21.くすぐったいです
「料理を持ってきてくれるのかい? 嬉しいことを言ってくれるねぇ。よし、ちょっと待っておいで。卵を取ってくるよ。今朝もいくつか、うちの鶏たちが産んでいたからね」
ゼーラお婆さんがカウンターの奥へ引っ込んでいく。
この建物はどうやら、店舗兼自宅でもあるようだ。
間もなくして、バスケットを片手に帰ってきた。
「ひぃー、ふー、みー、よー……全部で9個だね。これだけあれば、そのすくらんぶるえっぐには足りるかい?」
「大丈夫だと思います」
布の上に並ぶ、ころりと楕円形の9個の卵。
これだけあれば1,2度の失敗も問題ない。
ゼーラお婆さんに、美味しい料理を届けられそうだ。
「ありがとうございます! でしたら明後日、風の日のお昼前に持ってきてもいいですか?」
この国は日本と同じように、7日間で1セットの曜日の概念があった。
地の日、水の日、火の日、風の日、闇の日、光の日、無の日。
創世神話に登場する7柱の神に由来しており、一般的に光の日と無の日の二日は休日になっていた。
「風の日なら店番してるから問題ないよ。楽しみに待ってるさね。余った卵は、お嬢ちゃんが食べておいておくれ」
「はい! 卵ありがとうございます!」
ゼーラお婆さんにお礼をし挨拶し、店を出ることにする。
食料品が並べられた店を回り、一通り買い出しが終わり歩いていると、
「わぁ……!」
体に大きな影が落ちた。
羽ばたく巨大な翼。日差しを弾き黒く光る鱗。
細長い頭部はまっすぐと、飛び行く空へとむけられている。
ルークさんをのせたクロルだ。
クロルは頭上を通り過ぎると、少しして着陸したようだった。
竜、すごいなぁ。かっこいいなぁ。
何度見ても、感激し声があがってしまった。
体に影響されてか、前世よりずっと、感情が表に出やすくなっている気がする。
感動の余韻に浸っていると、背後から声をかけられた。
「リナリア、村に来ていたんだな」
「ルークさん、こんにちは」
上空から私を見つけたらしい。マントを翻しルークさんがやってきた。
「今日はゼーラさんのところに来ていたのか?」
「この前のお礼に、料理を持ってきました。美味しく食べてもらえたみたいです」
「そうか。良かったな」
「はい! ルークさんのおかげで調理器具が揃え――――――どうしたんですか?」
首をかしげる。
ルークさんが何やら、こちらへと手を伸ばし固まっていた。
「ルークさん?」
「……撫でてもいいだろうか?」
「へ? ……どうぞ」
答えると頭に触れる、固く大きな掌。
遠慮がちに1、2度、頭を撫でていった。
「お礼の料理、上手く行って良かったな」
褒めてくれたらしい。
くすぐったいなぁ。
照れるし恥ずかしくて、でも優しさが嬉しかった。
「……ありがとうございます。このために、クロルから降りてきてくれたんですね」
「気になっていたからな。ゼーラさんとはよく喋れたか?」
「ゼーラお婆さん、とても良くしてくれました。こうして卵まで貰っちゃいました。お礼に今度、卵料理を届けにこようと思います。……あ、そうだ」
頭の中で卵の数と、作れる料理の量を確認する。
「良かったら、ルークさんも一ついかがですか? 明後日の昼前に、ここへ持ってくるつもりなんですけど……」
「……俺が貰ってもいいのか?」
「ルークさんにはお世話になってますから」
私の身元を保証し、あの家に住む許可をくれたルークさん。
身寄りのない私にとって、恩人であり大家さんのようなものだった。
「世話になり具合なら俺の方が数段上だが……。好意はありがたく受け取ろう。明後日、ゼーラさんの店にお邪魔すればいいか?」
「はい! ちょうとこれくらいの時間にお願いできますか? お仕事の予定は……」
大丈夫ですか、と聞こうとして。
ルークさんが日々、どのように暮らしているか知らないのに気が付いた。
「……ルークさんは竜騎士として働いてるんですよね?」
「そうだ。この村にやってきたのも任務の一環だ」
「任務……」
「詳しくはすまないな」
職務上の守秘義務に当たるのかもしれない。
竜騎士って確か、国中でも百人といないエリートのはずだ。
そんなルークさんが何故この村にやってきているかはわからないけど、何か事情があるに違いなかった。
「わかりました。明後日また、お会い出来たら嬉しいです」
「あぁ、楽しみにしている。君はこれから、家に帰るところか?」
「はい。買い出しが終わったので帰るつもりです」
「クロルに乗せ送っていこう」
「あ、それは大丈夫です」
今日も私の近くにはひっそりと、フォルカ様がついてきてくれている。
置き去りにするわけにはいかなかった。
「遠慮しなくてもいい。クロルの翼ならすぐだ」
「えっと、その……あ、卵があります! 私、クロルに乗るの初めてだから、びっくりして卵を落として、割っちゃうかもしれません」
「卵は俺がもとう。そのバスケットだな?」
「あ」
ひょいと、卵入りのバスケットが持ち上げられた。
 




