけど……。
「いやぁ、実をいうとね、あちこちからせっつかれてるんだよ。リナリアお嬢ちゃんの料理はとても評判がいい。けれど今の売り方だと、食べられる人間が限られてくるだろう? どうにかしてくれって、友人や知り合いたちが煩いのさ」
「そうだったんですね……」
考える。
私が住んでいる家はそれなりに大きかった。
1階の広い部屋を綺麗にし椅子とテーブルを置けば、料理屋を開けるかもしれない。
「ま、しっかりとした自分の店を構えるとなれば、面倒な手続きも必要になってくるからね。すぐにとは言わないから、頭のどっかに置いといておくれよ」
「……ルークさんにも相談してみますね」
あの家は元々、ルークさんの師匠、ヤークトさんが住んでいた家だ。
料理屋をやるなら、一度話を通しておいた方がいい。
「わかった。相談がしたいって、ルークにも伝えておくよ」
「よろしくお願いします」
ここ数日は仕事が忙しいのか、ルークさんと会えていなかった
ルークさんの家族は亡くなっているため、実家だった建物には別の村人が住んでいるらしい。
メルクト村に滞在する際には、ゼーラお婆さんの家に間借りさせてもらっているのだった。
 




