22.空のお散歩へ
卵を持ったルークさんが、すたすたとマントを翻し歩いていく。
好意を無下にすることもできず、そっと後ろへ頭を下げ、見守ってくれているフォルカ様に謝っておく。
ルークさんを追いかけると、空地になっている場所に、クロルが伏せるように座っていた。
「ぎゃうっ!」
「わわっ!」
長い首を伸ばし、クロルが鼻先を寄せてきた。
すんすんと、私の体を嗅ぎまわっている。
私の掌よりも大きな瞳が、間近でぱちぱちと瞬きをしていた。
「クロル、どうしたの?」
「きっと、君が持ってきた料理の残り香を感じたんだ。クロルは食べることが好きだからな」
「ふふ、食いしん坊なんですね」
硬い鱗に覆われ立派な姿をしていても、お腹は空くというのが少し面白かった。
前世では空想の存在だった竜でも、こうして生きている以上、当然食事は必要なようだ。
「クロルは人間の料理も食べられるんですか?」
「酒以外はおおよそ問題ない」
「なるほど。じゃあ、今日乗せてもらうお礼に、明後日はクロルの分も卵料理も持ってきましょうか?」
「ぎゃっ!」
クロルが答えるように一声鳴いた。
「……お返事した? 言葉がわかるの?」
「いいや、クロルは言葉を理解していないはずだ」
ルークさんが解説してくれる。
「だが、竜とは賢い生き物だ。人間の動きや顔色を読み、おおよその意志の疎通は可能だ」
「へぇ~~、すごいですね」
感心していると、クロルが頷くよう首を振っている。
人間の仕草を理解し模倣して、相槌を打っているのかもしれない。
「クロル、今日は家までよろしくね」
「ぎゃぎゃっ!」
鳴き声をあげるクロルは、体の大きな犬のような印象だった。
ルークさんの許可を取り、そっとクロルの首元へと手を伸ばす。
鱗に触れると、思ったより暖かかった。人肌よりわずかに冷たいくらいだ。
色が黒いから、太陽の光を吸収し温まっているのかもしれない。
すべすべとした鱗を撫でると、小さな私でもやりやすいよう、クロルが首を低くしてくれた。
「これなら、クロルも君のことを乗せてくれそうだな」
「乗るのを拒否することがあるんですか?」
「ある。誇り高い竜は、気に食わない相手を背に乗せようとはしないものだ。もっとも君なら、問題ないだろうと思っていたがな」
ルークさんは言うと腰のポーチから、何やらベルトのようなものを取り出した。
「念のため、君には命綱をつけてもらおう」
「お願いします」
少しドキドキしながら、ルークさんの言う通りベルトを巻き鞍に連結してもらう。
怖いけど空を飛ぶのは楽しみだ。
ルークさんに抱えられるようにして、鞍の前へと腰を下ろした。
「離陸時は少し揺れるから、念のため口を閉じておいてくれ」
黙って頷く。
するとルークさんが手綱を引き――――
「‼」
ふわり、と。
覚悟していた衝撃も無く、体が宙へと浮かび上がった。
羽ばたく翼。滑らかな上昇。
規則的な揺れとともに、ぐんぐんと地上が遠ざかっていった。
「……すごい……!」
思わず声が漏れてしまう。
翼が上下するたび、景色がどんどん背後へと流れていった。
頬を撫でる風。遮るもののない日差し。
風になったようで気持ちいい。
クロルが穏やかに飛んでくれているおかげか、強い揺れは感じなかった。
背中のルークさんの支えのおかげで落下の恐怖もなく、快適な空の旅を楽しむ余裕がある。
興奮しているうち、高度がゆるやかに下がっていく。
わぁ、住んでいる家、上から見るとあんなふうなんだ。
赤茶色の屋根が大きくなり、やがて庭へと、クロルがふわりと着陸していく。
「―――よし。もう動いても大丈夫だ」
命綱が外され、鞍の上から降ろされる。
地面を踏みしめ感触を確かめていると、バスケットが差し出された。
「……楽しかったか?」
「はいっ!」
私は強く頷いた。
空を舞う快感。自由になったような感覚。
これを体験させてくれるため、ここまでクロルで送ってくれたようだ。
「とっても楽しかったです! お礼の料理、がんばって作りますね!」
私はそう言うと、バスケットの持ち手を握りしめたのだった。




