26.約束の料理
お弁当の売上は、ごく順調に伸びていった。
日を重ねるうちリピーターも増加している。
お弁当屋を始めて今日で20日目。
私の前にあるテーブルには、銅貨と銀貨が山となり積み上げられていた。
「うんうん、いい調子」
売り上げを数え、銅貨を袋へと仕舞った。
このまま行けば魔石売却分に手を付けず、私一人の生活費を十分賄えそうだ。
生活の目途がついて一安心だけど……まだ一つ、やらなければならないことがあった。
明日の分の仕込みをゼーラお婆さんのキッチンで終え、私はエプロンを外した。
「ゼーラお婆ちゃん、今日はもう帰りますね」
「はいよ。今日は少し早いね」
「作りたい料理があるんです」
挨拶をして、足早に森の中の家へと帰った。
私の帰宅を見届け、フォルカ様が森へ双子ベリーの採取に向かう。
その間に私は、料理に取り掛かることにした。
火を使う料理だが、今はもう私一人で大丈夫だ。
魔石を使用した加熱器、コンロのような道具を、奮発して購入している。
おかげでフォルカ様がいなくても、料理ができるようになっていた。
横や背後からのコンの視線を感じながら、失敗しないよう料理を作っていく。
ゼーラお婆さんのキッチンで何度か試作したことがあるから、きっと美味しく作れるはずだ。
《帰ったぞ。……その料理はなんだ? 初めて見るな》
双子ベリーの枝をおろし、フォルカ様が近くへやってきた。
「約束の料理です」
《約束? ……あぁ、そうか》
「お待たせしました! これがきつねうどんです!」
器にネギを盛ったら完成だ。
澄んだ汁にうどんが泳ぎ、ふっくらとした油揚げがのっかっている。
出来立ての湯気をまとい、油揚げが輝くようだ。
《ほぅ、ほほぅ。これがきつねうどんという奴か。良い香りをしているな》
「冷めないうちにどうぞ」
《あぁ、いただこう》
フォルカ様の体が光りに包まれ、人に似た姿へと変化していく。
箸を使う料理の時は、こちらの姿の方が食べやすいようだ。
綺麗に整った指で箸をとると、うどんをつまみ上げた。
「……弾力があるのに柔らかい。この味は小麦か?」
「小麦に塩水を混ぜてこね、伸ばしてゆでたものです」
「なるほど。面白い噛み心地をしているな。そしてこちらは……」
続いてフォルカ様の箸が、きつね色をした油揚げへと向かった。
「むっ! 辛いか、いや甘い? じゅわりじゅわりと、甘い汁が溢れてきて美味いな」
言葉を切り、黙々と油揚げを食べるフォルカ様。
醤油と砂糖で味付けした油揚げごと、うどんをぺろりと完食してしまった。
「うむ、良いな。とても良かったぞ。特にこの、上にのっかっている具材が気に入った」
「口に合ってよかったです。その上の、油揚げっていうんです。私が前世暮らしていた国では、昔からきつねの好物だと言われていて、油揚げを使った料理を、きつねの神様にお供えしていたそうです」
「神への供物、か……」
フォルカ様が箸を置き呟いた。
「どうかしましたか?」
「気にするな。確かにこの味であれば、神も満足するだろうな」
「ふふ、ありがとうございます。お代わりはいりますか?」
「もらおう」
器を受け取り麺の替え玉と油揚げを盛っていく。
今度は私とコンの分もよそうことにした。
昼、たくさん料理をお客さんからもらいお腹をふくらませていたけど、匂いに釣られ食欲がわいてきたらしい。
特別に短く作った麺を、小さなどんぶり型の器に入れてやる。
はふはふと熱いうどんをすすり、油揚げを食べていった。
「はぁ、美味しかった」
満足のため息をもらす。
一緒にご飯を食べて、満腹になって。
とても幸せだったけど――――
「しかし驚いたな」
「何がですか?」
フォルカ様へと問いかける。
「いつの間に、きつねうどんを作れるようになっていたのだ?」
「ゼーラお婆さんの台所を借りて練習していました。……フォルカ様には、中途半端なできあがりで食べてもらいたくありませんしたから」
そう、だから隠れるようにして準備していた。
ひっそりとフォルカ様の目を縫って。
美味しいきつねうどんが作れるまで、時間をかけすぎるほどにかけ練習していた。
「……だって、これでお別れですから」
「……なんだと?」
いぶかしむフォルカ様から、私は顔を背けるようにして答えた。
「フォルカ様には、とても感謝しています。魔術を教え見守ってくれて、撫でてくれてもふもふさせてくれて……。ずっと私は頼りきりでしたが、そろそろ約束を果たそうと思ったんです。フォルカ様があの日、『おまえと共にきつねうどんを口にできるまで見守ってやろう』と言っていましたよね?」
思い出す。
前世の記憶を取り戻し、捨てられたことに絶望し。
そして眩い毛並みの、フォルカ様に出会った日のことを。
「私、とても嬉しかったです。こんな私でも、助けて気遣ってくれる相手がいるって、救われる気持ちでした。おかげで私は生き延びて、お金を稼ぐことができるようになりました」
いつまでも、フォルカ様の手を煩わせるわけにはいかなかった。
一人でも生きてお金が稼げるよう、魔石コンロを買ったり準備はしているけど……。
寂しさを消せなかった。
俯いた視界に、フォルカ様が持ってきてくれた双子ベリーが映っている。
初めて会った時も、フォルカ様は双子ベリーを持ってきてくれていた。
あの美味しさを、ありがたさを今もよく覚えているけれど。
双子ベリーは旬が長い果物らしいが、それでももうすぐ旬は終わりだ。
私もいつまでも、フォルカ様にしがみつくわけにはいかなかった。
「約束の通りこうしてきつねうどんだって、作ることができたんです。だからもう、私はだいじょうぶでーーーーふごっ⁉」
もふり、と。
下からすくいあげるようにして、フォルカ様の尻尾が私の顔を打った。
「ふぉ、フォルカ様⁉」
「何をぶつぶつと呟いている。顔をあげよ」
ぐい、と。
今度はほっぺたを両側から挟まれ、強引に顔を持ち上げられた。
「たわけめ。おまえは我が、おまえの願いのためここに留まっていると思っているのか?」
「っ⁉」
縦長の瞳孔の、人ならざる金色の瞳が私を見つめる。
物理的な圧力さえ感じそうな視線に、本能的に体がすくみ上がった。
「でも、フォルカ様は私と約束をして……」
「我がおまえの元を去りたいと思っていたら、脅してでももっと早く、きつねうどんを作らせていたわ」
フォルカ様がため息をついた。
「おまえは時々、とんでもなく愚かになるな。このところ暗い顔をしていて気がかりだったが、まさかそのようなことを考えていたとはな」
「すみませんでした……」
心配させてしまっていたようだ。
感情を隠していたつもりでも、幼い体の影響かダダ漏れだったのかもしれない。
「確かにおまえは約束を果たした。ゆえにこれからは、約束の通りおまえを見守るのはやめることする」
「……はい」
私はこくりと頷いた。
――――約束の通り。
予想していた宣告に、それでも落ち込むのを止められなかったけれど、
「おい、そんな暗い顔をするな。まだわからぬか? これからは約束抜きに我の意志で、おまえの傍にいてやろうというのだ」
思いもかけないフォルカ様の言葉に、小さく目を見開いた。




